機関紙69号 (2011年9月21発行)



もくじ

国会は何をしているのか 福島の子どもの命を救え
   桂 敬一(元東大教授)
    児玉証言を報じないマスコミ
    学童疎開で命は助かった
避難民の絆を結ぶ小さな通信の大きな役割
     川房通信から 1
赤川次郎さんの疑問
   梅田正己(書籍編集者)
他人事ではない 原発・沖縄・憲法9条
   門目省吾(ジャーナリスト 山口在住)
    虚構の「安全神話」
    何が「事実」なのか
    誰のための「軍事基地」
    憲法9条は「実利」
鈴木彰の「見るとつい掴みたくなるワラの束」
所沢で、「原発いらない」の声響く
「さよなら原発 1千万署名」の取り組みにご協力下さい
言論・表現を守るために
  国公法弾圧事件 違憲無罪で最高裁の真価示せ
   竹腰将弘(ジャーナリスト 山口在住)
    「化石」の判例見直せ
    大法廷で憲法判断を
「九条を生かす」
   ●なぜ、この時期、武器輸出三原則の見直しなのか
   ●広島、長崎の犠牲者への集合的責任
    編集長 鴨川孝司
BOOK REVIEW
  私の先祖は忍者の服部半蔵 広島での被爆体験を語る 服部道子著
短 信
   ◆原水禁世界大会参加報告集会開く
   ◆むさしの音楽9条の会




国会は何をしているのか 福島の子どもの命を救え

桂 敬一(元東大教授)

 7月27日、衆院厚生労働委員会で、東大・先端科学技術研究センターの児玉龍彦教授(東大・アイソトープ総合センター長)が参考人に立ち、福島の子どもたちの放射能汚染の危機について行った証言の迫力に驚いた方たちが、多いのではないだろうか。驚くというより、ひたむきに子どもたちを思う言葉の力に感動したはずだ。

児玉証言を報じないマスコミ

 児玉教授は、具体的に汚染のひどさを指摘、軽視されてきた内部被曝の危機にとくに注意を喚起、それによる放射能が成長期の子どもに及ぼす被害の恐ろしさを明らかにしたうえで、こうした危険を早急に取り除く手を打たない政府の無策を批判するとともに、満身の怒りを込めて「国会はなにをしているのか」と、自分を招いた国会議員たちに対して、激しく重たい苦言を呈した。議員の面々も黙り込むよりほかなかった。

 不思議なことに、この場面を、NHKは報道したが、ほかの新聞も雑誌も、まったくといっていいほど報じなかった。反対に、ネットでは、ユーチューブにNHKの報道映像がすぐアップされ、たくさんのアクセスを集め、急速に大きな反響を呼んだ。その後、そうした流れのなかで、議会記録に基づく参考人陳述の内容がいろいろなメディアで活字化され、映像もテレビで繰り返し放送されるようになった。

 一方、あまり報じられてないが、福島では、郡山市の小中学生14名が6月24日、年間被曝放射線が1ミリシーベルト以下に収まる地域への集団疎開を求めて提訴した、「ふくしま集団疎開仮処分」の裁判の行方も注目される。9月半ばには結審、近く決定が出るはずだが、それが仮処分を認めるものになるのかどうかが、気になる。

学童疎開で命は助かった

 私は1944年8月、国民学校3年のとき、空襲の脅威が増し、建物の強制疎開が始まりだした東京から、静岡市小坂の山の麓の安養寺というお寺に集団疎開したことを思い出す。学校ぐるみ、級友や上級生、先生も一緒の疎開で、学校は地元の国民学校に通った。食料の乏しい時代だったが、戦火の危険は避けられた。

 敗戦後、なかなか縁故疎開先から戻れなかった東京に5年ぶりで帰り、新制中学3年になった集団疎開仲間に再会したが、1人は両親を空襲でなくしていたことを知った。もう1人はまだ焼け跡の防空壕に住んでいた。集団疎開は辛かったが、少なくとも子どもの命は救ったのだ。

