機関紙66号 (2011年6月7発行)new!



もくじ

震災・原発事故とテレビ
    岩崎貞明(放送レポート編集長)
「内部被曝は微量でも大きなダメージを与える」
   福島原発事故で「会」が学習会を開く
新連載「安保条約徹底検証」2
   今も続く米国への従属、現代史を振り返る
映画「太平洋」を見て
    朝倉道弘(花園在住)
会員に聞きました 2
鈴木彰の「偏食をやめれば活路あるものを!」
「九条を生かす」
   ●ウィキリークスの衝撃
   ●1兆878億円も日本が負担
    編集長 鴨川孝司
紹 介
   ◆「松井九条の会」第6回総会と記念講演会
   ◆高校生のための原発学習会
   ◆第56回埼玉母親大会
   ◆アローン・シアター川越公演
   ◆埼玉革新懇 講演と文化のつどい




震災・原発事故とテレビ

岩崎貞明(放送レポート編集長)

 東日本大震災発生から約3カ月。この間、テレビは連日、震災の被害や福島第一原発事故の情報を伝え続けた。被災地からの情報では、避難所にいる人々の生の声をそのまま放送に載せた「安否・伝言」情報を盛んに伝えるなど、これまでの災害報道の枠組みを超えた努力の跡がうかがえる。とくに震災発生当初、電力の供給も断たれる中、収入源のCMも飛ばして、不眠不休で報道し続けた被災地の各放送局の献身的な活動は特筆に値しよう。

 しかし、今回の災害のあまりの規模の大きさから、テレビの災害報道にも限界が見えた。今後に引き継がれるべき課題をいくつか挙げておきたい。

 一つは、災害が非常に広域にわたっているため、被害の全容を伝えきれないことだ。先にあげた安否・伝言情報も、すべての避難所から伝えられたわけではない。報道される避難所とされない避難所、という格差が、例えば救援物資の量に現れる。つまり、テレビで報道される所には大量の物資がすぐに寄せられるが、報道されない所にはほとんど救いの手が差し伸べられない、という問題だ。この問題はもちろん行政の責任で解決すべきだが、報道機関も考えどころだろう。

 そしてもう一つは、津波で家財を失った被災者には、テレビの報道が届かないというジレンマだ。今回は広域で長期間停電が続いたため、持ち出し可能なパソコンや携帯電話も電池切れで使い物にならなくなった。テレビ朝日が被災地で独自に行ったアンケートでは、「役に立ったメディア」の一位は新聞で、テレビが役立ったと回答した人は三割程度だった。

 原発事故をめぐっては、さらにさまざまな問題が露呈した。放射能のために近寄ることができず、現場の映像すら満足に取材できない。当局の説明は専門的知識がなければ理解できず、報道も難解なものとなって視聴者の不満が高まった。

 原子力利用のあり方そのものが問われている今、テレビの原発報道もまた根本的に問われている。



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「内部被曝は微量でも大きなダメージを与える」

福島原発事故で「会」が学習会を開く

 収束がまったく見えず、放射能の拡散に怯え暮らす私たちが、原発事故とどう向き合うかを問う、原発事故学習会を5月28日に開いた。『「原発」から豊かな未来社会は創れない』と、題して、小倉志郎さん(原子炉の機器、ポンプ、熱交換器のエンジニアリングに携わった元原発技師)をお招きし、「なぜ、事故が発生したのか」、「どうすればよいのか」など多岐にわたる講演を聞いた。

 小倉さんは、「原発大事故は人類が初めて経験すること、事実を直視して、そこからスタートさせよう」と語った。「微量の体内被曝も軽視してはならない」と指摘し、原発現場の労働者や福島の子どもたちの命と健康を守るために、「東電、政府が正確な情報を提示することが求められる」と苦言を呈した。

小倉さんの講演要旨

原発は日本の救世主と

 フローシートは、1973年、32歳の頃、流体力学という雑誌に投稿した記事の挿し絵に使ったもの。このころ私は一生懸命原発を信じて働いていた、そういう時代でした。昭和42年にこの業界に就職し、35年間原発関連の仕事をしてきて、2002年の3月に定年を迎えた。一貫して同じ意志を持っていたわけではなく、その間にいろいろなことがあり、20代に持っていた「原発は日本のエネルギー問題を解決する手段」だとする考え方はどんどん変わった。今は原発反対の立場でいるが、その変化を含めて今日は話す。

