機関紙9号(2006年1月10日発行)


もくじ
守り抜きましょう、憲法九条
「所沢のみなさん、九条を守る運動を一緒にすすめましょう」
憲法とわたし  9
うたごえ喫茶って楽しいな
おかしいぞ!問題追及の視点を失った報道
「横浜事件再審裁判と憲法9条」

守り抜きましょう、憲法九条

決意新たに運動を展開します

勝木英夫 (マスコミ・文化九条の会所沢代表)

 おめでとうございます。地球は珍しい「うるう秒」をはさんで、また一つ新しい年を刻みました。私たちの会も、着実に大きくなるなかで、この2006年を迎えることができたことを、まずみなさんとともに喜びたいと思います。志を同じくする「九条の会」の数が、日本全体で3600を超えたというニュースも、わたしたちを勇気づけてくれます。

 ただ、昨年、日本の憲法をめぐる情勢は、大きな変化を見せました。
 九月の総選挙で「大勝」した自民党は、翌月、自らの「新憲法草案」を発表しましたが、その内容は彼らの意図を端的に示すものでした。

 たとえば、わたくしたちが最も重要と考える第九条では、二項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」を、ばっさり削除し、代わりに「自衛軍」の保持を明記しています。その上さらに、前文にあった「政府の行為によって再び戦争の惨禍がおこることのないやうにすることを決意した」という、かっての侵略戦争への反省の文言も、そっくり削り捨てているのですから、この「自衛軍」は米軍と一緒になって、いつでも自由に海外で武力行使のできる存在になることは明らかです。平和憲法の精神を根底から踏みにじるものと言わなければなりません。

 日本国憲法を守るという一点で大江健三郎さんら9名の文化人が出された「九条の会アピール」は、次の言葉で結ばれています。「私たちは、平和を求める世界の市民と手をつなぐために、あらためて憲法九条を激動する世界に輝かせたいと考えます。日本を世界の平和な未来のために、日本国憲法を守るという一点で手をつなぎ『改憲』のくわだてを阻むため、一人ひとりができる、あらゆる努力を、今すぐ始めることを訴えます」

 

事態はさしせまっています

 私たちの会は、この呼びかけに基づいて活動していることはあらためて言うまでもありませんが、所沢市民の二分の一以上の賛同を得ることを目標に、当面、次のことを確認しています。

1.会員を飛躍的に増やす。
2.定期的講演会を開く(当面の予定は別記の通り)。
3.駅頭でのビラ配りや署名活動 九条にちなんで毎月9日、新所沢駅西口)。
4.市内の他の「九条の会」とも連絡を強化する。

 事態はさしせまっています。しかも、国民投票で過半数が反対すれば、この改悪はやめさせることができます(憲法96条)。

 会員および平素ご協力をいただいている皆さんのいっそうの頑張りとお力添えを、心からおねがいする次第です。

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「所沢のみなさん、九条を守る運動を一緒にすすめましょう」

各会著名人が連帯のメッセージ

 九条の会、マスコミ九条の会、他の会の皆さんから、たくさんのメッセージをいただきました。「平和な日本」を築いていくという熱意あふれるメッセージです。

 どうぞ、声を出して読んでください。

(順不同)

原 寿雄さん (ジャーナリスト)

 集団的自衛権の行使は解釈改憲で可能だ、というのが安倍官房長官の持論です。憲法改正が実現するまで日本は戦争に加担できないと思うのは錯覚です。

ジェームス三木さん (脚本家)

空から爆弾を落とすほど
卑劣な行為が
この世にあるだろうか。

鎌田 慧さん (ジャーナリスト)

9条は国の宣言であるばかりでなく、国際的な指針であり、人間の生き方そのものです。

大岡 信さん (日本現大詩人の会)

 今は当たりまえだと思えることが当たりまえではなくなってしまう世間の風向きですが、九条の会の精神は当たりまえなことを貫ぬき通すところにあると思います。当たりまえのこと、戦争の放棄や戦力を時たないことの誓いをかかげた憲法九条を守るということが、当たりまえでなくなってしまう時代がやってこないようにするために、私たちは一人一人自分の立場で努力することが必要です。

斎藤貴男さん (ジャーナリスト)

 紋切り型の挨拶はあえて申しません。今はただ、アメリカとともに戦争をする国になど断じてなってしまわないように、ただひたすら動く時だと考えます。それほどまでに追い込まれていることを知っておくべきです。お互いに頑張りましょう。

中村梧郎さん (フォト・ジャーナリスト)

 憲法九条が改変されてしまえばどうなるか。それはまず、日本軍による武力行使を明白に認めることになります。さらに、アメリカの戦争に対して、日本が参戦国として軍隊を公然と派遣する事態となります。これを許すわけにはいきません。