 福島で起こっていることは戦争ではない。だが、子どもたちの命を具体的に救い、彼らに集団性や共同性を保たせてくれるものとしては、集団疎開が役に立つことは間違いない。私は都会から田舎にいった。今度は田舎の子どもたちは、放射線の少ない都会で集団生活をし、勉強することになるのではないか。両親とはいったんは別れ別れになる。しかし、放射能が元から止まり、生まれ故郷の除染がすめば、またみんなそこに戻り、子どもたちをよすがに共同体としての地域を取り戻すことができる。国が計画し、自治体が実施者となり、学校の先生も声を上げ、そういう取り組みを進めるべきではないか。

 鉢呂経済産業相が「死の街」発言でクビになった。野党が「被災者を逆なでする暴言だ」と袋だたきにし、与党もまずいと思って辞任を認めた。だが、政府・財界、原発推進派の政治家が、本当のことをつい口走る大臣がいるのでは、原発事故の酷さを隠し通せないと思い、解任を策したのが実情ではないか。メディアがその尻馬に乗ったのが情けない。福島の子どもの命の危機を考えたら、そんなことをやってはいられないはずだ。



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避難民の絆を結ぶ小さな通信の大きな役割

川房通信から 1

さくらが咲いています
こぶしが咲いています
だれもいません
しんしんと放射能がふりそそいでいます
東電社長「天災、想定外、申し訳ない」だって

 東電、政府への怒りが沸々と湧きあがる詩だ。だれもいない集落に放射能だけがふりそそぐ。これは寓話ではない。この恐ろしい状況が現実に存在するのだ。

 掲載したのは、「川房通信」。東日本大震災と福島第一原発事故で地域住民がばらばらになって避難するなかで、福島県南相馬市小高区の川房集落(74世帯)は、老人会長の中里範忠さん(73)の避難先の埼玉県三郷市から発行している。避難住民たちは通信に投稿して、互いの安否を確かめるなど、小さな通信が絆を結び、生きる励ましとなり、全国紙にも報道され話題となっている。中新井在住の鈴木絢子さんが入手し、事務局に提供された小さなミニコミ紙の大きな役割を紹介する。

 川房は原発事故現場から北西約18キロの集落。事故の翌日、住民は避難を始めた。

 通信の住民名簿には、福島県内各地のほか、宮城、群馬、埼玉、東京、新潟、神奈川、滋賀…。コミュニティーは破壊され、住民は漂流するがごとく全国にバラバラに散っていった。

 避難した高齢者には過酷な現実が待っていた。「84歳、体調を崩して入院。退院して自宅に戻ったとたんの地震。20歳まで戦争に振り回され、80歳を過ぎて今度は原発に振り回されている」、「90歳の長老を連れ四苦八苦です」と綴る通信の行間からは悲鳴が聞こえてくる。

 そして、ついには犠牲者が出た。77歳と80歳の2人の男性の訃報が通信に大きく告知されている。そのうちの1人は、「入院中震災にあい、横浜マリーナへ移り、そこで体調不良となり板橋区の病院に入院。18日目で肺炎を起こし、5月4日帰らぬ人となった」。

 郡山市に避難した大浦さんは、「郡山市にも慣れてきましたが体調を考えて南相馬市に戻ることになりました。八月ごろになると思います。南相馬市に帰るたび部落の人たちに会います。話は、早く川房に帰りたいという話になります。早くも4ヵ月になります。皆さん方どうしているか、心配になります。車引き取りと一時帰宅で6月は二度家に行ってきました。畑は牛に荒らされています。庭にも牛が一頭いました。草が伸び放題、いつになったら帰ることができるのか不安になります。早く原発問題が解決して川房に戻れる日を願ってます」と、通信に心境を寄せている。

 「悲しい涙をたくさん流したが、でも『川房通信』で今度は元気の出る涙が流れた」など、通信を読んで歓迎する声が次々と返ってきている。

 中里さんは、「巨大企業と国家を相手に補償交渉と地域の再生、後々の健康被害問題など問題は山積しているが、ばらばらになった住民がまたつながるために通信を発行し続けたい」と語っている。