 子どものころから機械が好きだった。出来合いのおもちゃを買うのではなく、自分で組み立てることが好きだった。学校も機械工学に進んで、原発の仕事を始めた。原子力は日本の救世主と信じていた。

 最初の13年間は原発の建設に従事し、放射能がない現場だった。建築中は核燃料も持ち込めないし、核分裂反応も起こらないので、放射能で汚れてはいない。

 建設、設計の分野で13年間働きながら、本当の問題点に気がつかないまま過ごした。

 この航空写真は柏崎の原発でブルーは海。全部で7基の原発がある。私が勤務した技術部の建物は下の方にある。ここに3年間駐在することになった。

 現場の工事で発生した問題を技術者として解決する、現場駐在のエンジニアが初めて存在することになった。一号基の岩盤が見えている状態の一番下から建屋を建設した。工場やメーカーから送られてくる部品を組み立てるだけだから、考える必要はなかった。朝8時に仕事が始まると、5時に終わってプレハブの宿舎に帰る生活だった。本社にいた時は夜11時頃まで残業していたが、現場では夜の時間はフリーになった。徹底的に仕事以外の本を読もうと、別の分野の本を乱読をした。それが私の転機だった。

放射能がある職場に

 3年後には元の職場に戻ったが、技術部から建設部に配転となった。部長からは、定期検査をするよう指示された。運転を始めた原子炉の定期検査だから今度は放射能がある。原発は起動して約一年運転し止める。

 止まったら燃料の交換や機械の分解や点検、部品の交換をするが、原子炉と繋がっている機器の内面に放射能が付着していて、メンテナンスは当然、放射能がある環境で仕事をすることになる。それが私の仕事になった。私一人がするわけではないが、工事会社の作業員の放射能管理なども含めて5年ほど働いたが、放射能がある職場に行くと、被曝量を一日一日確認して、記録していく。

この産業はダメと実感

 汚染区域に入る時は、何回も靴をはきかえる。そういう職場でメンテナンスをすると細かい仕事がしにくい。しかも、放射能の線量が高いと5分位で出なくてはならない。次々と作業者が交代して仕事を続けるが、全体が見える人がいなくなってしまう。二重のゴムの手袋のうえに綿の手袋、その上に軍手と手は四重にする。下着も工場のものをはき、つなぎの上下のほか、ゴーグル、フードと全面マスクの間は隙間がないように密着させる。原発の中ではこれではまともな仕事はできない。こういう産業はダメだと実感した。

 私は被曝による人間の身体に及ぼす影響がよく分かつてなかった。5年ほど経ったら技術部に戻ってほしいと言われた。フローシートを見てほしい。放射能が高いのは、原子炉の格納容器。タービン側は基本的に火力発電所と一緒だ。丸い記号はポンプ、細長いのは熱交換機。緑色は原子炉格納容器を守るシステム。これは火力発電所にはない設備で、万一の安全のために付けている装置だ。それが、やたらと多く値段が高くなる。

 核反応を止めるとウラン235の核分裂は止まるが、分裂してできた小さな原子量、放射能の高い物質が猛烈に放射線を出す。放射線はエネルギーで最終的には熱に変わるが、その熱が膨大で核反応が止まっても、その熱を奪ってしまわないと核燃料が溶けてしまう。そういう火力発電所とはまったく違った性質を持っている。

 私は冷却のためのポンプ、熱交換器をメーカーに造らせて、納入する仕事を最初の13年間でしていた。

冷却機能喪失に呆然

 その原子炉を守るのに必要なシステムが全部死んでいると、事故の日、帰宅途中にテレビを見て知った。冷却機能が全部失われたと報じていた。私はこの先どうなるのかと呆然とした。

 多系統の防護施策があるから原発は大丈夫と言ってきたのに、それが全部ダメになるのは設計的に想定されていない。そこに設計の甘さがあった。単一故障原理と表現しているが、米国の設計思想がそのまま引き継がれている。同時に二つの系統が死ぬことを考えていない。これが基本的な誤りだ。

