機関紙86号 (2013年3月20日発行)



もくじ

メチャクチャな自民党憲法草案
   北村肇(「週刊金曜日」発行人)
    国民を奴隷扱い
    個人は許されない国家

最近のテレビがつまらない?
   岩崎貞明(放送レポート編集長)
    20%超すのは野球だけ
    “テレビ離れ”が顕著に

太郎の部屋のほっとたいむ 7
  昔恋しい銀座の柳
   鈴木太郎(詩人・演劇ライター 中新井在住)

鈴木彰の「三党の合意に乗って好き勝手」

「新春のつどい」での桂敬一講演要旨 ②
  虚妄の「アベノミクス」が及ぼす大災厄
   リストラで利益を出す
   金融市場にだぶつく金
   支配層が怯える負の連鎖
   新聞が煽る危険な方向
   「なぜ」がない新聞

随 想
  日常は分厚い?
   本間昭信(中新井在住)

随 想
  大新聞のDNA
   葛西建治(山口在住)

「会」に寄せられた会員の声を紹介します ①

紹 介
  ●第10回「カフェ・サロン」
  ●「想い出のアン」上映会
  ●第3回九条美術展
  ●第66回アンデパンダン展

「マスコミ・文化 九条の会 所沢」学びのシリーズ
  現場で考える その1
   自立への道のり
    ともに歩んだヤクート共和国自立への道




メチャクチャな自民党憲法草案

北村肇(「週刊金曜日」発行人)

 当然と言えば当然ですが、昨年末の衆院選は違憲との判決が次々に出ています。一票の格差を平然と無視して解散を強行した野田前首相の責任はもちろん、くだくだと改革を引き延ばしている安倍政権も同罪です。しかも唖然とするのは、安倍氏を筆頭に多くの「違憲・無資格議員」が憲法改定を言い出していることです。もはや漫画か悪い冗談にしか見えません。

 しかし、残念ながら永田町は改憲への道にひた走っています。先頃、連立与党・公明党の漆原良夫国対委員長が「個人の意見としては96条だけなら改正していいと思っている」と発言しました。いわゆる「3分の2条項」が緩和されれば、憲法改定のハードルはかなり低くなります。維新の会、みんなの党、民主党の議員が改定に向けての勉強会を立ち上げました。両院の憲法審査会も動き始めています。96条改定が危険水域に入っているのは間違いありません。もし自民党の憲法草案が現実化したらと考えると、背筋がぞっとします。改めて自民党憲法草案(以下「草案」)のトンデモぶりをみてみましょう。

国民を奴隷扱い

 まずもって強調したいのは、憲法の性格をアベコベにしていることです。いまさらですが、憲法は「権力を縛る」ものです。現行憲法99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」とうたっています。これを逆さまにして、草案の102条は「すべて国民は、この憲法を尊重しなければならない」としています。これでは国民を奴隷扱いしているのと同じです。

 現行憲法前文には「これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。これに反する一切の憲法、法令、及び詔勅を排除する」とあります。「一切の憲法」も入っているので、主権在民をひっくり返すような草案は憲法違反と断じざるをえません。極論すれば、首相が国会で堂々と憲法違反を宣言しているのと同じです。

 問題の「国防軍」創設を定めた草案9条には「国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める」との項目があります。秘密保全法とのセットです。マイナンバー法もそうですが、国民をがんじがらめにする法律を次々とつくり、憲法改定の外堀を埋めようとの思惑が見え隠れします。

 現行18条の「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」が「社会的又は経済的関係において身体を拘束されない」と変わっています。徴兵制を可能にするための改定とみるのが正しいでしょう。軍事法廷の設立も盛り込まれますし、現行の「内閣総理大臣、その他の国務大臣は文民でなければならないが「内閣総理大臣、およびすべての国務大臣は現役の軍人であってはならない」になっています。現役でなければよいのですから、昨日自衛隊を辞めたから今日は大臣になってもいい、となってしまうわけです。文民統制は有名無実化します。軍事体制国家の確立を目論んでいるとしか思えません。