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赤川次郎さんの疑問

梅田正己(書籍編集者)

 作家の赤川次郎さんが、朝日新聞夕刊に、週一回、「三毛猫ホームズと芸術三昧」というコラムを連載している。
 いつもは標題どおりの「芸術三昧」だが、9月9日の中身は違った。

 「論拠示せぬ首相交代劇」というタイトルだ。こう書かれていた。
 《……それにしても、菅さんほどマスコミに嫌われた首相も珍しいだろう。どの新聞の社説もコラムも「早く辞めろ」の大合唱だった。
 しかし、どの記事を読んでも、私には菅さんがなぜ辞めなければならないのか、分からなかった。辞めたら何が良くなるのか、どこにも書かれていなかった。
 中には論説委員の署名入りのコラムなのに、冷静な批判とは程遠く、ほとんど感情的な罵倒に近いものさえあった。
 ここまでマスコミが感情的になるのは、「本人が辞めると言ったんだから辞めろ」という以外の筋道を立てた論拠が示せないからだ。
 経団運の米倉弘昌会長が何とか菅さんを辞めさせようとくりかえし発言していたのを聞くと、結局、電力会社に嫌われたから辞めなければならなかったのではないかと思える。
 この首相交代劇で、「脱原発」の勢いにはブレーキがかかることになるだろう。そうさせない覚悟が、今のマスコミにあるのだろうか。》
 以上が、いわゆる“菅たたき”“菅おろし”についての赤川さんの疑問である。

 私も、まったく同じ疑問を持つ。恐らく、政治に関心のある市民の10人中8、9人は同じ疑問を抱えているのではないか? マスコミに対する人びとの不信感は年々深まってきている。

 テレビはいまや芸人たちの遊び場になってしまった。ニュース番組も、キャスターがしばらくたつとエラクなり、ご託宣を垂れはじめる。チャンネルを合わせたいと思う番組はほとんどなくなった。

 せめて新聞だけは、と思うが、今のこの危機的転換期をどのようにとらえているのか、誰の立場に立っているのか、よくわからない記事が多い。

 しかし、マスメディアヘの信頼の失墜は、同時にデモクラシーの凋落を意味する。
 正しい情報の伝達なしに、民主主義が成り立つはずはないからだ。
 事実が正確に伝えられ、多様な意見が伝えられてこそ、デモクラシーは健全に機能する。
 マスメディアが担っているのは、社会のいわば血液の循環機能である。
 それなのに、人びとのマスメディアヘの不信は深まる一方だ。どうしたらいいのか?

 まず、直近の事態で、最も多くの市民が共通して抱いている疑問一一つまり「赤川次郎さんの疑問」に対して、メディアはきちんと答えてほしい。

 9月6日の朝日新聞のインタビューで、菅前首相は、どうして「原子力村」のようなものが出来たのかという質問に対して「同調圧力」という言葉を使っていた。

 この国のマスメディアがこぞって“菅たたき”に走ったのも、この「同調圧力」によるものだったのだろうか。
 しかし、この「同調圧力」こそ、メディアが最も峻厳に拒否しなくてはならないものである。
 そうでないことを証明するためにも、メディアは先ほどの疑問に答えてほしい。

 前回のコラムでも、私は次のように書いた。《一国の首相に対して、政財界が一体となり、それに全メディアも加わって、こうまで非難、誹謗に熱狂した例は、たぶん他にはない。政財界がそうなった理由は前に書いたとおりだが、メディアはなぜそうしたのか。ぜひとも聞いてみたい。》

 私のこの文章を読んだ人が何人いるかは知らない。だが、赤川氏の疑問は少なくとも数十万人の人が読んでいるはずである。重ねて、メディア関係者に問いたいと思う。




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他人事ではない 原発・沖縄・憲法9条

門目省吾(ジャーナリスト 山口在住)