 事故の時は、原子炉を冷し続けなければならない。海水系統の場合は、熱を海に逃がさなければならない。海から海水を持ってきて、熱交換器を通して、再び海に戻す、したがって海水を汲み上げるタービンは発電機の近くに配置するが、それが弱点となり、今回のように津波で全部やられる。そんなことは火力発電ではあり得ないことだ。

調べることが困難な原発

 放射能があるとトラブルの時に徹底的に調べることはできない。そこにいくと致死量の放射能を浴びてしまうこともある。普通の産業なら「どういう壊れかたをしているか」と人間が調べて対策をたてるが、調べに行けないのが原発の事故だ。失敗を生かすことができないのが、原発である。現場調査ができず、フィードバックしにくい。

 失敗を重ね、それを勉強の糧にして改善を進めることができない。なぜ、失敗したのか調べることが困難だ。これは人類の歴史の中で初めて出会うことだ。失敗が許されない特徴を持っている。常識が通用しない。それが原子力だ。

 原発をまだ続けたいと言う人は、このことを受け入れない。推進派の「地震対策をたてれば」「津波対策をすれば」の方が通りやすく、流れやすい。事故が起きてから、いろんなマスメディアから取材を受けたが、「津波対策をどうすればいいのか」など技術的な質問が多く、本質をついてはいない。発電すればするほど放射性物質が増え貯まる。手に負えない危険な放射性物質を相手にするとき、絶対に事故を起こしてはならない。

微量は大丈夫?

 しかし、その絶対は人間がする限りあり得ないことだ。人類が初めて向かい合っている難しい状況だ。

 東電、政府は内部被曝の実体を隠して発表している。東電のPRパンフに内部被曝の恐ろしさは一行も書いてない。

 2008年の暮れから正月にかけて「死に至る虚構−国家による低線量放射線の隠蔽(アメリカのジェイ・M・グルード氏とベンジャミン・A・ゴルドマン氏の共著)」を読んだ。

 「死に至る虚構」は米国の核兵器工場の施設の風下側にガンの発病率が高くなっている証拠が統計的に確かめられたという論文だ。

 「放射線の衝撃」では、微量でも大きな影響があることを生理学的に分析した論文だ。正直に放射線の人体に及ぼす影響は分からないことだらけだと書いているが、低レベルでも無視はできない大きな影響があると指摘している。

 国際機関ではゼロから比例して影響がでると言っているが、日本は微量は大丈夫で影響は無いと言っている。しかし、直接遺伝子に影響を与える場合があり、さらにもう一つは放射線が通ると体液の中の酸素が活性酸素を造り、活性酸素が細胞を攻撃することになる。

 原発の運転中は微量の放射性物質を出している。汚染区域で作業したあとの下着や靴下を洗濯した廃液があるが、これも海水に混ぜて希釈して海に流している。微量でも無視できない。

 私は二冊の論文を読んで、原発はすぐに止めなくてはとの確信を持った。

本当のことを伝えない

 これからどうしたらよいのか、私にもよく分からない。質問されても安心させられる言葉がない。どうしようもない状態になって、どうしたらと聞かれても答えようがない。

 まだ、福島から放射能は漏れている。隔離されていない。政府はその場しのぎのメッセージを出して、心配させないようなことを言うが、本当のことを発表しない。最悪の事態を伝えない。事態を直視して、そこからスタートする必要がある。

 幻想を持ってはダメだ。政府もマスメディアも直視させない方向だ。それに騙されてはならない。



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新連載「安保条約徹底検証」2

今も続く米国への従属、現代史を振り返る

 日米安保体制は「日米同盟の深化」を進める中での日本の21世紀はどうなっていくのだろうか。いや、私たちはこれからの国のあり方をどの様にしていくかという国民的合意を作り出さなければならないという課題に直面しています。

 それをひもとく一つの鍵は、歴史の中に見いだすことが出来るでしょう。

 敗戦後から今日までを振り返ると、そこには安保体制が太く貫かれています。安保体制の歴史は、敗戦から1951年9月旧安保条約調印までと、それ以後の60年安保の調印とその後の50年の3つの段階があります。それぞれの段階にはどの様な事件や動きがあったのか、アメリカの意図はどのように動いていたのか、注目すべき点をたどってみます。

 1945年から、51年の旧安保条約を結ぶ前夜までの歴史は、第二次世界大戦の敗戦国日本が戦勝国アメリカの占領下から「独立」していく時期を合みます。5年の短い期間ですが、その後の日本の歴史に色濃く従属の跡を残した時期です。

