機関紙67号 (2011年7月7発行)new!



もくじ

「2011年総会」に50人が集う
   大塚清一郎氏(元外交官)が記念講演
民族紛争の現場で考えた「戦争と平和の問題」
   「外交官の眼」大塚清一郎さん講演
    講演要旨
     憲法9条が解決の手本に
改憲発議「2分の1」狙う策動が急浮上
九条の会、発足7周年記念講演会
大震災・原発事故と憲法を守る運動
   原発震災を地域から考える
   真木實彦氏(福島大学名誉教授)が講演
    講演要旨
     深刻な福島の放射能汚染
     コミュニティの破壊
     鳴り続ける計測器
     現実を直視し出発する
鈴木彰の「菅鳩鳴動!大連立のねずみ一匹」
基地はいらない沖縄と連帯する集会に230人
「九条を生かす」
   ●「トモダチ作戦」が一人歩き
   ●なぜいま、再稼働を要請するのか
    編集長 鴨川孝司
紹 介
   ◆2011平和のための埼玉の戦争展
   ◆2011所沢平和のための戦争展
   ◆第2回九条美術展
   ◆第59回平和美術展




「2011年総会」に50人が集う

大塚清一郎氏(元外交官)が記念講演

 「マスコミ・文化九条の会所沢」は2011年総会を6月18日、新所沢東公民館講堂で開いた。総会には市内外から50人が参加した。

 第一部は「外交官の眼」と題して、民族紛争の現場で考えた「戦争と平和の問題」という記念講演を行った。講師の元外交官、大塚清一郎さんは(初代エディンバラ総領事、駐スウェーデン大使など歴任)は、「吉田元総理直伝のユーモアの精神を引き継いで、世界に友人の輪を広げたい」と前置きし、日本軍による泰緬鉄道建設に強制労働させられたスコットランドのラッセルさんとの友情を通して、どんな時でも、ユーモアの必要と平和の尊さを語った。

 第二部の総会の初めに、藤原秀法代表委員が、「被災地や原発事故避難者を励ますような九条の会にしていきたい。これからも多面的な運動を一緒にしていきましょう」と挨拶した。

 所沢九条連絡会代表委員の浜林正夫氏(一橋大名誉教授)からは、熱い連帯のメッセージが届いた。「震災、原発とも政府の対応はその場しのぎに止まり、いまだに復興も復旧も全体像が示されていない。国民の不安はつのるばかりだ。挙国一致体制を作ろうという動きがあるほか、憲法を改正して非常事態規制を設けようとか、改正発議を2分の1に改めようとする動きに反対の声を揚げていかなくてはならない。復興に与野党協力の必要性を理由に大連立の動きが出ていることにも警戒が必要だ。財源として消費税の大幅引き上げの動きも出ている。国民に正しい情報を提供し、どのような方法で復興を進めていくのか、国民的大議論を引き起こすことが求められる。マスコミ・文化九条の会所沢の運動をますます広めなくてはならない」。

 次に佐藤事務局長は、改憲を許さず、「憲法」を生かす活動を進めていこうと、今年度の活動について提案があった。内容は、状況を正確にとらえ、改憲を許さない世論を作る、「会報」、「9の日行動」の工夫・充実をはかる、「講演会」、「学習会」の開催、所沢通信基地の撤去・全面返還を求める幅広い市民運動と連帯をはかると同時に普天間、辺野古、嘉手納などの沖縄の闘いと連帯を強める、「文化展」などの文化活動の充実をはかり、「カフェ・サロン」などの会員の自主的な活動に協力し、交流の場を広げる、マスコミ監視を強める、市内および各地の九条の会と連携し共同する。このようなつながりや活動の中で会員を増やし、新しい展望を図っていこうと方針を提起した。