 東日本大震災発生からまもなく半年。復興への苦難が続いている。原発事故による放射能汚染は、何処まで広がるのか。何時まで続くのか、全貌は明らかではない。

 村ごと避難したまま、何時自宅にもどれるか見通しもない人々、屋外に出て、遊ぶことさえ出来ないこども達、飼い主から置き去りにされた多くの家畜。作物の栽培ができない汚染された農地、すずめさえ飛ばない山里に、私達は住めるのだろうかという静かな怒り。さらに、原発の危険な現場で作業する「下請け労働者達の被爆の危険性」は以前から指摘されながら、その実態は闇に包まれたままである。

虚構の「安全神話」

 巨額な投資とともに、『安全神話』を振りかざし、クリーンなエネルギーを掲げて54基の原発を立地した「原子力村」の専門家達はどのような責任を取ろうとしているのか。

 日本に原子力委員会ができて55年、「使用済み核燃料」の処理方法さえ確定できないままに、進めてきた原子力政策は、下水道計画が未定のまま、入居を進めたマンションと同じではないのか。「想定外の災害」という釈明は、全く科学的ではない。

 事故の直接の被害者、悲惨な目にあうのは発電所がある福島県の住民で、原発の電気の恩恵に浴し、快適な生活を送っているのは、首都圏に住む私達という構図はこのままでよい筈がない。

何が「事実」なのか

 さらに事故直後のマスコミの報道を思い出してみよう。「これは想定外の規模の事故で」「チェルノブイリのような事故ではない」といった東電や政府の記者会見の情報のみで、事実は、広島型原爆の20個分の放射能を撒き散らしているという危機的状況を予測させる報道は殆どお目にかかれなかった。

 さすがに、原発への依存度を上げようという主張は影を潜めたが、未だに「産業の発展には原発は欠かせない」と、まことしやかに語り続けられている。

 そもそも、原発はクリーンなエネルギーを低コストで供給できるという「神話」を丸ごと信じ込み、原発依存を人任せにしてきた私達は、いま「原発必要論」に目を瞑るなら二重の過ちを犯すことになるのではないだろうか。

 マスコミの報道を鵜呑みにしてきた私達にも責任があるのではないだろうか。

 この際、前内閣の置き土産になった「再生可能エネルギー」への確かな道筋を注視してゆきたい。

誰のための「軍事基地」

 普天間基地の移転問題で、沖縄は怒っている。戦後66年、日本に駐留する米軍の基地の敷地は75%が沖縄にある。アメリカとの軍事同盟はいっそう強化され、日本の防衛の名の下にアメリカの世界戦略の中に組み込まれ、「沖縄返還」は有名無実と化している。実戦部隊の軍事基地と隣り合わせに暮らす人々の不安と危険は計り知れない。基地を県外に持っていってほしいという沖縄県民挙げての意思を政治は尊重すべきである。

 中国脅威論を振りかざして、軍備必要論、米軍駐留の必要性が叫ばれ始めている。非武装地帯の攻撃は国際条約で禁止されており、軍隊が駐留することによって戦争に巻き込まれる危険性の方が遥かに大きい。議論の筋道として、これも危険でないと言うならば、何故ほかの県に基地を置かないのか。「基地は必要だが、自分の近くには置きたくない。しかし、日本の平和を守るために沖縄の基地が必要だ」と言うのはあまりにも身勝手で、「福島原発」と同じ構図ではないのか。誰も軍事基地の近くには住みたくないのだ。

 先の戦争で、日本国内では、唯一の戦場と化した沖縄で、軍隊が住民に犠牲を強いたことはあっても、軍隊が住民を守ったという話を聞いたことはない。日米安保が本当に護ろうとしているのは何だろうか。

憲法9条は「実利」

 「国際紛争を解決する手段として武力を使わない」という日本国憲法9条の考えは、理想論ではなく、現実的な理念である。沖縄の米軍軍事基地はこの理念をないがしろにしている。地球を7度も滅ぼすことの出来る数の核兵器、コンピューターを使う高度な軍事技術は、人類の未来をも危うくする。