個人は許されない国家

 さらには、草案12条「国民の責務」には「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」とあり、21条「表現の自由」2項は「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」となっています。要約すれば「国家に異議申し立てをした組織、個人は許さない」ということです。

 いろいろ問題はありながらも、日本は直接的な「戦争」をせずに半世紀以上たちました。「平和な民主主義国家」の道を極端に外すことはなかったと言ってもいいでしょう。しかし、草案がまかり通るような事態になったら、まったく別の国家になってしまいます。空恐ろしい限りです。

 にもかかわらず、マスメディアは「経済が上向き」といった論調で安倍政権をよいしょし、憲法改悪の本質についてはほとんど報じていません。

 「美しい国」は逆から読むと「にくいしくつう=憎いし苦痛」になります。そんな国にしてはなりません。

 新聞、テレビが伝えないなら、市民ひとりひとりが草案のトンデモぶりを広めていかなければなりません。本当の美しい国を未来の人たちに残すためにも……。



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最近のテレビがつまらない?

岩崎貞明(放送レポート編集長)

20%超すのは野球だけ

 「テレビに面白い番組がない」という声を、最近よく聞く。必ずしも、年配の方が「見たい番組がない」と言っているばかりではなくて、若い世代もあまりテレビを見なくなっているようだ。学生たちなどに聞いてみると、テレビ受像機そのものを持っていない、という者も少なくない。学生にしてみれば、携帯電話などにお金がかかるのでテレビを買う余裕がない、といった理由のようだが、インターネットの掲示板やツイッターなどではテレビ番組をめぐる話題が相変わらず多いから、若い人たちがまったくテレビを見ていない、というわけではなさそうだ。

 ここで、新聞記事になったテレビの視聴率ランキングを見てみよう。データはビデオリサーチ社で、関東地区のもの。2月25日から3月3日までの一週間のデータ(左記表参照)だ。

 この週は、視聴率20%を超えたのはWBCの野球中継2本のみだったが、実はこの前まで1か月半くらいにわたって、20%を超える番組は一つもなかった。つまり、正月の特番シーズン以降、WBC開幕まで20%番組がゼロだったというわけだ。

 さらに、これら上位の番組のほとんどが、日本テレビの「笑点」、フジテレビの「サザエさん」をはじめとして、いわゆる「長寿番組」であることが見て取れる。NHKの連続テレビ小説やニュースなどもその範疇だし、シリーズが長期化している刑事ドラマ.「相棒」も、もはや長寿番組の仲間入りをしていると言えるかもしれない。

 逆に言えば、新企画の番組で視聴率上位に食い込むようなものはほとんど見当たらない、ということだ。

 フジテレビは、かつての大人気番組で、番組の形式をそのまま売り出す「フォーマット販売」でアメリカのテレビにも進出したバラエティ番組「料理の鉄人」を、昨年10月から「アイアンシェフ」と、アメリカ版のタイトルもそのままに“逆輸入”して再チャレンジする作戦に出た。ところが、平均視聴率でニケタに行かず、同番組はこの3月いっぱいで打ち切りが決定している。

 テレビ局自身が新機軸を打ち出せずに、かつての“栄光”にすがって柳の下のドジョウを狙ってみたものの、無残にも敗北を喫した、という状態だ。人気番組も、焼き直しではもはや新しい視聴者を獲得できないのだろう。

“テレビ離れ”が顕著に

 もともと、毎分の視聴率でしのぎを削っている民放各局には「この時間帯にはこういう企画が視聴率を取れる」というデータが蓄積されている。これは各局とも同じデータを持っているのだから、そのデータに基づいて番組を企画すれば、同じような番組になってしまうのは、ある意味で理の当然だ。

 そのような視聴率競争を見させられている視聴者から、「うんざりだ」という“テレビ離れ”の声が起きても、何の不思議もない。

 現に、一定時間帯の視聴率の総合計を表す「HUT」という指標は、このところずっと低下傾向を示している。テレビは、このあたりで本格的な新番組開発に挑戦しなければ、この後はひたすら凋落の一途をたどることになるだろう。



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太郎の部屋のほっとたいむ 7

昔恋しい銀座の柳

鈴木太郎(詩人・演劇ライター 中新井在住)

