機関紙80号 (2012年8月28日発行)new!



もくじ

「紫陽花革命」は自立した個人のしなやかで強靱な集合体
    北村 肇(週刊金曜日発行人)
     どこか懐かしく
     永く続いた希望のない時代
     弱々しい「群れ」にあらず

太郎の部屋 ほっとたいむ1
    鈴木太郎(詩人・演劇ライター 中新井在住)
オスプレイ訓練、ハワイでは中止に
全国で超低空飛行、背景に安保条約


鈴木彰の「野合して割れて砕ける『打算力』」

二人の子ども
    中原道夫(詩人・上新井在住)

岡本厚さんの講演要旨②
     衰退するアメリカ
     北朝鮮との異様な関係
     16年間動かなかった普天間
     米軍を引き止める外務省、防衛省
     闘えば変えられる
     真実の力、メディアの力を信じて

九条を生かす
   ●オスプレイがやってくる
   ●日本全土が沖縄化

「会」世話人 間島弘さんが死去
     交流を深め、共に運動をすすめた友を偲ぶ
     山崎晶春(世話人 下富在住)

短 信
   ●九条の会講演会
   ●青年劇場「普天間」を所沢で公演





「紫陽花革命」は自立した個人のしなやかで強靱な集合体

北村 肇(週刊金曜日発行人)

どこか懐かしく

 尖閣、竹島……今年の夏は特に暑い。嫌な汗がぬめぬめと神経までなめまわす。だが絶望はしない。曙光がほの見えるからだ。〈あの日〉を思い起こす。どこか懐かしい感じがした。

 「さようなら原発10万人集会」。2012年7月16日、東京・代々木公園。労働組合の旗や幟が夏空に翻る。でも、思い思いのプラカードのほうが圧倒的に多い。子ども連れも目立つ。メーデーとは似ても似つかない風景だ。

 気温33度の炎暑。でも、さわさわとした風が心地よく、嫌な暑さではない。それより、体温の熱さをはっきりと感じた。むりやり押しつけられたり、たきつけられたものではない。平熱が上がった感覚だ。「懐かしい」源はここにあったのかと得心した。

永く続いた希望のない時代

 60年代から大文字で語られてきた「革命」は、いまやわずかな痕跡を残すだけだ。小文字になったのは70年代半ばだろうか。街から大学から路上から、デモは退場していき、「政治の時代」は終焉を迎え、ヘルメットを投げ捨てた学生の多くはそれぞれの道に無言で進んだ。キャンパスは焼け野原となり、一方で、経済発展というモルヒネが社会をマヒさせていく。「カネ」が「革命」に取って代わったのだ。

 エコノミックアニマル、小市民、生活保守主義という言葉が生まれた。カネがすべての時代は必然的に受験競争を激化させ、「身の回りのことにしか関心のない」人々を大量生産した。また、「命よりカネ」の社会は、水俣病を始めとした「公害」問題を生んだ。かくして、70年代後半は80年代、90年代のバブルヘとつながっていった。その後、米国型新自由主義に汚染され、あわせて管理型国家が構築されていく。21世紀の日本は文字通り、閉塞感漂う社会になったのだ。

 そもそも、70年代の「政治の時代」とは、あらゆる組織や因習からの解放、そして個人の自由の獲得の時代だった。戦前、戦中、市民は国家によりむりやり体温を上げられた。国家による熱病は、個々の人間から冷静な判断力や人間性を奪った。そのことへの反省があったのだ。

 だが、経済偏重時代に陥ると、今度は会社や官庁という組織にからめとられた。その中にいる限りは「カネ」が約束されるが、見返りとして、組織の利益のためには自分を捨てて暴走するという熱病に罹患する。当然のことながら、優勝劣敗、弱肉強食時代になり、多くの〈企業戦士〉の魂は荒み、〈戦士〉からふるい落とされた〈弱者〉は疲弊とルサンチマンにとらわれた。未来への希望はかげろうほどもなく、社会の平熱は下がり続けた。

弱々しい「群れ」にあらず

 だが、「3・11」をきっかけに全国で新しい動きが生まれた。既存の組織や団体にたよらず、個人がアメーバのように自由気ままな形でくっつく。語りぐさになっている60年安保のデモは、労働組合の大量動員が基盤になっていた。それとは質が異なる「7・16」や官邸前デモは、まさに「革命」と呼ぶにふさわしいのではないか。