山田和夫さん (映画評論家)

 昨年、戦後60年を迎えたとき、私は17歳で「終戦」を迎えたことを何度も思い出した。何も知らずに何もわからないままで海軍少年航空兵を志願、最後は水上特攻隊「震洋」の要員として、危うく命びろいをした。あのときの苦しい体験をいまの、これからの新しい世代に絶対味わせたくない---。その一念で、及ばすながら、「映画人九条の会」に力を尽くしている。何としても、国民の過半数を九条を守る側に獲得しないと、本当におそろしいことになる。私は日本映画がまた侵略戦争の道具にされつつある危惧を抱き、映画の場でのたたかいをも一段と強めたいと思っている。多様なメディアに携わる仲間とともに、この一年、全力投球を試みたい。

関千枝子さん (女性ニュース)

 九条は戦力の不保持と交戦権否認の二項があってこそ、一項の戦争放棄が実現できるのです。「同盟国」や「国連軍の名のもと」の「同盟国の戦争」に巻き込まれる二項の削除は絶対に許せない。
 自民党の新憲法草案は九条以外にも大変な「改悪」が含まれていますが、皆さん(あなた方も)見落しているのが、政教分離の見直しです。大日本帝国憲法は祭政一致、特定の宗教を「宗教以上」のものとして押しつけました。私は「万世一系・国体原理主義」といっています。このもとに、日本は軍国主義、侵略戦争をおかしつづけたのです。「政治と宗教の分離」は、この歴史を考え、厳密に行わなければなりません。政教分離は平和、人権と同等、いや、それ以上に大事なのです。憲法の根本です。これを見落としている人が多いのは残念です。必要ならこの件について、ぜひ話をさせて下さい。私は小泉靖国参拝違憲訴訟原告です。

飯部紀昭さん (道都大学教授)

 運動の拡大を願っております。12月初め、沖縄の平和研修(北海道9条連主催)に参加しました。普天聞飛行場の移転先として注目された名護市辺野古の座り込みテント村。600日を超える24時間態勢の座り込み監視活動の三本柱は1.非暴力 2.対話 3.笑顔だそうです。「このテントから笑い声が絶えることはなかった---」とリーダーのオジー。市民運動の原点では。

北村 肇さん (「週刊金曜日」編集長)

 「国民(市民)あっての国家か」『国家あっての国民(市民)か」----要はこの問いかけに尽きると思います。現憲法は「主権在民」を定めた。それを「主権在国」にしようというのが「保守革命」の狙いです。これを本末転倒と言わず、何と表現しましょう。
 「マスコミ・文化九条の会所沢」の活動に大きな期待を寄せています。

吉永春子さん (ジャーナリスト)

 九条を守るため、何をすべきなのか。微力な私自身にむちをうっています。

増田れい子さん (エッセイスト)

 戦中派の私(1929年生まれ)は生きる証として九条を守る運動を続けます。そのとき所沢の会は大きな指針でありはげましです。ありがとうございます。

鈴木彰さん (イラストレーター)

9条。時空を超えよ!
日本国憲法の還暦をよろこび
その真価を天地に輝かせましょう










座ぶとんを投げて潰そう大増税
所沢の皆さんへ
調布から愛をこめて


大谷昭宏さん (ジャーナリスト)

 少女たちが危ない、マンションが危ない。交通機関も危ない。憲法が変えられようとしている。子どもたちに、若者に派兵のときが迫る。国が危ない。だからみなさまの活動を心から応援します。

石川文洋さん (報道写真家)

 九条を守る会の活動、御苦労様です。
 私はこれまでの戦場取材から軍隊があるから戦争が起こる。軍隊は民間人を守らない、守ることができないと思っています。自衛隊の存在、アメリカ軍基地の存在に対し反対の気持を持ち続けています。

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憲法とわたし  9

「九条は日本のアイデンティー」

(加藤周一さんのこと)

間島 弘 (元出版編集者)

 日本国憲法が公布された、1946(昭和21)年に、小学校(静岡県浜松市)に入りました。憲法に対する記憶はほとんどありません。時を経て、大学に入り、初めて六法全書を手にしました。専攻が経営学でしたので、商法、労働法を学びました。その後、出版杜に勤めた関係で、憲法二一条「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由はこれを保障する」については繰り返し読み関連文献も読みました。たまたま仕事が皇室担当になったため、『日本国憲法』の第一条から第八条までは繰り返し読み込みました。その際も、「日本国憲法」の前文については繰り返し読んでいました。