 ♪昔恋しい銀座の柳 仇な年増を誰が知ろ ジャズで踊ってリキュルで更けて 明けりゃダンサーの涙雨……

 ご存知でしょうか? 1929年(昭和4年)、25万枚の大ヒット曲「東京行進曲」。西条八十作詞、中山晋平作曲、佐藤千夜子が歌っている。日本で歌謡曲の名称が使われたのはこの曲からであったと記録されている。

 劇団1980「素劇 あゝ東京行進曲」は、千夜子の生涯を見事に活写した舞台である(結城亮一=原作、藤田傳=脚本、関矢幸雄=演出)。なんといっても、黒一色の舞台に浮かび上がる白い紐をつかった月山や線路などを描いていく手際のよさである。そして、俳優たちが休むことなく次から次へと多くの登場人物を演じていく。歌はアカペラ、伴奏はすべて口三味線である。

 舞台は千夜子14歳、天童から上京する場面から始まる。音楽学校で才能を発揮し、中山晋平らと出会い、歌手の道へと進む。「東京行進曲」の大ヒットからオペラ歌手への転身とイタリア渡航。しかし、戦争が人生に重くのしかかる。南洋への慰問、戦艦大和で歌う。そして晩年の寂しさへと続く。波乱に充ちた人生であった。

 千夜子役を4人の俳優で演じわけていく展開や、藤原義江などの役を若い俳優たちが歌いこなしていく舞台はエネルギーに満ち溢れている。初演から20年、いまも色あせることなく上演されているのは、真剣にとりくむ劇団の姿勢であり、そこから、毎回、新たな感動と発見が生まれているからである。ひとりの人気歌手の生涯から時代背景を感じ取ることの意義深さがあるといえる。東京・両国・シアターχで3月7日所見。




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鈴木彰の「三党の合意に乗って好き勝手」




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「新春のつどい」での桂敬一講演要旨 ②

虚妄の「アベノミクス」が及ぼす大災厄

 2月3日に開かれた「会」の「新春のつどい」で話された、桂敬一元東大教授の講演要旨②を掲載します。

リストラで利益を出す

 アベノミクスもひどい。安倍が出るとテレビも見たくない。3月2日の朝日新聞には頭に来た。1面トップで、急伸アベ相場、12週連続の株価上昇と持ち上げる。12月末に日銀の白川総裁を脅かして、無制限の金融緩和を迫ったことは事実だが、4月から12月までの決算はアベノミクスが成功して、売り上げが増えたことではない。経営の苦しさを労働者に追わせた結果である。

 新聞もひどい状況で広告はかつての半分に落ち込み、リストラで利益を出しているのは、どの企業も同じ。リストラやってコストカットで利益をひねり出す利益なのだ。売り上げが伸びて利益が増えているわけではない。こんな状況で決算の利益面だけみて、全産業が良くなったと言えるわけがない。

 金融緩和を進めインフレにさせ、公共事業で仕事を作って景気付けする。その段階で企業が設備投資できる状況にして、そうすると雇用や賃金が上がるが、雇用を増やすとか、賃金を上げる政策はない。企業が良くなったら自然と上がるとしか考えていない。ブッシュの政策もそうだった。

金融市場にだぶつく金

 リーマンショックの時には、ジャブジャブ金融に税金を注ぎ込んだが、まだ、回収はされてない。世界は金詰まりではなく、過剰流動性で金余りなのだ。しかし、その金が雇用や賃金に回らないで、世界的な金融市場で博打をやっている。手持ち資金はだぶついている状況だ。投資活動とか設備投資、賃金に回るような経済システムが動いていればよいが、止まったまま金融緩和を進めてもだぶつくカネが増えるだけだ。世界の金融市場で誰が損して、誰が儲かったか、まったく分からない状態で、そういうカネは増える一方だ。穀物、石油も投資が買いにきて上昇している。