 皮肉なことに、「革命」の中心は「両親が70年代に青春時代を送った」世代の人たちだ。その一人、雨宮処凛さんは「いまより自由な社会に若者でいられた親がうらやましい」という。彼ら、彼女らは既得権益者となっている団塊世代に対し批判的な言葉を口にする一方で、「若者が若者であった」「平熱の高い時代」への憧れももっているのだ。

 かつて竹中労は「弱いから群れるのではない。群れるから弱くなるのだ」と喝破した。しかし、「紫陽花革命」は決して弱々しい「群れ」ではない。解放され、自立した個人のしなやかで強靭な集合体だ。

 70年代を知らない若者が、いろいろな意味で70年代を乗り越えたとき、帝国主義を打破し、真の「革命」が成就するような気がする。もちろん、還暦を過ぎた私もひっそりと隊列に加わる。



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太郎の部屋 ほっとたいむ1

自作詩の朗読

鈴木太郎(詩人・演劇ライター 中新井在住)

 自作の詩を朗読するときはやはり緊張する。8月19日、オフィス樹(演劇制作事務所)の「語りライブ」に特別参加という形で、俳優たちの語りにまじって、詩の朗読をさせてもらった。東京・板橋区のカラオケ喫茶「ひだまり」で昼と夜の2回公演であった。お店の客席は25名くらいだが、2回とも満席となった。

 プログラムは、中山真の小松左京作「蜘蛛の糸」、外海多伽子の芥川竜之介作「二人小町」、市川兵衛の長崎源之助作「汽笛」、堀越富三郎の岡崎柾男作「幽霊殺人事件」、それに、鈴木太郎の詩の朗読である。全体で80分くらいの構成であった。

 俳優たちの「語り」は堂々としていて、登場人物の声色の使い分けや、手振り身振りもきわめて自然にやってのけている。暗誦もしている。

 私はといえば、関西風のイソトネ一ションが強くあるので、詩の朗読となると、「変な標準語になっている」と指摘されてしまうのだ。

 そこで、今回は若いころに書いた大阪弁で朗読できる作品2篇と3・11で被害をうけた風景を描いた「なにもない街への断片」にした。するといおよそ40数年前の作品が好評で時代を超えて共感を呼ぶ結果となった。詩のことばの命脈を感じて嬉しかった。

 次いで、8月29日午後7時から、新宿御苑の「ふく」というお店で「三人の詩人による朗読会」を開く。テーマは「3・11大震災の日々から」である。青木みつお、荒波剛との自主企画なので、30名の客席を満杯にしなくてはならない。緊張の時間がつづく。



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オスプレイ訓練、ハワイでは中止に

全国で超低空飛行、背景に安保条約

 市街地のど真ん中にある「世界一危険な基地」普天間基地に、墜落をくりかえすオスプレイが配備される。この理不尽な計画に基地のある沖縄県宜野湾市で配備に反対する大規模な市民集会が9月9日開かれる。広範な国民の「配備反対」の唱和が響き渡る中、7月23日、オスプレイは米海兵隊岩国基地に陸揚げされた。野田内閣は日米安保条約を盾に強引な配備計画を追認した。森本敏防衛相にいたっては「待ったをかければ、部隊の運営に穴が空く、抑止の穴をあけてはならない」とまで、国民の安全より米国追従の姿勢をあらわにする。

 朝日新聞によれば、オスプレイは06年から5年間で58件の事故を起こしている。そのうち、開発・試験段階の事故を含む5件は機体からの出火などの重大事故である。米国防総省系の研究機関でオスプレイの性能分析を担当していたレックス・リボロ元主任分析官は共同通信のインタビューで、風の影響を受けやすく、機動的な動きが苦手。小さな操縦ミスが事故を招くと、指摘したうえで、エンジンが停止した時、落下による空気の流れで回転翼を回し緊急着陸する「オートローテーション」の機能は持っていないと明言した。

 この危険な垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが配備後に本州、四国、九州など全国7ルートで高度60メートルの低空飛行を想定していることが明らかになった。低空飛行訓練の高度は、米軍が日本での運用に向けて作成した環境審査報告書の添付資料に含まれる。添付資料によれば夜間は地上150メートルとしているが、その他の時間帯は地上60メートルで訓練をするという。低空飛行を計画しているルートの下には、イヌワシ、クマタカ、ライチョウなど希少な鳥の生息地が数多くあることが、環境保護団体の調べで分かった。国の特別天然記念物のライチョウも、繁殖地の上が飛行ルートになっていることが新たな問題として浮上している。