会場から多彩な発言

 会場からは、「歴史をねじ曲げて作られた教科書が作られ広められようとしている。子どもたちが正しく育つ教科書で学べるようにしていきたい」、「震災の現場に行って、その実態の深刻さを身にしみて感じて帰ってきた。行った学校には避難者もいて速く復興しなければ、子どもたちに放射能対策を」、「私も現場を見て、長期にどの様に支援ができるか、みんなで考えていきたい」「会員が、9条の会のポスターを家屋に貼るとか、これなら私でもできるという運動を考えていきたい」、「自分の意志を現すこと、それをフォローする取り組みやそれを知らせることが大事と思う」、「文化展を開くこと進めていきたい。原発をどうするか、沖縄問題などコーナーを作って、会場も第2ギャラリーなら総合的なものができる」、「マスコミの監視が大事と思う。それにカフェサロンもできたし、会員の横のつながりを育てて行きたい」「三池映画の上映運動の経験に照らしても、会員の活動を旺盛に交流し、地域で実践することが大事。自然エネルギーの開発なども市民の発想を育てるようなものにして行けたら」「カフェサロンは所沢で暮らしていくことが楽しいと思えるものをと考え、出発した。これから『私の一冊』『映画との出会い』など企画している」、「東電の下請け労働者がどうなっているか。被爆の実態など話し合えるような機会が欲しい」、「原爆の実態を捉え、広めていく良い映画がある。『祝島』『10万年後の安全』の上映に取り組んで欲しい」など多くの意見が出た。

 会計報告、監査報告がされ、財政面から活動がどの様に進められているかの検討がされ、今年度は取り組みが強化された結果、前年より超過しての財政となったことなども含め承認された。

 最後に司会者から「会員の思いや要求を広げ、運動にしていくことが大事、会場からの提案を世話人会で具体化したい。11月の全国交流会を一つの節に、会員を400名から500名へと広げていくことなどを今後の運動の課題としたい」と報告し、拍手で確認された。



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民族紛争の現場で考えた「戦争と平和の問題」

「外交官の眼」大塚清一郎さん講演

大塚さんの講演要旨

  写真はお得意のバグパイプを披露する大塚清一郎さん

 私の40余年の外交官生活の中で、一番刺激的且つ創造的な仕事は、スリランカでの民族紛争解決への取り組みでした。スリランカの内戦の真っ最中の2000年に赴任したものですから、自爆テロはコロンボの町の日常茶飯事でした。時折、「ドカーン」と腹に響く爆発音が聞こえて、「あっ、また自爆テロだ」という状況でした。そういう世界に飛び込んだものですから、初めのうちは、正直に申し上げますと、ちよっと恐い日々でした。

 スリランカ政府に頼まれて、ノルウェーが一生懸命、仲介役として頑張ってやってくれた結果、ようやく2002年2月に反政府勢力のLTTE(タミール・イーラム解放の虎)とスリランカ政府との間に停戦協定が成立し、そろそろ和平交渉が開始されるかもしれないという状況になってきたわけです。

 私は、「これは日本の出番だな」と直感したのです。日本が和平プロセスや復興開発のために積極的な役割を果たす潮時だと思いました。日本はスリランカに対する外国からの2国間政府開発援助の6割くらいを出していましたから、そういう日本が最大の援助国として復興開発などで積極的役割を果たすのは当然のことです。

 そこで、私はいろいろと根回しをした上で、反政府グループ・LTTEの本拠地に自分で乗り込んで、グループの指導者と膝を突き合わせて話をすることにしたのです。

 

 キリノツチには合計8回出かけて、LTTEのリーダーたちと話をしました。私の会談相手は、LTTEナンバー2の実力者で、タミルチェルバンという政治部長でしたが、この35歳の筋金入りの闘士は、予想に反して、微笑を絶やさない穏やかな青年でした。「できるだけ早く和平交渉を開始していただきたい。国際社会はそれを期待している。日本は復興開発のために積極的支援をする用意がある」ということを私は誠心誠意、タミルチェルバン氏に伝えました。

憲法9条が解決の手本に

 その会談の際、私は予め持参してきた日本国憲法第9条の英文を先方に手渡して、「日本は憲法において、国際紛争を解決する手段としての戦争を永久に放棄しました。戦後は、平和の道を選択し、戦争で荒廃した国家の再建に専念したのです。それが戦後の日本の経済発展につながったのです。LTTEも日本の生き方を参考にしてもらいたいものです」と説明しました。