 この状況を変えなければ、良くはならない。矛盾が増えるばかりだ。一つの国の経済の範囲だけで経済緩和を進めてもダメなのだ。投機筋が動くのは日本をインフレに誘導しておき、高いうちに売り飛ばして、この国の通貨が紙くずになることを投機筋が作る狙いだ。アベノミクスの危ないところはそういうところだ。残ったのはなにかというと、あとは財政出動となるが無理して借金を作っているので、超インフレになり国債も紙くずになる。
貧しいものを先行きもっと貧しくする、それが安倍内閣の政策だ。

支配層が怯える負の連鎖

 生活保護費の削減の理由に最低賃金より高いというが、賃金を引き上げることが先である。生活保護の基準を下げれば、生活保護を基準とする就学補助も下げてしまうことになる。所得税が免除される低所得世帯も所得基準を上げて、税金を払えということになる。生活保護の認定を厳しくすれば、そこから多<の人が漏れてしまいより貧しくなる。貧困で学校に行けない、低学力になる。貧困が知的にも社会的にもハンデキャップを負う社会になる。

 赤旗で後藤道夫さん(都留文科大学教授)が、「生活保護利用者が『特別な弱者』でなくなる時、生活保護を小さく押しとどめていた枠組みは吹き飛ばされるだろう。支配層がおびえるのはこのこと」との恐怖感を持っていると指摘している。若い人でも、自分は生活保護とは無関係だと頑張っている。貰ってもいいのにそういう低所得者ほど自分も生活保護に転落するのではと恐怖感を持っている。その恐怖感を利用して「あなたは生活保護を受けなくてもいいです」と誤魔化していく。それがいつかは破綻する。その時は「特別な弱者」ではなくて、普通の問題として、自分の問題、社会保障の問題として考えていかなくてはならない時がくる。これは湯浅誠氏も指摘している。

 アベノミクスのやり方では、貧しい者がいっそう貧しい者を虐げることになる。民衆が蜂起しないよう、安倍や石原はナショナルリズムの方向に持っていき危機の脱出を図ろうとしている。中国、韓国などに対して、強い日本としてみんなと一丸となって頑張っていく、その方向を作り出している。

新聞が煽る危険な方向

 若い人までが、たくさん集まり、安倍首相を心待ちしていると、朝日が生々しく報じた。ネットのなかにもそういう意見が多くなっている。国防軍も当然とか、中国や韓国にいつまでも謝るのはいやだなど、05年の選挙で秋葉原で起きた同じ現象が繰り返されたことをルポした記事だが、だから、何を言いたいのか抜け落ちている。なぜ、そうなるのかの問題提起がされていない。消費税増税報道でも朝日の感覚は狂っている。国防軍が必要と思う人がたくさんいるが、新聞がナショナリズムの方向に誘導して、それで南京の虐殺や慰安婦問題、靖国が解決するのか、それでは日本が孤立を深めるばかりだ。

 それを解決する力は安倍政権と財界にはないのだ。米国は中国を敵視する日本との同盟深化は考えていない。米国が重視するのは経済的にも中国である。G2で考えている。お互いの経済の最大級の問題だ。日本がカネを出すというなら、いくらでも出させる、それがホワイトハウスの手法だ。日本で軍備を増強する、そのほうが安くなる。クリントンは「日本はことを起こすな」と警告しているのに、日本のマスコミは米国が日本の味方するような報道をする。

 日米安保を維持するのであればそれでいいが米国の考え方で、中国も同じだ。中国の眼から見ても日米安保は危険ではない。昔、日米安保は日本と米国が戦争するものではなく、日本の軍国主義の危険要素がまだ残っており、日本が瓶から飛び出そうする時、瓶のフタをするのが日米安保だと自民党の古老のリベラル派の政治家が言ったが、日本のカネで日米安保の継続は米中とも了解したことだ。こんなことをしていたら世界中から馬鹿にされる。そしてなにも解決できない。

 そこで大事なのは、平和憲法を維持することと、米国のいいなりにならないために脱原発を明確にすることやTPPや消費税増税に反対することだ。尖閣での紛争を米国は苦々しく思っている。TPPは米国の押し付け路線の総仕上げだ。米国国内の制度をそっくりそのまま日本に押し付けるのがTPP。それでは日本は属国になるだけだ。経済のブロック化こそ進める道ではないのか。日本が本当の国際化の道を歩んでいるとは思えない。護憲、脱原発で近隣諸国から信頼を得て、国際主義に発展することが創れる。