 普天間基地に配備されたオスプレイが本土で訓練するとき、訓練ルートまで飛行して、そのまま帰還するとは考えにくい。

 日本共産党の塩川鉄也議員は7月24巳の衆院総務委員会で、米軍報告書が岩国基地やキャンプ富士に加え他の米軍施設に飛行することもあり得るとしていることに、「三沢、横田、厚木が含まれるのか」と質したことに、防衛省は「そういう理解でいい」と認めた。つまり、所沢周辺をオスプレイが飛行することが現実になってくる。

 諸悪の根源は日米安保条約にある。オスプレイの配置を認めるか否かは、民主主義の試金石。まして、横田基地への飛行は論外である。




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鈴木彰の「野合して割れて砕ける『打算力』」




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詩 二人の子ども

中原道夫(詩人・上新井在住)

泣きじゃくる二人の子どもを女子学生は振り切った
行かないでと女の子が腰に縋った
お母さんがいないのだから連れていって
お爺ちやんだってどこかに行ってしまったのと
男の子が脛を抱えた

手榴弾で自らの命を絶った者
火炎放射器で姿かたちまで消えた者
この子どもたちは地獄の中を彷程ってきたのだ

女子学生諸君
君たちはお国のためによく頑張ってくれた
けれど任務は本日で終了する
こんごの健闘を祈る

アメリカの艦載機が低空飛行で飛んでくる
砲弾が休むことなく飛んでくる
あきらかに巳本軍は壊滅状態にある
こんなとき解散なんて
手に持った手榴弾は死ねということなのか
わたしはどうすればいいのだろう
わたしはどこへ行けばいいのだろう
判らない
判らない
でもどこかへいかなければならない

きっとお母さんがあなたたちを探しているわ
もし、ここにあなたたちがいなかったら
お母さん悲しむわ
だから付いてきては駄目
わたしだってどうしたらいいのか判らないのだから

それから間もなくアメリカ軍の占領
年月をかけた本土復帰 沖縄に名ばかりの平和が訪れたが
老いた女子学生はスコップを握りながら
子どもたちと別れた「ガマ」の周辺を掘り続けている
もしや、そこに幼い子どもの骨が埋もれていないかと
見当たらないことで
足にかすかな安堵を覚えながら

老いた女子学生は今日も掘り続ける
忘れることのない悲しみを
終わることのない戦争を
あのいたいけな子どもの顔を思い出しながら

(ガマ=沖縄戦で日本軍が立てこもった洞窟)




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岡本厚さんの講演要旨②

衰退するアメリカ

 9・11同時多発テロとは何だったのかいまだに分からないのですが、イラクには大量破壊兵器はなく、アメリカはイラクに戦争を仕掛ける理由はなかったのです。その少し前に、イラクのフセイン大統領が、イラクの石油の輸出をドルではなくユーロ建てにしようとしました。実はそれが戦争の本当の原因ではないかと思います。ドルの権威が崩れて、ユーロが対抗するような力として出てきた。もう一回アメリカが主導権を奪い返そうとした、それがイラク戦争だったのではないかと疑っています。

 歴史というのはおもしろいと言いますか、その後、世界唯一の超大国といわれたアメリカの衰退は決定的になりました。もはや、アメリカ一国で何かすることは出来ない。リーマンショックの後、G8はG20となり、これまで影響力の小さかった国が入らなければ、世界の政治も経済もコントロールできない状態になってしまったことを示しました。アメリカの衰退のあり様は、隠しようもない時代に入っています。

 中東ではイランやシリアは言うことを聞かない。イラクも言うことを聞かない。イスラエルも言うことを聞かない。中南米はアメリカの裏庭と言われていました。「中南米の不幸は天国にあまりにも遠く、アメリカにあまりにも近いことだ」と嘆いていたのですけれど、軍政を敷いていた国が1990年代以降次つぎに民主化することで、かつての新自由主義的な政策を止め、社民的な、貧しい人に分け与えるような政策をとり、中南米の経済的な連携を作り上げました。キューバをも仲間として迎えられる政策をとりつつあります。アメリカはキューバを憎み、孤立させようとしてきたのですが、逆に今は、アメリカが孤立しています。ヨーロッパも政治的経済的な力をつけてアメリカの顔ばかり見なくなっている。すると、どうも日本と韓国ぐらいしかアメリカの言うことを聞いてくれる国はなくなってきたのです。