 これに対し、タミルチェルバン氏は熱心に耳を傾けた上で、「日本の生き方に深い共感を覚えます。日本人が戦後、強固な意志とたゆまぬ努力により、見事に国家再建を果たしたことに対し、我々は深い敬意を抱いています。私たちも日本が成し遂げたような再建をぜひとも成し遂げたいと思います。日本はどうか支援してください」と言っていました。

 しばらくして、実際にスリランカ政府とLTTEとの第−回目の和平交渉がタイで始まりました。この和平交渉開始は、私の説得工作が多少の効果を発揮したのかもしれませんが、ノルウェーが水面下で粘り強く和平交渉の開始を働きかけていたのが実を結んだのです。

 日本では、明石康氏がスリランカ復興開発担当特別代表に任命され、頻繁にスリランカに来ていただくようになりました。明石氏は実に精力的に良い仕事をしていただいたと思います。

 2003年3月には、日本政府主催で、箱根で和平交渉が開催され、それなりの進展もありました。

 先ほどお話した私の会談相手のLTTEナンバー2のタミルチェルバン政治部長も、LTTE代表団を率いて箱根にやってきました。

 彼は私に、「ぜひ広島に行きたい。原爆で壊滅した広島が、その後どのように復興したのか、自分の目でぜひ見て勉強したい」と熱い眼差しで言うのです。私は彼の希望どおり、箱根での和平交渉が終わった後、広島への視察旅行をアレンジしてあげました。タミルチエルバン氏は、広島視察後、「自分の故郷のチャーワーカッチェリは、スリランカ政府軍の空爆で完全に破壊されてしまったが、広島の復興をこの目で見て、自分の故郷もこのように復興させなければいけないとつくづく思った」と熱っぽく語っておりました。

 その後、6月には東京で、スリランカ復興開発のための国際会議を日本政府主催で開催し、51カ国と22の国際機関の代表が参加、総額45億ドルの復興支援を表明しました。日本政府は10億ドルの支援を表明しました。小泉首相やスリランカのウィグラマシンハ首相などが出席しました。このあたりまでは日本が描いていたシナリオは順調に進んでいたのです。

 しかし、その後、情勢が一変し、残念ながらスリランカは内戦に逆戻りしてしまいます。2005年の総選挙で政権が交代、対LTTE強硬派のラージャパクサ政権が登場、2008年1月には、スリランカ政府が停戦合意を破棄してしまいます。そして、政府軍はLTTE掃討作戦を強行し、2009年5月、LTTEを軍事的に壊滅させたのです。

 私が何度も会談したLTTEナンバー2のタミルチェルバン政治部長は、政府軍の空爆で死亡しました。LTTE最高指導者のブラバカランも殺害されました。政府側では、外務大臣のカデイルガマール氏がLTTEとみられる狙撃手により暗殺されました。彼は、立派な外相でしたが、タミール人であったため、LTTEからは「タミールの裏切り者」と見られていた人物です。私はスリランカ大使として数え切れないほど何回も彼と会談を重ねました。

 現在は、スリランカには表面的には平和が到来したかのように見えます。自爆テロもありません。しかし、少数派のタミール人たちの不満は依然として根深く、多数派のシンハラ人と少数派のタミール人との間の真の民族和解は、残念ながらいまだ実現していません。

 結局、私たちがスリランカで和平プロセスに必死で取り組んでいた頃、トンネルの向こうに見えていた光−私達は「平和の光」だと思っていたのですが、振り返ってみれば、それは、「幻の平和の光」だったのです。民族紛争の解決は本当に難しい。これが私の実感です。紛争当事者が「その気」にならなければ、解決は困難です。これが私の実感です。タンゴは結局のところ、二人で踊るものです。踊り手のステップの呼吸が合わなければ、転んでしまうのです。