「なぜ」がない新聞

 いまは流されているだけだ。マスコミは「何々があった」と表面だけの報道に終止している。その原因が「なぜなのか」、「どこに問題があるのか」、「どう日本が対応するのか」、そういう議論は乏しい。選挙前に憲法や原発を深く論じる紙面はなかった。「第三極」、「自公圧勝」、そんな記事ばっかりだった。踏みとどまって流れを変えるのではなく、流れに任せるだけだ。戦前の新聞と変わるところがない。安倍内閣の閣僚が過去にどんな発言をしてきたか、新聞はきちんと検証すべきだ。これまで教育基本法、日の丸、君が代など改正の先取りをさんざんやってきた。その総仕上げが憲法改正だ。憲法に基づいて世界や国の政治を考えることが求められる。




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随 想

日常は分厚い?

本間昭信(中新井在住)

 毎月の9日に行っている「九条駅頭宣伝」で感じることがある。若い人たちが無関心に見えることである。中には関心を寄せて配布しているチラシ・機関紙を受取り、話しかけてくる若い人もいる。しかし、概して無関心と見える若い人が多い。だが「今の若者は」などとは言えない。私も仕事に就きたまたま労働組合運動に関わるまでは、「政治には無関心なノンポリ」だった。

 時代の主流の思想は、その時代の権力側の思想だという。ならばノンポリは権力側の思想にも無関心なのか。自らを振り返ってみれば時の主流の思想に流されていたというのが事実だろう。

 マスコミは日常的に圧倒的な量で時の主流の思想を私たちの周りに流し込んでくる。権力側の思想に異を唱えることは容易ではない。

 杉並の街の合唱団にいた頃、混声合唱組曲「心の四季」(作曲・高田三郎 作詩・吉野弘)という曲を歌ったことがある。その中の「みずすまし」という詩の中にこういう部分がある。

 わたしたちは/日常という名の/水の面に生きている/浮いている/だが/もぐらない/もぐれない/日常は分厚い
 水にもぐった/みずすまし/その深さは/わずかでも/水の阻みに出会う筈/身体を締めつけ/押し返す/水の力に出会う筈

 私たちが生きている日常は、様々な困難に満ちている。若者は、仕事が無い、賃金が安く生活が不安定。中高年は、リストラ、介護、老後不安などなど。水の上に浮いているのが精一杯だ。分厚い日常を突き破って真実に気づくのは容易ではない。

 しかし、気づいたものはそれを知らせなければならないだろう。いかに日常が分厚くても。それに、阻みに出会ってももぐろうとするものは意外にたくさんいる。




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随 想

大新聞のDNA

葛西建治(山口在住)

 北朝鮮のロケット発射は大きく報じるが、県北での米軍C130輸送機の超低空飛行訓練など、県民の命に関わることを報じた新聞は皆無だ。おかしいのはそればかりではない。原発事故の収束のメドも付かないなか、官邸前に20万、代々木公園に17万押しかけても、一部のマスコミ以外は沈黙する。なぜなのか。これは新聞の体質、DNAに関わることだ。

 戦前の日本では新聞紙法により新聞は検閲の対象になっていた。軍と政府は記事差止命令や写真の不掲載といった措置を取ることができた。大正時代まではこうした環境下にあっても露骨な言論統制が行われることは少なかった。しかし、満州事変以後、軍の政治に対する発言力が増大すると、正面から政府や軍を批判する記事の掲載が困難になっていった。日中戦争の勃発とそれに続く国家総動員法はそれを決定づけることになった。

 このような国家では軍部の報道への介入が見られるため、表立った批判は難しいとされるが、メディアが戦争を止められなかったことは事実である。再び愚行を繰り返す危険はないのか。