 この時期、日本国憲法は46年11月3日に公布され、翌1947年(昭和22)5月3日に施行されました。同時期に、極東国際軍事裁判(東京裁判)も開かれ、連合国が東条英機元首相以下を戦争犯罪人として裁き、48年11月に判決、12月に執行されましたが、天皇への訴追はありませんでした。

 占領直後、GHQは「日本の民主化・非軍事化」を進めましたが、1947年の2・1セネストに対し、GHQが中止命令を出したのを機に、アメリカ政府の対日占領政策は転換されました。それは中国における解放運動の高まりへの警戒心からでした。

 1949年1月の総選挙では、日本共産党が35議席へと大躍進して世間を驚かせました。アメリカ占領軍による「経済安定九原則」(ドッジ・ライン)により、国鉄の十万人をはじめ、官民あわせて百万人という大量の人員整理が示されました。

 そうした中、国鉄総裁下山定則氏が第一次の人員整理を発表した7月4日の翌5日の朝、常磐線の線路上で轢死体として発見されました。7月15日には、中央線の三鷹駅で電車が暴走し、同駅利用客6人が死亡し、重軽傷者20人を出しました。続いて8月17日、国鉄の東北本線金谷川−松川両駅間(現在の福島市松川町)で、上り旅客列車が脱線転覆し、機関車乗務員3名が死亡しました。松川事件です。これらの真相はまだ明らかになっていません。こうした情勢の中で、レッドパージが強行されていったのです。

 1950年6月25日に朝鮮戦争勃発。7月、マッカーサー元帥は吉田首相に対し、「日本警察力の増強に関する書簡」を提示し、吉田首相は7万5千人の警察予備隊令と海上保安庁職員5千人の増員令を即日公布しましたが、国会にもかけませんでした。こうして憲法の示す「戦力はこれを保持しない」は踏みにじられ、自衛隊が誕生していきます。さらに、第3次吉田内閣は公職追放指定者の処分解除により、保守勢力の復活を進めました。

 そして51年の対日講和条約締結と同じ日に、米軍の占領を継続する日米旧安保条約も吉田首相一人の調印で締結されました。こうして米国の要求によって基地が提供される「全土基地方式」と沖縄の「無期限全面占領」、米軍の特権を保障する「日米行政協定」が結ばれるのです。

 その半年前の3月、日本共産党の川上貫一衆議院議員が「講和条約後もアメリカは基地も持ち続けようとしている」と演説したとき、「議院の品位を傷つけた」と除名処分にされています。

 旧安保条約締結前後の歴史は21世紀に生きる日本のあり方を求めるとき、自立した国とはアメリカヘの従属を断ち切らなければならないことを示す宝庫でもあります。
(鴨川孝司)




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映画「太平洋」を見て

朝倉道弘(花園在住)

 映画『太平洋』の原作であるスレッジ氏(米)の著書『ペリリュー・沖縄戦記』を読んだ竹田さんは、著者が恐怖と狂気へ変貌していく自身と闘い苦しんだ沖縄で、戦争体験者と話す機会を得て、戦争の持つ凶悪さ、卑劣さを実感する竹田さんは、一冊の本に偶然巡り会い、負の歴史の真実に迎えられたことを切々と訴え、「沖縄レポート」にまとめられた。

 このレポートに私はいたく胸を打たれ、映画をぜひ見たいと思った。

 映画『太平洋』は、これまでの戦争映画と違い、目を覆うばかりのリアリティの場面が数多くあった。しかし、注目したのは、生死の境にある人間の極限状態で、誰もが人としての尊厳を打ち砕かれ狂っていくシーンがあり、戦争は決して正当化されるべきものではないことを訴えていることである。

 米国では軍隊であっても個人の発言はできたようです。その米国でさえも、この著者のように戦争の内省的な作品が世に出るまで30年もかかった。著者の苦悩と、戦勝国米国の戦争肯定が強い社会での出版には、これほどの年月がかかったものと推察される。

 振り返って日本は、戦後60年以上経ても帰還兵による内省的な著作が数少ない状況にある。これは日本の深層に起因したものと考えられ、これから日本人の掘り下げた議論になっていくと思う。