時代に向かい合った雑誌

 70年代に、沖縄の祖国復帰、金大中事件、ベトナム戦終結があるなどデタントの時代でした。その当時「世界」には、T・K生という「韓国からの通信」が掲載されていました。私は77年に岩波に入社、安江さんのもとで雑誌「世界」の編集に参加した。「世界」という雑誌は左と言われていますが、左右というのは相対的なもので、その頃は、もっとラジカルな雑誌もたくさんありました。

 自衛隊の陸幕の広報の所に行ったら、中道左派的な雑誌ですねと言われた。今、ジャーナリズムが衰退してしまって、惨澹たる有様になっています。残った雑誌も何をやったらいいか、分からない状況にあります。その中で「世界」は一種の公共財というか、公論というか、公の議論が出来るものになっていると思います。「この国、この社会はどうあるべきか」と言うことを、原発の問題、沖縄の問題、朝鮮問題など、真剣な議論が出来るためには自由でなければいけない。経済的な思惑とか、部数がいくら出るかとかではなく、自由な議論をして誤ったこともあるかもしれませんが、時代に向き合った雑誌が出来ると思っています。

北朝鮮との異様な関係

 尖閣諸島とかいろんな問題があるのは、日中緯、東アジアが仲良くならないようにとアメリカが望み、それが現実に反映しているのではないかと思っています。

 忸怩たる思いがあります。北朝鮮の拉致というのは大変な犯罪ですが、しかしそれを解決するためには、いろんな方法があった。それを単に北とのつながりを断っていくだけに終始したのがこの10年でした。

 日本人の根底には朝鮮人にたいする明治以来の差別感とか蔑視があると思います。清や朝鮮は遅れていて貧しい、独裁的だ、封建的だ、頑迷固晒だというイメージです。だから日本は西洋とともに行こうというのが脱亜諭でしたが、そのイメ一ジが今もっとも残っているのは北朝鮮です。韓国は民主化し変わったのに、北朝鮮には旧いアジアのイメージが残っています。

 朝鮮北部と日本との関係は江華島事件(1875年)以来ずっと正常化したことがないのです。植民地時代36年間があり、戦争が終わっても正常な関係を持てなかった、つまり140年間、敵対的な関係を続けてきた。

 朝鮮の南も北も国連の加盟国です。1991年同時に加盟しているのです。日本は190カ国と国交を持っています。台湾とは国交はないが関係は深く、かつての植民地だった北朝鮮とだけ国交を持っていない。これは異様なことだと思います。その異様なことに気づいていないことがさらに異様なのです。ヨーロッパあたりから、日本もいい加減にしたらどうかという意見も出されますが、解決しようとはしません。牢固としたものがあって、メディアも議論ができません。このこと自体を変えていかなければと思っています。

16年間動かなかった普天間

 もうひとつ、16年間動かなかったのは普天間です。毎日新聞の5月15日付けに、「近くて遠い普天間、返還合意16年、実現何時?」の見出しの記事がありました。16年間、全く動かなかったのです。1995年、少女暴行事件があって、県民は大変怒って集会を開いた。それで米国は返還すると約束した。ところがその後、実は返還ではなくて、沖縄に新しい基地をつくるのだとわかって、沖縄の人たちは失望し怒りました。そして、辺野古には絶対つくらせないと16年間闘った。鳩山さんの時だけ「最低でも県外」といって沖縄の人たちの心に沿おうとしたが、結局、ひっくり返ってしまいました。それに対して本土の人の関心はあまりにも薄いと思います。

 これは5月9日の琉球新報の世論調査ですが、辺野古移転に9割が反対、そんなどころに絶対出来るはずがない。9割ということは保守も革新もみんな反対だと言っているのです。もういい加減にしろと。復帰40年、沖縄がある程度経済的にも安定して自信を持ってきていることもある。72年に復帰したときから比べてもはるかに自信を持ってます。少しずつ自立してきています。沖縄県内に基地が集中していることに、沖縄では「不平等だと思う」69%、「やむを得ない」は22%、本土では「不平等だと思う」が33%、沖縄の半分以下。「やむを得ない」というのが37%もいる。こういう意識のギャップがある中で、基地を撤去することも、移転することも出来ずにいます。普天間を固定化しようという動きもありますが、これも許されない。