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改憲発議「2分の1」狙う策動が急浮上

 東日本大震災の復興や支援が遅々として進まず、防ぎようのない原発からの放射能に命と健康が脅かされて緊張の解けない今、その混乱に乗じたかのように、改憲への策動が強まっている。

 6月7日、民主、自民など超党派の改憲派議員100人が「憲法96条改正を目指す議員連盟」の設立総会を開いた。総会では、これまで改憲の発議は、衆参各議院の三分の二以上の賛成を必要としたものを「過半数」で可とし、発議要件のハードルを低くして9条改憲などを容易にすることが討議された。民主、自民両党のほか、みんなの党、たちあがれ日本などの議員も参加したほか、西岡武夫参議院議長も出席した。議連顧問に森喜朗、麻生太郎、安倍晋三の歴代首相が就任した。

 民主党の小沢鋭仁前環境相は、「憲法の個別の話の前に、96条を見直し、憲法を改正し易い環境をつくる」と語った。顧問の安倍元総理は、「いよいよ厚い壁に穴があく」と強調したうえで、「敗戦の大きなショックとマインドコントロールによって、不磨の大典として、宗教的ともいえる信仰の対象になってきた」と平和憲法をなじり、96条の改悪に意欲を示した。

 今年の憲法記念日にあたって、9条改憲派は96条「改正」に的を絞って足並みを揃えている。

 4月に催された新憲法制定議員同盟(会長・中曽根康弘元首相)主催の改憲推進大会でジャーナリストの桜井よしこ氏は、「改憲の論点を最初から出すとまとまらない、96条一点に絞って、今年中に踏み出すべきだ」と、煽っている。

 民主・自民とも「震災」を口実に強権的な体制をつくる狙いは共有し、「二大政党」政治がうまく機能しない状態を、「大連立」も視野に、96条の改正と消費税増税を抱き合わせで、強行に中央突破しようということだろう。
 この極めて危険な動きに、監視を怠ってはならない。




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九条の会、発足7周年記念講演会

 発足7周年を迎えた「九条の会」は6月4日、都内で記念の講演会、「未来世代にのこすもの 私たちは何を『決意』したか」を開いた。

 東日本大震災、福島原発事故で国のあり方が根本から問われる中、「九条の会」発足の原点を問い直す呼びかけ人4氏の話に、会場いっぱいの2000人が真剣に聞き入った。

 大江健三郎氏は、原発事故で人々が死の恐怖に脅かされているときに、あらゆる意味で平和を求めていくことが必要と強調し、「これに反対する動きにははっきりノーといい、平和な生活をする『決意』を確かめたい」と語った。

 澤地久枝氏は、「人々が可能性をすべて発揮できる国をつくるために、世直しが必要。そのよりどころが9条をはじめとした憲法」であると強調した。

 鶴見俊輔氏は、原爆を投下した米国の行為は科学を悪用しないというギリシャ以来の伝統を断ち切るものと指摘し、「9条はなんらかの行動と態度表明によって裏付ける方がいい」と結んだ。

 奥平康弘氏は、「9条の戦力不保持規定のあいまいな解釈で、自衛隊や核兵器の保持さえ容認されてきたが、原発事故で核兵器の禁止を明確にするべきときにいる」と述べた。

 「九条の会」は、11月19日に3年ぷりとなる第4回全国交流集会を開催すると発表した。




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大震災・原発事故と憲法を守る運動

原発震災を地域から考える

 所沢9条の会連絡会が、真木實彦氏(福島9条の会事務局長)の話しを聞こうと企画したのは、被災地の9条の会の活動を支援するのに、私たちはどのような活動ができるかということからだった。

 6月5日、会場の地区労会館には緊急な講演会であったにもかかわらず、50名を超える人が参加し、福島原発事故に対する関心の並々ならぬことをうかがわせました。

講演要旨

 このような九条の会を通して、震災を話す機会ができたこと感謝してます。原子力の平和利用という問題が1953年から出されていますが、軍事力と東西対立から生まれた弊害は拭い去れないでいます。