 日本の巨大メディアは米国や英国の新聞やテレビが報じたように、社運をかけて、国の進路の根本問題に、時の政権を覆す気概をもって論陣を張ったことがあったのだろうか。

 満州事変から日本の大手新聞は中国大陸での戦争を煽り、礼賛し、中国の都市が陥落すると、東京・大阪から飛行機を飛ばし、号外合戦を繰り広げ、販売部数の拡大に努めた。戦地に夫や息子を送った家族は連隊の行動を新聞を読んで、夫や息子の安否を願うしかなかった。販売部数拡大のために、大新聞が戦争を煽った責任を反省しないまま、戦前・戦中の旧経営陣の多くが居座ったまま、名前も変えずに戦後も新聞を発行しつづけた。

 ドイツでは全ての新聞が廃刊になった。しかし、朝日、読売、中日などの日本の新聞経営者の辞職や追放が数年後には解除され、多くは経営陣に復帰した。これは、米国の占領政策でもあり、灰燼となったのは都市部の新聞社で地方の多くは発行設備が温存された。占領政策を推し進めるに、日本語に堪能でない米国人より、新聞社(人)を懐柔したほうが得策との判断があったのだろう。

 この結果、新聞社に多くの特権が与えられた。情報の独占、紙の優先的配給。事業税の免除。自動車、フイルムの免税措置などだ。これで息を吹き返した新聞経営者は、週刊誌の発行やテレビに進出していくことになる。

 戦前、「朝日」の主筆・副社長から戦時下の言論統制を担う内閣情報局へ転身した緒方竹虎氏は、公職追放後に吉田内閣の高官として「日本版CIA」構想を推進。同時に保守合同を仕掛けたりした政界大物の彼のCIAのコードネームは「ポカボン」であった。読売の正力松太郎はのちに原発を強引に推進するが、米国のCIA資金を使い、日本テレビを創設した。CIAをはじめG2、CICなどのアメリカスパイ機関に協力した人のなかには、それがCIAとは夢にも知らず、アメリカの有力機関と信じ切り協力した人もいるが、多くの旧軍人や新聞人がスパイ機関の協力者として名を連ねたことは事実である(大野達三著・アメリカから来たスパイたち)。

 米国に強く物が言えない大新聞の体質は、新聞の戦後の生い立ちが影響しているとの指摘も多い。新聞が自らの戦争責任を自覚し、追及し、反省してこなかったツケが、ジャーナリズムの衰退に拍車をかける。国民の運動が高揚すれば水をかけ(安保闘争の高揚期の『7社共同宣言』)、TPPの推進を強調し、読売、産経、日経は原発の再稼働を恥ずかしげもなく強調する。そして、大手新聞の社説に共通したのは消費税増税の推進だった。

 昨今は通販が大手を振っているが、かつて大新聞の収入の約40%以上を占める広告は、所沢の商店街の広告ではなく、東電や海外に輸出する大企業の広告が主力であった。

 今起きていることをすぐに伝えるのがジャーナリズムである。為政者が市民の願いを受け止めない時に、市民が行動を起こすのは、民主主義の常識である。それを報じない大新聞はもはやジャーナリズムにほど遠い存在だ。この眼を覆うばかりのジャーナリズムの衰退の中で、市民の真実への接近は模索が続く。戦前に教唆扇動の罪を犯した「新聞の愚」を再現させてはならない。




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「会」に寄せられた会員の声を紹介します ①

◆九条の大切さをひしひしと感じる昨今です。安倍内閣のこわさともども、90歳の身では、夜の講演会にも出られず、ごまめの歯ぎしりの昨今です。多くの方がいらっしゃるよう祈っております。

◆ささやかな発信がもっともっと自由にできるような場が、今必要であると考えています。機関紙然とした姿勢を保つ事は大切ですが、その中に、一般市民のエネルギーを吸収する方向性があって欲しいと思います。組織の真の活性化を図る為にも。投稿したいと思っても敷居が高い感じです。

◆論文を切り抜いています。

◆ニュースの内容、もう少しやさしくして下さい。

◆昨年末の選挙結果は心がくじけそうでした。今年、日本はどうなってしまうのか!でも、めげていられませんね。今年もよろしくお願い致します。

◆会報、たのしみにしでいます。

◆いつもお世話になります。本年もよろしくお願いします。

◆会報の発行、色々な活動ご苦労様です。自衛隊の軍隊化に反対して九条を守りましょう。

◆日本の平和憲法は世界遺産として永く残さなければなりません。広めよう!平和憲法。

◆憲法九条がつくられた訳をよく考えて欲しい。九条の会の発展を心から願ってやみません。青年よ再び銃をとるな。こんな言葉が頭にうかんできます。<憲法九条は日本の宝、世界の誇り>