米軍を引き止める外務省、防衛省

 なぜ、こんなふうになっているのか。民主党も最初は少なくとも県外といっていたのに、なぜ戻ってしまったのか。それは外務省とか防衛省とか、一部官僚の中枢が「米軍にいて欲しい」と引き止めているからです。それは中国や北朝鮮の脅威があると思っているからです。ウィキリークスで暴露されましたが、高見沢という防衛省の役人がアメリカの役人にこう言ったそうです。「普天間基地について、妥協してはいけませんよ。民主党はどうせすぐに変わるんですから」と。日本の役人がアメリカの役人に辺野古をあきらめるなと言っている。日米の対立でなく、日・日の対立です。敵は日本にいる。

 変えられないのが日米安保であれば、安保があるが故に沖縄に基地が居続ける。政権交代しても変わらなかったら、どうすればいいのでしょうか。これは「九条の会」としても考えなければいけないことだと思います。沖縄の大学のある教授が言うのです。「政府の役人たちは9条があるから、軍をもてない、だからアメリカに護ってもらわなければいけないのだという」。では「9条があるから、沖縄に基地が押し付けられてるのですか」との議論が沖縄では出始めている、と。「どうすれば、9条を維持しつつ日米安保を脱却できるか」を真剣に考えなければいけない。これは北朝鮮の問題とも非常に関係していると思います。

闘えば変えられる

 日本はかつて侵略した、戦争した朝鮮とか中国とか、東南アジアの国々と本当の意味で和解していない。だから怖いのですね。やられるという怖さがある。アジアの中で孤立しているから、日米安保に頼る。こういう悪循環になっていると思います。

 ヨーロッパではドイツは変わりました。ドイツはヨーロッパの中にビルトインされました。「ドイツは周囲に歴史上初めて敵がいなくなった」と言ったのは、ドイツのヴァイツゼッカー大統領でした。日本はそういう事態になってない。ある韓国の知識人が言いました。「アジアには対立がある。朝鮮の南北、中国と台湾、そして日本と周りの国々だ」。これは我々が変えられる部分です。東アジアとの本当の意味での和解があれば、安保は変えられます。そうすれば、沖縄の基地問題も変えていくことが出来ると思う。

 少しの勇気があればできることなのに政治家には勇気がありません。たたかれるのはいやだということで先送りしているのだと思います。

 3・11の原発事故、大きなショックを受けました。70年代から「原発神話」には反対でしたが、まさか日本でこんな大事故が実際に起こるとは信じられなかった。核は人間に制御出来ないのです。こういう技術は人間は使っていけないのです。事故の収束までこれから30年はかかるでしょう、事故はまだ終わっていなし、これからさらにひどいことになる可能性もあります。メディアも含めて、いまその覚悟がないと思うのです。

 ここまで、人間の感性はだめになるのかと。野田さんが私の責任で再稼動を決めましたが、一体どういう責任をとれるのか、不思議でしようがない。昨日、首相官邸前に4万7千人が集まったと言いますが、結局、安保の時のように闘わなければ変えられない。変えることが出来る転換点にいる。ここで変えることが出来たら、大きな励ましになると思います。日本を根底から変えることになっていくと思います。

 アメリカは日本をアジアにおける“副官”にしたいようです。ヨーロッパではイギリスが“副官”になっています。そうするためにじゃまなのが9条。協力だけではなく、アメリカと一緒に戦争をしてくれというのです。別にアメリカに敵対する必要はないと思いますけれど、日本はそうでない道を歩まなければならない。それはアジアの人たちとの本当の和解が必要と思います。紆余曲折はあると思いますが、そちらに進んでいかなければならない。それが憲法を守る道だと思います。あまりにメディアは衰退していると思います。新聞は常軌を逸し、テレビはボケてしまった。