 地球温暖化、人口爆発による食糧危機、テロそして経済危機と人類がともに闘うべき困難な課題が目前にあるではないか。軍事力で覇権を競いながら、人類滅亡への道を歩むのか、困難ではあっても、人類が生き延びる道をともに切り拓いていこうとするのか。このことは私たち自身がすべき選択であり、誰かがやってくれることではない。

 このところ、東日本の被災地で活躍する自衛隊員の姿が注目される。確かに懸命に働く若者達に私達は頭が下がる。しかし、災害派遣は自衛隊の本務ではない。必要とされているのは、軍隊ではなく、災害救助隊・レスキュー隊である。未曾有の災害に立ち向かう自衛隊員の姿から、自衛隊必要論を振りかざし、憲法9条を変えようとするなど見当違いも甚だしい。

 国連平和雄持軍(PKF)への参加、武器使用権限の拡大、武器輸出三原則の緩和など、「憲法9条」を空洞化する動きが加速している。「原発」「沖縄」「憲法9条」。いづれも「ひとまかせ」にしてよい問題ではない。




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鈴木彰の「見るとつい掴みたくなるワラの束」




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所沢で、「原発いらない」の声響く

 「海無し県埼玉からも原発さようならウェーブを!」と題して、9月10日、所沢で初めての原発撤退を訴えるデモが所沢駅から航空公園駅まで行われた。

 約200人の参加者は「原発さようなら」、「食品の安全基準の強化を」など多彩なプラカードを掲げて、道行く人に原発からの撤退を訴えた。




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「さよなら原発 1千万署名」の取り組みにご協力下さい

 福島第一原発事故によって大きな被害が広がるなか、内橋克人、大江健三郎、澤地久枝、辻井喬、瀬戸内寂聴さんなど9氏の呼びかけによる「さよなら原発1千万署名」の取り組みが始まりました。

 「脱原発を実現し、自然エネルギー中心の社会を求める全国署名」で、来年3月までに1千万の署名を集め国会に提出するというものです。国会に国民の「脱原発」の意思を届けることは、原発再開をねらっている野田政権へ大きな打撃になり、自然エネルギー中心の社会を実現するうえで大きな力になります。

 また、同氏らの呼びかけで、9月19日に「さようなら原発5万人集会」が明治公園、午後1時半開会で開かれました。

 記者会見で大江さんは、自分にとって大震災と原発事故は、敗戦と新憲法制定に次ぐ、日本で起きた大きな事件だとし、「憲法前文には『決意』という言葉が二度使われています。同じように、私たちはいま、原子炉を廃絶するという非常に大きな決意をしなければならないところにきています」と語りました。

 私たちの会としてこれまで原発問題の学習会などを行なってきましたが、この署名の取り組みを呼びかけます。




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言論・表現を守るために

国公法弾圧事件 違憲無罪で最高裁の真価示せ

竹腰将弘(ジャーナリスト 山口在住)

 休日に、職務とは無関係に、政党のビラを配布した当たり前の正当な行為を、「犯罪」にでっち上げた事件の裁判が、最高裁判所で重要な局面を迎えています。

 2004年3月に社会保険事務所職員だった堀越明男氏が逮捕された国公法弾圧堀越事件と、05年9月に厚労省職員だった宇治橋眞一氏が逮捕された世田谷国公法弾圧事件。広く公務員の政治的行動を禁止している国家公務員法、人事院規則が憲法違反であることを明確に認め、無罪の判断が「憲法の番人」たる最高裁判所の責務です。

「化石」の判例見直せ

 東京高裁までの争いで、二つの事件に対照的な判決が出されました。

 世田谷事件では、公務員の政治活動の一律・全面的な禁止を「合憲」とした過去の最高裁の判例に依拠して、ビラ配布弾圧に手を貸す不当な有罪判決を下しました。

 一方、堀越事件で高裁は、判例には「現在においては、いささか疑問がある」として、具体的にこのビラの配布行為が行政の中立性を侵す危険性がないことを評価し、刑罰の対象とすることは憲法違反だとする画期的な無罪判決を出しました。