◆何時も大変お世話様です。体調良くなく何もお手伝いできません。原発なく9条を守る世にしたいですね。

◆カンパ1000円を同封いたしました。いつも新聞をとどけていただき、ありがとうございます。その時期その時期の大事なニュースを知ることができ、とてもうれしく思っております。いろいろ問題は山づみですが、安倍首相になって、逆に世の中が進んだら大変です。今までよりもいっそう世の中の動きに敏感になって行動していきたいと思っています。集会などになかなか出られず、すみません。

◆より少ない人数で九条を改める仕組みを狙っている自民党。割に危機感を持っていない周りの人々(と私には見えます)。次の参議院選挙が恐ろしくなります。体が衰えて講演会に出席もできなくなりました。手が震え字を書くのも苦労します。私に出来ることは殆どありません。




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紹 介

●第10回「カフェ・サロン」

「青鞜」をめぐる女性たち 平塚らいてう、市川房枝、伊藤野枝…。
 「元祖女性は太陽であった」一明治44年9月、「青鞜」創刊号の巻頭に載った平塚らいてうの言葉は、事実上日本初の女性解放宣言でした。
 ETV(教育テレビ)のシリーズ「日本人は何を考えてきたのか:平塚らいてう 市川房枝編」を見ながら、いま一度「青鞜」をめぐる女性たちと、その後継者たちの勇気ある闘いと挫折の軌路をふり返り、一緒に語り合いませんか。
日 時:4月19日(金)14時〜16時
会 場:すうい一とは一と(航空公園駅歩7分)喜多町11−15NKビル1F TEL 04−2008−0810
参加費:1000円(飲み物・お菓子付き)
協 力:マスコミ・文化 九条の会 所沢

●「想い出のアン」上映会

 反戦名作映画連続上映会の第5弾は、児童文学者・和田登原作の「青い目の星座」を映画化した、吉田憲二監督の「想い出のアン」。
日 時:3月29日(金)18:50から
会 場:東京・文京区民センター3A
    地下鉄丸の内線、南北線「後楽園駅」徒歩5分
参加費:1000円
主 催:映画人九条の会 TEL 03−5689−3970

●第3回九条美術展

日 時:4月16日(火)〜21日まで
会 場:埼玉県立近代美術館(北浦和駅西口3分)
    会期中の催し ピアノ演奏と講演会20日(土)
           ピアノ演奏、「MIN−Y0シリーズ」ほか、鈴木たか子氏(ピアニスト)。
           講演「『自由美術』に参加した私」 司 修氏(画家)。

●第66回アンデパンダン展

日 時:3月20日(水)〜4月1目(月)休館日=3月26日(火)
会 場:国立新美術館(六本木)




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「マスコミ・文化 九条の会 所沢」学びのシリーズ

現場で考える その1

自立への道のり

ともに歩んだヤクート共和国自立への道

日 時:3月23日(土)13:30〜16:30
会 場:新所沢公民館 学習室1号
参加費:無料 お話をする人:勝木英夫さん

 1991年、ソビエト連邦が崩壊しました。勝木さんは、ソビエト連邦に属した多くの自治共和国がそれぞれ自立を始めたこの時期に、ヤクート大学から日本語・日本文化論などを教えるべく招聘されてロシアへ行きました。その20数年にわたる、現地での体験から考えた問題についてお話を伺います。

 ヤクート・サハ共和国は、冬には−50度になるシベリアの小さな国です。ソ連軍へ徴兵され涙する若者とも毎年言葉を交わし、「領土問題」「原発」「政治・経済」などの有様を見てきた勝木さん。九条を変え、国防軍を、と主張する今の日本が抱える問題と決してかけ離れた問題ではありません。意見を交換しながら考えてみたいと思います。




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