真実の力、メディアの力を信じて

 私はそういう中でも希望は失っていません。かつて、「世界」が軍政下の韓国の地下通信『韓国からの通信』を載せた。韓国では「世界」を持っているだけで捕まってしまう禁書だったのですが、「世界」は密かに韓国に持ちこまれ、コピーのコピーのコ一ピーで、韓国の民主化運動の人たちが読んでいた。暗闇の中で光が見えた気がしたと、当時運動していた牧師の方が語ってくれたことがあります。隣の国のメディアでもこれほどの力になるのです。真実は力があるのです。感動的だったのは、『韓国からの通信』を読むために、日本語を勉強し始めた韓国の学生がいた。その人たちが今政治家になったり、平和運動を進めているのです。

 私も一市民としても、ジャーナリストとしても、皆さんと一緒に歩んでいきたいと思います。




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九条を生かす

●オスプレイがやってくる

 今回は沖縄の地で、「9条を生かす」を考えてみます。沖縄で今最大の問題は、オスプレイの沖縄配備の押しつけの問題です。県民の大多数が反対といラオスプレイの配備を日米政府は、日米安保を盾に押しつけを強行しようとしています。

 仲井真知事は森本防衛相が沖縄へのオスプレイ配備を告げた際、記者団に「配備を強行したら、全基地即時閉鎖という動きに行かざるを得ない」と強く日米両政府を非難しました。その森本防衛相はアメリカでオスプレイに1時間試乗し、「想像以上に飛行が安定していた。できるだけ早い時期に沖縄を訪問して、仲井真知事に説明したい」と語ったと報道されました。8月6日の琉球新報の社説は「茶番劇はたくさんだ」として、「県民の命より米国のご機嫌取りを優先する人物に、大臣たる資格はない」と書きました。

 モロッコでの墜落事故の「報告書」は「機体の欠陥ではなく、操縦ミス」とし、沖縄への配備に支障はないとの態度です。名護市辺野古の米軍新基地建設に伴う環境影響評価(アセスメント)で「環境保全上、特段の支障は生じない」と結論付けた総合評価について、県環境影響評価審査会(会長・宮城邦治沖縄国際大学教授)は委員から批判・疑問視する意見が相次ぎ、評価書のずさんさが浮き彫りとなりました。

 この問題のオスプレイは、日本本土を東北の山間部のグリーンとピンク、北アルプスや越後山脈のブルー、四国山地周辺のオレンジ、九州山地周辺をイェロー、奄美諸島に沿ってパープルと、6つに色分けされたルート(他にもう一つのルートがあるとの指摘もある)を訓練飛行するとされています。米海兵隊は、日本の航空法が定める最低安全高度のおよそ150メートル以上だとしたうえで、低空飛行や夜間飛行も行う計画で、訓練に伴う騒音などの影響は大きくないとしています。

 しかし、ルートが公表されて以降、アメリカが日本の空を自由に飛び回り、標的にしているのが山間にあるダムや、保育園だったりしていることから、徳島県の飯泉知事が防衛省に「飛行訓練を行わないよう」要請、和歌山県の仁坂知事が県議会で、訓練に反対する考えを示しました。広島県は中国山地で、アメリカ軍機とみられる航空機が多く目撃されていることから、国に対し、飛行訓練の中止を要請しているなど、沖縄以外の各地にも反発が広がっています。

●日本全土が沖縄化

 日米同盟の重視、国の安全保障との比較でということが暗黙の前提で、自治体の意向は軽く見られてきました。しかし、今度は住民の安全という問題からするどく安全保障政策が問われています。沖縄のおかれている問題が日本全体の問題と広がってきています。

 そこに新たに、尖閣諸島への中国人の強行突入間題が発生、日米同盟の強化のためにオスプレイの配備を受け入れなければと言う、新たな理由が持ち出されてきています。敗戦記念日を機会に、新たに持ち出されてきた国の安全保障とは何か、民意の尊重、憲法とは何か、政治の在り方を問う根本間題が浮かび上がってきました。

 沖縄で弁護士活動をしてきた神山忠克弁護士は「安保条約を検証する」と題する論文で「憲法体制と安保体制という相矛盾する体制は、国家の最高法規たる憲法の理念・規定によって解決・解消されるべきであり、安保条約は廃棄されなければならない」と記しています。憲法9条の持つ意義を輝かさなければならないときです。

編集長 鴨川孝司




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「会」世話人 間島弘さんが死去

交流を深め、共に運動をすすめた友を偲ぶ

山崎晶春(世話人 下富在住)