 書籍編集に移り、加藤周一さんと樋口陽一さんの憲法対談集『時代を読む』を担当することになりました。準備から本の刊行まで、3年ほどかかりましたが、この作成過程で最も印象に残っている言葉をひいてこの原稿の緒めくくりとします。「西洋で誕生した人権と民主主義思想を継受した日本国憲法は、同時にまた、『カによる正義』という西洋の伝統を乗り越えようする理念を掲げている。西洋から継承した憲法文化をもう一段高いところへ発展させることこそが、日本のアイデンティティーになりうるのではないか」

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うたごえ喫茶って楽しいな

加藤憲彦 (牛沼在住)

 85名が参加した今回の歌声喫茶は、青春の頃に帰り声を張り上げ数々の懐かしい曲を歌い、平和の思いを託した歌声に、大いに盛り上がった一日となりました。

 この催しは、所沢・平和のためのうたごえ喫茶実行委員会が主催。マスコミ・文化九条の会所沢などが共催し、11月27日に地区労会館で行われました。

 私が生まれたのは、1947年9月、新憲法が施行された同じ年に当たります。直接に戦争を体験してはいませんが、子供の頃の大阪環状線の車窓から見た空襲の痕跡、無残に穴の開いた工場の壁やおれ曲がった鉄骨などがそこかしこに放置されていました。あれから58年が経ってしまいました。学生時代に通った京都四条の歌声喫茶や新年、大文字山の頂上で歌った暁の大合唱が思い出されます。

 今の日本を考えるとき、経済的、物質的には豊かになりました。けれど、負の側面が多く見えてきます。生活環境面では、美しい自然が消えていこうとしています。所沢の雑木林も少なくなりましたね。青年たちの仕事は身分保障のない派遣やバイトがおおくなりました。

 歌声にあった「青い空はあおいままで、こどもらに伝えたい」、「わたしがうまれて58年、一度も戦争していません」。

 私たち大人にできることは、心から平和を願い、安心して暮らせる地球を目指すことです。「憲法九条」は世界に誇る平和宣言です。今こそ、声高らかに平和の歌声を響かせようではありませんか。

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おかしいぞ!問題追及の視点を失った報道

桂 敬一 (立正大学教授)

なぜ国の責任を明らかにしないのか

 新聞・テレビが、姉歯秀次元建築士らによるマンション建築などの耐震性偽装事件報道に明け暮れているが、その問題を追及する視点や方向性には、納得がいかない。端的にいえば、なぜ国の責任を第一に追及しないのか、と指摘せざるをえない。

 北側一雄国土交通相が表に立って、国として被害者に対し、危険な建物から退去し、安全な賃貸物件に住み替えたりするのに要する費用を援助する---公的支援を行う、などと述べると、それをそのまま素直にマスコミがいっせいに報ずるのは、どうみてもおかしい。また、自治体が職権によって、倒壊のおそれのあるマンションの使用禁止を命じ、居住者に退去を促すのを、当然のことのように報じるのにも、抵抗感を覚える。

 国や自治体がこのような「支援策」を早々と講じるのは、いってみれば、責任逃れではないか。まごまごしているうちに震度五以上の地震がきて、耐震偽装物件が倒壊、死者や怪我人が出たならば、それこそ逃れられない責任問題が浮上するからだ。

 国、自治体の本来の責任とはなにか。建築基準法が1998年、「改正」され、「民間開放」の名のもと、建築確認制度の実施過程は事実上、民間検査機関に任せられることになった。しかし、これら検査機関は国または都道府県が指定した法人だ。また、その監督は各自治体が行うことになっているが、それら全体に対する最終的な監督責任は国にあるというのが、制度上の関係だ。

 そして、国や自治体が、建築確認制度の維持や実施にこれほどまで無責任になっていられる事態を招いた本当の原因、建築基準法の「改正」こそ、国が負わねばならない最大の責任だ、というべきであろう。

 血友病患者が被害者となった薬害エイズ事件を思い起こす必要がある。医薬品の開発・製造許可を監理する薬事法の所管に責任を負っていた当時の厚生省薬務局は、危機の進行に際して同法を適切に運用せず、怠慢・不作為に終始し、あまつさえ製薬業界と深い癒着関係にあった。それがこの事件の大きな原因となっていたことは、いまは争いようのない事実として一般に認識されている。

姉歯さわぎで政治の重要課題が隠される

 今回の事件も、多くの人の生命と生活が、国が当然負うべき責任を果たさないがために、重大な危機にさらされるにいたった事件、と受け止め、これに対しては、まず国にしかるぺく責任を取らせ、そのうえで国家補償を講じさせていく、という方向での解決を追求していくのが筋なのではないか。