 憲法21条は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と定めています。この憲法施行から5ヵ月後の1947年10月に公布された国家公務員法には、刑罰で政治活動を規制する規定などありませんでした。これに逆流を持ち込んだのは、日本を占領していたマッカーサー司令部でした。当時の国家公務員労働者の運動の高揚にたいして48年7月、日本政府に国公法の全面的な改悪を指示し、政治活動禁止もここで押し付けられました。もともと憲法違反の規定なのです。

 違憲状態の国公法は、早期に改廃、是正されるべきものでした。ところが最高裁判所は74年の「猿払(さるふつ)事件」の判決で、国公法の政治活動禁止を「合憲」とする誤った憲法判断をし、これが判例とされました。しかし、この判決はほぼすべての憲法学者、行政法学者から、「誤りだ」と指弾されました。

 実際、その後30年間も、国公法の政治活動規制で起訴された事件は一つもありませんでした。

 今回の二つの弾圧事件は、この「化石」のような誤った判例を金科玉条にして、公安警察が、国公法を現代のビラ配布弾圧の武器として生き返らせようとしたものでした。

 検察の主張は「国公法の合憲性は猿仏事件判決で決定ずみ」というもので、最高裁が判例の見直しをできるはずはないと高をくくった態度です。弁護団は、猿払最高裁判決を正面から見直し、違憲無罪判決を出すよう求めています。まさに、違憲審査を司(つかさど)る最高裁の真価が問われています。

大法廷で憲法判断を

 二つの事件は、裁判官5人で構成する最高裁第2小法廷で取り扱われています。言論表現の自由という憲法上の大問題が争われているのですから、全裁判官で構成する大法廷への回付が必要です。

 東京都立川市で起きた反戦ビラ弾圧事件、同葛飾区でのビラ弾圧事件など、この間、ビラ配布にたいする弾圧事件が相ついでいます。人が自由に意見を表明するもっとも手軽な手段であるビラ配布の自由を、私たちは守らなければなりません。

 日本の異常な言論弾圧は、国際人権(自由権)規約委員会からも厳しく批判されています。

 ものいえぬ息苦しい国でなく、憲法の基本的人権が息づく日本へ、大きな世論を広げるときです。




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「九条を生かす」

●なぜ、この時期、武器輸出三原則の見直しなのか

 9月7日、民主党の前原政策調査会長がアメリカのワシントンで『多国間協力の中での日米同盟』と講演し、海外に派遣される自衛隊員の武器使用基準の緩和や、外国への武器輸出を原則禁じた「武器輸出三原則」の見直しなど、安全保障を巡る一連の課題に積極的に取り組んでいく考えを示したとのニュースが報道され、多くの人を驚かせました。

 その講演は「国連のPKO一平和維持活動への自衛隊の参加について、アメリカの手が回らない部分を埋めるという意味で、日米同盟をよりバランスの取れたものにする。そのためにも自衛隊と一緒に活動を行っている他国の軍隊を急迫不正の侵害から守れるようにすべきだ」「外国への武器輸出について、日本の防衛産業は、各国との武器の共同開発プロジェクトに参加できないため、技術革新の波から取り残されるかもしれない。武器輸出三原則は見直す必要がある」というものです。

 この発言は日本の質的な軍事力増強を目的にし、他国軍隊と共に戦闘行為を行うことを言い、当然憲法第9条第一項で禁止している「武力の行使」を禁止事項から外して自ら武力行使を行うばかりか、他国軍隊との武力行使の一体化に進むことを目指していることになるし、同じく憲法9条が禁止している「国の交戦権」の見直しへと波及していくことになります。

 このような意見をアメリカで表明し、国内に波及させていくのは、改憲派の常套手段の一つであり、軽視できないものです。

 前原氏は渡米以前の7月に、「新世紀の安全保障体制を確立する議員の会」のメンバーを引き連れ、米軍普天間飛行場を名護市辺野古へ移設する日米合意の推進を求めて沖縄を訪れています。永田町でくすぶる大連立構想をにらんだ政局絡みの行動といわれました。