 昨年の6月、入院前に「神経性内分泌ガン。悪化すれば一年もつか…」という医師の所見が記された心細い手紙をもらって一年が過ぎた。抗ガン剤治療の効果についても君からの何回かの電話で聞かされていた。別名「原発不明ガン」という実に厄介な病気だったが、その克服に格闘する日々だった。

 間島君とは出版社小学館に勤め、編集に携わり、労働組合運動、平和運動を共に進めた間柄だった。私より6歳年下であった。

 小学館の労資の厳しい闘いが始まるのは1967(昭42)年からで、産業別統一闘争からの切り離し、組合組織への不当介入、企業分離、企業の意のままに動かせる人事の配転、未組織労働者の増大、男女差別賃金、活動家への思想攻撃など、職場に憲法は存在しないという露骨な攻撃であった。これに対し、組合は69年春闘で72時間ストライキを打ちぬき、残業拒否闘争を続けた。

 更にこの春闘後、さまざまな人事異動に紛らわせて組合四役への不当配転を行おうとしてきた。君は書記次長であり、異動の対象になっていた。これは明らかに組合運営への介入であり、企業の云っていた「本人が承知しなければ発令しない」という約東を破った行為であった。改めて人事異動の事前協議制の要求を組合大会で決定し、闘った。

 これらの闘いを通して、12年後の81(昭56)年の春闘で全面勝利する労組の要求、政策を確立させていった。

 『不当労働行為糾弾闘争での社長の全面謝罪。男女差別賃金撤廃。学卒「臨時」の社員化。副部長制廃止。出版労連再加入の達成。出版体制・出版内容についての闘い』など要求は多岐にわたったが粘り強い運動が展開された。

 間島君は忙しい女性週刊誌職場にいたが、この間、書記長3期、委員長5期を務め、実に重要な役割を果たした。その後、80年代後半は出版労連書記長、副委員長に就く。お互い退職してからは、年に何回か会っていた。

 05年3月26日「マスコミ・文化 九条の会 所沢」発足の時に、君に事務局に入ることをすすめた。即座に引き受けてくれた。この運動の中で気配りをし、丁寧にすすめなければならない作業の一つが集会、講演会の講師の選定、折衝である。

 07年4月14日の講演会は講師小田実さんに決っていた。しかし、小田さんが外国から帰国後体調が悪く、すぐ入院、手術という知らせが入った。講演会の五日前だった。誰に代役をお願いするか決めなければならなかった。その相談の時、君から埼玉大学名誉教授の暉峻淑子さんの名があがり、君がすぐ先生に連絡、事情を説明し引き受けていただいた。この緊急な局面を切りぬけることができた。君の今までの運動による蓄積の賜物であった。

 この4月から毎週金曜日に首相官邸前、国会包囲の市民の行動が始まり、今は10万、20万人の市民の結集になっている。

 3・11以後、子供たちの未来をつくる、「命」を守る「脱原発」の運動は新しい運動として全国に拡がってきている。沖縄の基地返還、アメリカ追随路線を打ち破る運動とも結合し始めている。

 憲法九条を世界に広げ、非核3原則を堅持し、戦争のない地球をつくる真の民主主義運動が、近い将来実感できるのではないだろうか。

 50年間交流を深めてきた君と、こうしたことをもっと語り合いたかった。無念である。

(2012年8月17日記)




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短 信

●九条の会講演会

日 時:2012年9月29日(土)13:00から
会 場:日比谷公会堂(日比谷公園内)
講 演:大江健三郎 奥平康弘 澤地久枝
参加費:前売1000円 当日1500円
申込方法 9月14日までに郵便局備付の振替用紙(青色)に希望枚数、名前、住所を書いて参加券代金(一人1000円)をお振込下さい。入場券が郵送されます。
郵便振替口座 記号番号 00100-9-774293
加入者名 九条の会講演会

●青年劇場「普天間」を所沢で公演

沖縄「復帰」40年 沖縄タイムス、琉球新報が絶賛した青年劇場「普天間」を所沢で公演
坂手洋二=作 藤井ごう=演出
11月16日(金) 18:30開演
所沢市民文化センタ一マーキーホール
前売り3800円 障がい者、学生2000円 当日4500円
問い合せ:所沢で「普天間」を観る会 大場 090−9844−6749 川村 080−2068一9577




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