 いってみればBC級の容疑者、アネハだけではさすがに間がもてず、では本当の『犯人」、黒幕はだれかと、コンサルタント会社の大物、国会証言の場で罵詈雑言を発するマンション販売会社のボスなど、キャラの立った人物につぎつぎと焦点を移し、マスコミは事件を面白おかしく報じていく。これでは、本来問題とすべき点、解決を求めていくべき方向性は、ますますぼかされてしまう。国は安心して「支援策」の中身を小出しに発表、被害者を助けている振りができる。被害者はたまったものではない。それでは暮らしが立たないと強くいえば、ゴネ得だと、世間から白い目でみられたりすることにもなる。

 そして、アネハの報道がくる日もくる日も大きく操り返される陰で、サマワの自衛隊駐留再延長、立川・防衛庁官舎ビラ配り事件に対する東京高裁有罪判決、小泉首相の「ツルの一声」政策決定・提案の数々など、危ないニュースが小さな扱いになり、その問題点が隠されたままになっていく。なんでこんな状態がつづくのだろうか。

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「横浜事件再審裁判と憲法9条」

橋本 進 (横浜事件再審裁判を支援する会事務局 日本ジャーナリスト会議(JCJ)代表委員)

 横浜事件第三次請求の再審は、06年2月9日、横浜地裁で判決が行われる。これまでの経過からみて、検事主張の免訴ではなく、神奈川県特高(特別高等警察)の拷問→虚偽の自白が認定され、元被告への無罪言い渡しとなるだろう。つづけて第四次請求の再審となる見通しだが、私たちはこの公判を国家犯罪の全容解明、国家の戦争責任・戦後責任解明の場にしたい、と取り組んでいる。

 そもそも横浜事件は、1942年、雑誌「改造」に掲載された細川嘉六の「世界史の動向と日本」を「共産主義的啓蒙論文」だと決めつけ、富山県泊で行われた「慰労金」を「共産党再建の謀議」だったとでっちあげ、雑誌編集者など約90名が検挙され、特高の言語に絶する残虐な拷問によって、獄死者4名、保釈直後死者1名、負傷者30数名を出した、戦前最大の言論・思想弾圧事件である。この結果、雑誌「改造」「中央公論」は廃刊させられた。そして敗戦直前、直後、虚構性が素人眼にも明らかな特高の筋書きを、裁判所は即席のやっつけ裁判で採用、有罪判決を下した。総ぐるみの国家犯罪だ。

 この国家犯罪遂行の武器は治安維持法であった。治安維持法は日本の侵略戦争と固く結びついていた。天皇の戦争に反対、批判する言論、行動を弾圧し、はては個人の内面にまで踏み込んで国民を戦争に駆り立てた。

 310万の日本民衆、数千万のアジア民衆の犠牲を招いた侵略戦争への反省に立って、日本は平和・民主の国へ進むことを世界に誓った。日本国憲法はその結晶である。戦争と人権は表裏の関係にある。人権を蹂躙しつつ戦争は開始されるし、戦争はより大きな人権蹂躙を結果する。日本国憲法が前文、第2章で、平和、戦争放棄を謳い、第3章、さらに第97条で国民の基本的人権、自由と権利を入念に保障しているのは、この関係を示すものである(横浜事件との関連でいえば、19条=思想・良心の自由、21条=集会・結社、言論・表現の自由、24条=学間の自由、36条=拷問や残虐な刑罰の禁止、38条=拷問・脅迫による自白の否定等)。そして憲法第9条が、それらの「要」となっている。

 このような憲法のもとなのに、近年では「日の丸・君が代の強制」など、学校現場で内心の自由、良心がふみにじられ、「ビラ入れ逮捕」など、思想・表現の自由が取り締まられるようになった。「国民保護」の名のもとに、国民の権利を制限・剥奪できる法律がつくられた。そこへ横浜事件の核心、共産党再建準備会議の虚構=泊会議を思わせる「共謀罪』案の浮上。治安維持法復活寸前の状況だ。さらに裁判所といえば、再審申し立て即再審、無罪判決となって不思議はないほど捏造が明白な横浜事件に対し、一件記録の不存在(敗戦時の書類焼却=証拠湮滅)等の馬鹿げた理由で、再審申し.立てを棄却した(第一次、第二次。地裁、高裁、最高裁)。再審開始まで19年の歳月を費やし、直接被害者の申し立て人はすべてこの世を去った。これは国民の裁判を受ける権利=32条の無視であり、、国家犯罪・戦争責任解明のサボタージュであり、戦後責任が問われるべき行為であった。

 「国家機密法に反対する出版人の会」活動から生まれ、再び戦争の暗黒時代を招来させてはならぬと始まった横浜事件再審支援運動(86年)は、いま憲法9条を守る運動の一翼を担うつもりで取り組まれている。


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