 東日本大震災と原発事故からの復旧・復興は、軍事力強化を進めてきた国のあり方を根本から問い直して取り組むべき大事業です。こうしたとき、今までの軍事力強化路線をすすめ、憲法改悪の企みを許してはならないと考えます。

●広島、長崎の犠牲者への集合的責任

 スペイン・カタルーニャ国際賞を受賞した村上春樹氏は授賞式で、「我々日本人は核に対する『ノー』を叫び続けるべきであった。核アレルギーを妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです」と演説しました。

 大震災と原発事故は、敗戦時に匹敵する歴史的問題として、国のあり方を問うています。今こそ、戦争を放棄し、戦力を保持しないという徹底した恒久平和主義・憲法9条は、平和への指針として世界に誇りうる人類叡智の到達点とも言うべきものとして高く掲げるときです。
(編集長 鴨川孝司)




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BOOK REVIEW

私の先祖は忍者の服部半蔵 広島での被爆体験を語る 服部道子著

 著者の服部道子さんは、忍者の服部半蔵が先祖で、その14代目の子孫。また、秩父事件を裁いた裁判官を祖父に持ち、1929年東京で生まれた。

 父親の転勤で広島に引っ越し、今から66年前の1945年8月6日、広島に投下された原爆で被爆した。

 太平洋戦争末期、服部さんは看護師を目指し女学校に通っていたが、戦争が厳しくなると女子挺身隊に動員された。軍務部で仕事中、「バケツを持って水道に行こうとした瞬間、ピッカと何とも言えないものすごい光が一面に光った」「ドカーンと鼓膜が破れるほどの音がし、道子はもう助からない、最後だと思った」と原爆投下時の壮絶な状況を語っている。

 戦争、戦後の労苦、被爆体験を三人称形式でまとめた自分史だ。服部さんの被爆体験を風化させず、伝えていくことが求められる

(『広島での被爆体験刊行委員会1000円税込み)




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短 信

◆原水禁世界大会参加報告集会開く

 8月は平和を考える月。今年も所沢から原水禁世界大会にたくさんの人が参加した。

 8月20日、所沢平和委員会が「大会参加報告と交流の集い」を地区労会館で初めて開いた。

 土建所沢支部の田中支部長は、3日間の大会の詳しい内容の報告を行い、参加した分科会では、福島、宮城、茨城などから福島原発事故を受けて、避難生活や子どもたちへの放射能の影響などの報告が出された。大会は例年に比べて若い人の参加者が目立った、と話した。

 青年組織から参加した竹腰連さんは、青年パネルデスカッションに参加した経験を語り、伊達市からの参加者が「子どもたちが首に線量計を付け、放射能の影響を調べるモルモットにされている」と涙ながら訴えたことを報告した。

 大会に参加した米国人も「自分の国がやったことに反省している」との発言があった。
「原爆の経験があるのに、私たちは思考停止し、原発を許してきたことを反省して、原発の怖さを伝えて行かなくてはならない」と語った。

 大会で小森陽一さんは、「核と原子力は英語でatomic energy(アトミック・エネルギー)で同一のもの」と語り、核廃絶と脱原発を強く訴えた。

 矢作いずみ市議は市の平和事業として広島平和祈念式典に市民からの応募者ら7人で参加したことを報告した。

 会場からは、「三度にわたる核の被害を身を持って経験した日本がなぜ原発を許したのか」などの意見も出された。

 主催した、所沢平和委員会は、「いまほど、日本の反核平和勢力の力量が問われているときはなく、所沢の平和運動が前進するよう、平和委員会は頑張る」と語っている。



◆むさしの音楽9条の会

 原発のあり方、平和の尊さに声をあげませんか。
日 時:9月25日(日)午後3時30分から
場 所:ラーク所沢(新所沢駅歩15分)
連絡先:所沢労音 04−2939−1399




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