 日本ではまた政府と企業の癒着もぬぐい去れないでいます。今度の事故をみても、現在の原発技術がいまだ本質的に未完成で、危険を完全にはコントロールしえない段階にあるという事実が証明されたと言わざるをえません。

 「想定外」というが、原発を防御する仕組みの不備を、福島の被害を防ぐ会の伊藤拓也ざんが2005年の段階で、「防波堤が5・2メートルでは災害は防げない」と何回も申し入れていたにもかかわらず、東電は聞こうともしなかった。それを「想定外」というのは、これ以上お金をかけるのは「想定外」という意味でしかありません。加重防御してあるから大丈夫というのも、防御しているというので感覚が薄れてしまったとしか言いようがありません。

 3月から4月にかけても東電も政府も動揺していたが、5月になると財政界、マスコミの論調が変わった。「原発維持論」が出てき、「大震災の復興路線では経済特区を作る、農地は競争力のある農業を作るTPPの路線に乗せる。財源は消費税を10%にすることやむなし」など危険な方向が出てきました。災害復興は人間を回復することを基本としなければならないと思うのですが、その後も、超党派で原子エネルギー委の発足、有事の際は国家に権力を集中する提案など大連立で、党利党略がまかり通る状況が作られようとしている。

 菅首相は浜岡原発の停止を言ったが、原発維持路線は変わっていない。「原発をなくす」には9条の会が運動を強化していかなければと思ってる。60年安保の時より9条の会も数も増えている。相手がチャンスと攻撃をしてきているとき、私たちも運動を強化しなければと思っている。

深刻な福島の放射能汚染

 以上が基本的なことで、これからは地元から見た原発事故について話す。災害復興とどう取り組んだらいいか悩んでいる。福島市の放射能汚染の蓄積は馬鹿にならない状況。立ち直っていく仕組みを考えていかなければと思っています。

 今のところの汚染対策は「場所を移す」ということだけです。ひまわり、その他を植えて汚染を除去するといっても、そのひまわりをどうやって処理するのか見当もつかない。「廃棄物を処理できるか、できていない」。

 再生工場を造って、プルトニュームを再生すると言うが、そこでも廃棄物はでる。運動場の5センチ土地を削っても、その土を受け取る企業も場所もない。覆いをかぶせておくだけです。「場所を移す」ということしかできないのだ。

 私は今反省を含めて、土壌、気象、水の専門家に集まってもらってどの様な方法が可能か、方法を探って飯舘村にいこうと思っている。飯舘村は爆風の時の風の流れで、放射能がながれ農業ができなくなっている。

 事故以降三カ月も経過する今日に至るまで、放射能のいかなる核種が何処にどれだけの量、伏在するかの正確で詳細な「汚染マップ」が作られていない現状である。今後原発本体で水蒸気爆発など不測の事態が起こらない場合でもこれまでに放射能で汚染された地域の正確な現状把握ができないまま、なすすべも無く地域崩壊の前に立ちすくんでいるのが正直な状況であるといえる。

コミュニティの破壊

 それはあたかも地域住民が、731部隊の「生体実験」の被験者にされた「まるた」に似た非人間的な運命におかれたように見える。見えない放射能による地域の崩壊が文字通りそこに住む人々を押し潰している。

 しかし、それでも地域ごとに対応には僅差がある。瞬時に全町が解体され町民全体が難民化している町(双葉町)、同じ状況に置かれながらも町民の生活機能を何とか持ちこたえようと努力している町(大熊町・富岡町)、上からかけられた屋内退避規制の不当さを糾弾しつつ住民生活の維持・確保のために奮闘している町(南相馬市)、たまたま風下に位置し、1カ月経過後から計画的避難区域に指定されつつも地域の産業と生活を守るために粘り強く努力を重ねている町(飯舘村)など、これまでの住民自治の営みが良くも悪くも困難に直面して如実に表面化する。放射能を恐れながらも、地域は「どっこい生きている」のです。
ここから出発しなければなりません。