 これまでの沖縄からの多くの惨状の訴えに対して、スレッジ氏が心底から発する「戦争でもっとも傷のつくのは他者の苦しみに共感する力であり、他者のために深く感じる者だ」を、竹田さんのように涙する程、私自身も感じられるようになれればと思う。




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会員に聞きました 2

会員に1.政府の危機対応について 2.原発事故への憤りと原発を今後どうする、の二つを聞きました。


 1. こんどの原発事故では、すでにマスコミも報道しているとおり、労働者が放射能汚染を知らされないまま作業に就いて負傷し、病院に運ばれている。法律上は線量計で事前に計測し、安全を確認のうえ作業に入ることが義務付けられている。しかし東京電力の作業現場では、法律無視の違法労働が、白昼堂々とまかり通っているのです。

 こうした現実に対して企業側は、自分たちは人身傷害罪一一まかり間違えば致死一一の犯罪行為を犯しているという自覚があるでしょうか?そうした明確な人権意識を持たない経営者に、企業内だけでなく社会的にも広範な影響をもたらす原発の経営をゆだねることなど、論外の問題だと思う。

 2. 原発はこれ以上増やさず、自然エネルギーにだんだん切り替えていくのがいいと思う。ともあれ、今回の事件を奇禍として、違法性をぼやかし、下請け・孫請け・曾孫といった非人間的な日本的ピンはね制度の抜本改革に、今こそ乗り出すべきだと考えます。

 政府の危機管理といっても、すでにドンパチ始まっている時に、あいつはダメ、これもダメのダメダメばかりでは、結局どうにもなりません。
(塚崎公美、上山口在住)


 1. 地震、津波はたしかに「予想を超えたもの」しかし、津波に関しては「貞観津波(西暦869年)」の規模を警告した人もいた。しかし、「原子力発電所」に関しては、意図的に作り出された「安全神話」について大きな問題がある。「原発」へと誘導した財界、政界の責任、官僚の天下りにメスを入れる必要がある。

 これらが経済効率第一主義で安全を無視した結果である。原子力安全委員会の元委員長・松浦洋次郎氏は「危惧に対して全部対応するには、費用がかかり過ぎる」、長時間電源喪失についても「考えなくていい。それだけの手立てはしてある」とヌケヌケとテレビで発言した。これに対して、コメンテイターの東京新聞・副主幹長谷川氏は「東電がいうのなら分かるが、原子力委員会の委員長の発言ではない」と苦言を呈した。電力会社の責任は膨大な広告予算(政府広報を含め)を使いながら、科学的良心に従って発言する科学者の排除や批判するジャーナリズムを封じ込めてきた。「安全神話」に荷担したマスコミの責任は重大だ。
(間島弘、本郷在住)


 1. 不十分極まりない。震源地真上の原発は「世界に例がない(保安委談話)」とはっきりしている。

 2. 1952年正力松太郎から中曽根へと原発推進が進み、「産・学・政・財・官・メディア」が一体となって進めてきたことへの反省がない。
(浅川光一、北秋津在住)


 1. どうしようもない。何もない。1ミリシーベルトで規制すべき。上限緩和はとんでもない。どうしたらいいのでしょうか。

 2. 原発は直ちに止めるべき。現在の状況を明確に出して欲しい。電力労働者、派遣社員の方々の状況、労働、命を守っていかなくては…。




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鈴木彰の「偏食をやめれば活路あるものを!」




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「九条を生かす」

●ウィキリークスの衝撃

 アフガニスタン戦争や米外交をめぐり、衝撃的事実を明らかにしてきた内部告発サイト「ウィキリークス」から提供を受けたと、朝日新聞が日本外交の裏面を報道しました。

 そこに書かれていることは驚くだけでなく恐ろしい状況に日本外交があるということです。鳩山首相が米軍普天間基地の移設先は「最低でも県外」と公約していたその陰で、代替案がうまくいかないなら現行案通り進めると米側にひそかに伝えていたというのです。鳩山首相が方針撤回を明言する半年前です。

 また、普天間基地県外移転を模索する鳩山政権の方針について「米側が早期に柔軟さを見せるべきではない」とも発言。別の外務省高官は「いまは政治的な過渡期。(普天間問題では)日米がより非公式な形で対話を進めるほうが、公式的な協議の枠組みを定めるより望ましい」と提言していたとあります。