 故郷を離れて、さて生活をどうするか、職はあるのかなど、地域の成り立っている条件を大事にしていくことを感じさせられています。南相馬の桜井市長が屋内避難地域と指定されても、1週間も2週間もそんな生活続けられるわけがないと怒った。避難地域ではどうして食べていくか、汚染で届けられないので取りに来て下さいと言う、どうして生活をしろというのかと怒っていた。それで指示が変わり、準備地域となったわけです。

鳴り続ける計測器

 そこで、飯舘村に行った時の事実を話します。

 放射能汚染は広がっています。草むらで計測器がガーガーとなる計画的地域とされ、5月末までに村から撤去という指示が出されていました。村長には夢がありました。合併を拒否し、ゆっくり生きていく「マデイで生きる」という村のスローガンを作りました。町を去っていった町長と違うんです。放射能をコンパスを置いて処理することとは違うんです。今後の補償に関係してくるんです。これが現実です。

 民間の企業が村役場の前に測定器を置いた。村長は村を捨てない、離れないとがんばっている。「避難してくれ」と言っても困難はあるが村を再生したいと心を燃やしている。汚染がわかっていて、村から出ない企業が20ぐらいあり、5〜60人は村に残っています。従業員は通って仕事を続けるのだと言います。子どもの学校は隣町に移して集団登校している。村役場は村から近い福島に移った。再興を図るんだと頑張っています。

現実を直視し出発する

 しかし、実際は行政ルートから流れてくる情報に依存せざるを得ない。そこに矛盾を感じます。揺れています。だから、役場前にある測定器を止めると言うぐらいです。村にはかなりの学者のグループが調査に入っています。「やるなら、自由に」と言ってつきあわない。ある意味では無理がないのです。ボランティアとはどうやってつきあっていけばいいのかノウハウはない。排除しているのが実態です。私はこの現実から出発しなければならない、地元と力を合わせて調査をしていく仕組みを作って行かねばならない、と考えています。村長はテレビにだけ向いて行く傾向を強めている。恐ろしい事態です。事実に即して率直になりながら、長期的展望を作っていく。今までの経験・蓄積だけでは乗り越えていけない状況を前にしています。放射能は目には見えない。人間が入ってはいけない環境で生活をしていく、そこに難しさがあります。

 最後に、9条の会の運動に戻ります。近隣の9条の会とのつながりをつけたい苦しみをわかってくれないという意見もありますが、つながりを作る中でわかり合える事態が生まれてきています。それを編み出していきたいと思っています。5月から出てきている避難勧奨に対し、一人一人の生活を守っていくことが大きな課題になってきていると思います。有り難うございました。




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鈴木彰の「菅鳩鳴動!大連立のねずみ一匹」




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基地はいらない沖縄と連帯する集会に230人

 「基地はいらないI沖縄と連I帯する集会」が6月30日、午後6時半からミューズ小ホールで開かれ、市内外から230人を超す参加者が、沖縄県知事選候補の伊波洋一さんの講演に聴き入った。伊波さんは「沖縄だけでなく国内からすべての米軍基地を撤去させるために頑張ろう」と語った。

 伊波洋一さんは講演に先立ち、当麻よし子所沢市長を表敬訪間し、米軍基地返還の取り組みについて意見交換をした。集会の詳細は次号に掲載します。




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「九条を生かす」

●「トモダチ作戦」が一人歩き

 日米両政府が6月22日に発表した2プラス2での協議内容は、平和を求める日本国民にとって許すことのできない重大な内容を持っています。

 内容は、沖縄の普天間基地の代替施設を名護市辺野古に滑走路2本のV字形で建設する、日米で共同開発中の次世代海上配備型迎撃ミサイル(SM3ブロック2A)の第三国への輸出容認の確認、宇宙やサイバー空間の安全保障に関する日米協議の推進、日米共同開発の弾道ミサイル迎撃ミサイルの輸出容認、鹿児島県西之表市にある馬毛島の米空母艦載機の離着陸訓練基地化などです。  さらに、災害協力を取りあげ、東日本大震災の際の米国軍の「トモダチ作戦」を「将来のあらゆる事態への対応のモデル」と指摘しています。

 ここにあるのは、民主党政権がどこまでもアメリカのご機嫌伺いをし、アメリカの力を借りて、がたついている政権の弱みを補強しようとしているとしか言えないものです。

 6年ぶりに刷新した共通戦略目標では「航行自由の原則」「海洋安全保障の維持」を掲げ、日米豪、日米韓に加え、東南アジア諸国連合(ASEAN)との協力強化を打ち出し、インドとの対話促進もうたったとされていますが、中国を意識した米国の外交路線に追随したものと言えます。

 この協議以前に、北澤防衛相は世界一危険と言われている米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの2012年後半の配備計画を沖縄に押しつけています。民主党政権が進めているこれら日米軍事同盟の強化の方向は、自衛隊の海外派兵を促進するものです。これらは、自民党が進めてきた路線をさらに強化するもので、世界の平和にとっても重大な問題を投げかけるものです。

 憲法9条を守り輝かせようと運動してきた9条の会は、震災の復興の中で進む改憲の動きと共に、重大視して取り組まなければならないものです。沖縄県民との連帯をいっそう強化することが求められています。

●なぜいま、再稼働を要請するのか

 民主党政権のもう一つの問題として、海江田経産相が18日、「各原発ではシビアアクシデント(過酷事故)対策が適切にとられている」と「原発安全宣言」をし、再稼働を地元自治体に要請する考えを示した問題があります。日本政府が国際原子力機関(IAEA)への報告書に盛り込んだ福島第−原発事故の28項目の「教訓」も、識者からは「取り繕ったもので、不十分な内容」との指摘がありますが、その不十分な「教訓」に照らしても原発への「対策」はごく一部分に手をつけたに過ぎません。

 事故発生から短期間に、地震対策の強化も全くとられていないにもかかわらず「安全性が確保」されたという宣言は、国民の安全安心の生活などはお構いなしに、大企業におもねた姿勢としか言えません。地元自治体からは「何を言うのか」「寝言は寝てから言え」と怒りの声が出されています。

 国民の意思をないがしろにする民主党政権の政治は、憲法を踏み外してはばからない態度から出てきていると言えます。改めて、平和憲法、主権在民の旗を高く掲げる時です。
(編集長 鴨川孝司)




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紹 介

◆2011平和のための埼玉の戦争展

 「えがおかがやく明日を!」緊急特別企画「原発問題を考える展示」
8月1日13時から、金子勝氏(立正大挙教授)「いこま憲法を活かす」の講演など、多彩なデイリープログラム
日 時:7月28日〜8月1日、10:30〜18:00まで<
会 場:浦和駅西口前コルソ7階ホール
入場料:無料
 平和のための埼玉の戦争展プレ企画
 今、激動のアラブ世界(その背景と展望)チュージアに始まった民衆蜂起の波は、またたく間に大国エジプト、リビアを呑み込み、さらに他の国に拡大している」アラブに何が起きているのか。講師に清水学さん(帝京大学教授)を招き、文化、宗教を含めて総合的な理解を深める。
日 時:7月23日(土)13時30分〜15時30分
会 場:浦和コミュニティーセンター第14集会場(浦和駅東口前パルコ10階)
参加費:500円
主 催:埼玉アジア・アフリカ・ラァンアメリカ連帯委員会

◆2011所沢平和のための戦争展

日 時:8月7日〜9日まで
会 場:市庁舎1階ギャラリー
    特別企画「広河隆一撮影、チェルノブイリの子どもたち」
入場料:無料

◆第2回九条美術展

 古楽器演奏 立川叔男氏、講演 窪島誠一郎氏「無言館」のこと。
日 時:7月30日(土)13:30分から
会 場:埼玉県立近代美術館(京浜東北線北浦和西口徒歩3分)
入場料:無料

◆第59回平和美術展

日 時:8月7日〜17日まで
会 場:横浜赤レンガ倉庫1号館2階
問合せ:事務局 所沢市上新井3−14−4 米材直三方 04−2923−9364




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