 別の公電では、核密約調査を進める民主党政権に懸念を示す在日米国大使館の高官に「普天間問題より悩ましい問題。鳩山政権は、調査がもたらす影響を理解していない」と語っていたとあります。

 自公政権時代に、米海兵隊のグアム移転の関連費用について、日本側の負担割合を見かけ上減らすために、関連費用を水増しすることを日米間で認めていたことも暴露されました。

 相手国の当事者に、時の首相と反対のことを言う、裏で取引をする、これが外務省と防衛省の高官が行ってきていたこと。ところが、これらの公電、報告は公式文書ではないので問題にしないと、菅首相は発言し、その後、これらのことを公式に問題にすることはありません。膨大な秘密文書の中から沖縄に限って取りあげたという一部の批判もあるようですが、問題は官僚の上層部の中で、国民を裏切る行為がこのように積み重ねられていることであり、その責任が問われもしない事態は憲法に基づく国の運営というのがずたずたにされ、底なしに腐敗しているとしか言えない状況ではないでしょうか。

●1兆878億円も日本が負担

 米上院軍事委員会のレビン委員長(民主)とマケイン筆頭理事(共和)、ウェッブ委員(民主)は11日、合同で声明を出し、東アジア・太平洋地域の米軍再編計画を全面的に見直し、海兵隊普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の空軍嘉手納基地(同県嘉手納町など)への統合などを検討するよう国防総省に提言したと報じられました。

 普天間移設に対する地元の反対、グアムでのインフラ整備の遅れに加え、東日本大震災で日本が巨額の財政支出を強いられる事態を考慮しなければならないと指摘した、と。

 ところがG8に出席した菅首相はオバマ米大統領との会談で「昨年5月の日米合意に沿って、沖縄県名護市辺野古に移設を進める方針に変わりはない」と述べました。

 米議会の米政府監査員(GAO)から、米軍再編の費用に2兆3000億円もかかり、計画見直しの報告書が提出されたと報じられましたが、このうち1兆878億円が日本の負担分とされています。

 沖縄県民が反対し、東北大震災で多額の復旧・復興予算が必要とされている時、辺野古移転をあくまでも押しつけようとする菅政権はどこを向いて政治を進めるのか。政・官のアメリカヘの従属の根の深さ、憲法を無視してはばからない姿勢を正すには、沖縄の県民と連帯した国民的大闘争を全力あげて取り組まなければならないことを示しています。
(編集長 鴨川孝司)




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紹 介

◆「松井九条の会」第6回総会と記念講演会

3・11後の「政治と暮らしはどうなるか どう立ち向かうか」
講 師:一橋大学名誉教授渡辺治さん
日 時:6月22日(水)午後1時開場 1時30分開会
会 場:松井公民館2F学習室
会 費:入場無料
連絡先:「松井九条の会」04−2992−8776 松井

◆高校生のための原発学習会

講師は小鹿野高校教員の関根一昭さん。原発のしくみと放射能の危険性、高校生は今回の事故をどう考えたらいいのかを、授業形式でお話しします。
日 時:6月19日(日)14時から
会 場:平和の学び場・コラボ21(JR浦和訳歩7分)
参加費:無料
連絡先:048−825−7535

◆第56回埼玉母親大会

記念講演「21世紀を生きるよろこび、働くよろこびへ」福島県立医科大学医学部講師後藤重代さん、「国民の意思が反映する選挙制度とは」弁護士坂本修さん
日 時:6月19日(日)9時半開場、16時まで
会 場:国立女性教育会館ヌエック(武蔵嵐山町)

◆アローン・シアター川越公演

朗読劇「父と暮らせば」作:井上ひさし
詩人・金子みすずの朗読をライフワークとして各地で活躍している俳優・谷英美さんの地元・川越での公演。
日 時:6月18日(土)13時30分開場、14時開演
会 場:クラッセ川越6階ホール(JR川越線、東武東上線川越駅東口から.徒歩3分)
入場料:1500円
連絡先:r父と暮らせば」実行委員会049−244−4956

◆埼玉革新懇 講演と文化のつどい

一部は伊波洋一さんの講演。普天間基地の問題と日米安保条約と米軍基地について語ります。
二部は太田真季さんのミニコンサード。
日 時:6月29日(水)18時30分開場
参加費:1000円
連絡先:048−814−1911




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