機関紙61号 (2010年12月11日発行)new!



もくじ

沖縄県知事選 伊波さんが大健闘
「戦争と平和・まるごと沖縄」ツアーの報告
   揺るぐことない沖縄の民意
二人の子ども
    中原道夫(詩人・上新井在住)
沖縄ツアーに参加して 1
   「軍隊は人間を守らない」を痛感した沖縄の旅
      藤原絢子(山口在住)
沖縄ツアーに参加して 2
   カミソリの刃のような鉄条網に基地の現実を知る
    藤田良子(若松町在住)
鈴木彰の「おぞましや捻れがねじれに縋りつき」
日米同盟で強化される入間自衛隊基地
   風化させてはならない墜落事故
「ピースボート」で経験した「9条この指とまれ」
    山本 治(椿峰在住)
うたごえは心と心を結ぶ
   第3回中国東北うたごえの旅 1
   日本が侵略した傷跡も見学
    中山喜一郎(国分寺在住)
「九条を生かす」
  ●武器輸出三原則の見直し議論が大詰めに
紹 介
  ◆ナマステ・マンジュールin所沢
  ◆うたごえサークル「こだま」が楽しい望年お楽しみ会
  ◆「トコトコタウン2」




沖縄県知事選 伊波さんが大健闘

 沖縄県知事選が11月28日投開票されました。前宜野湾市長、伊波洋一氏(58)=沖縄社大党、共産党、社民党推薦=は大健闘したが、わずかに及ばず惜敗した。

 選挙戦は、県民の総意である「普天間基地の県内移設反対、閉鎖、撤去」を貫く伊彼氏と、選挙直前になって「県外移設」を言い出したものの「県内移設反対」とは絶対に言わない仲井真氏との一騎打ちとなり、大激戦となった。

 仲井真氏の当選で、沖縄振興などの条件で将来の軟化もありえると、菅政権は一縷の望みをつなぐとすれば、それは県民の堅い意志を見誤った認識だ。さざ波のように広がった「もう基地はいらない」との県民の声を無視することは、出来ることではない。

 同じ日に投開票された、宜野湾市長選では、伊波洋一前市長からの革新市政の継承・発展をめざした、安里猛氏が大激戦の末、自民・公明推薦候補を破り、初当選した。昨年の総選挙以降、名護市長選、参院選、名護市議選と、繰り返し示された沖縄の民意は後戻りすることはない。

 朝鮮半島で緊張が高まってはいるが、「だから沖縄の海兵隊が必要で県民は基地負担に耐えてもらうしかない」という論法はもう成り立たないことが明白となった。

新基地建設は不可能に

 選挙戦で態度を曖昧に自主投票にした「民主党」にも大きな問題が残った。辺野古に新基地建設を明言した民主党政権に残された道は困難だ。日米合意をもとに、基地移転を強行すれば、県民どころか、国民の民主党政権離れが必至の情勢である。



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「戦争と平和・まるごと沖縄」ツアーの報告

揺るぐことない沖縄の民意

 「会」は、基地めぐりの第3弾として、「戦争と平和・まるごと沖縄」と銘打ったツアーを11月1〜4日の日程で、沖縄の民主団体の協力を得て行った。沖縄独特の文化に触れ、地元の人たちとも交流を深め、「沖縄の苦悩」をしっかり受け止め、大きな成果を収めた。4日間の学習の足跡を時系列にまとめた。

初日 11月1日(月曜日)快晴

 羽田を出発してから3時間、那覇空港に着く。貸し切りバスに乗って、ひめゆりの塔・ひめゆり祈念館に着く。ガイドは沖縄平和ネットワークのベテランガイド、大島和典さん。平和記念公園について、沖縄戦で亡くなった沖縄県民、日本兵、米兵、韓国・朝鮮の人々の名前が刻まれた石碑(平和の礎)が並んでいる前に立つと、「ここには23万人の霊がまつられています。沖縄には慰霊塔がなくこれが慰霊塔になっているのです。金城和信さんの発案で作られたのです」と、戦争のむごたらしさと愚かしさを心を込めて説明されました。

2日目 11月2日(火曜日)快晴

 ガマと城と「カンパ」

 この日のガイドは横田眞利子さん。同じく沖縄平和ネットワークの一員です。小高い丘を掘ってたくさん作られた病院の一つである沖縄陸軍病院南風原壕群20号を見学。入る前に、入り口近くに建てられている憲法九条が刻まれた碑の前に立つ。鎮魂の気持ちを込め鐘を鳴らし、往時を偲んで壕に入ります。

 狭く暗い穴蔵、追い詰められた絶望の中での治療に充った、いたいけな少女たちの気持ちに思いをはせて、やっと明るい表に出ます。そして、今度はアブチラガマ(糸数壕)で火炎放射器まで浴びせられた戦争を追体験します。

 午後、世界遺産となっている「中城城址」の散策です。何世代にもわたって築城された曲線美に溢れた美しい城を見て回りました。沖縄本島の中枢部の建物と美しい海を見渡しながら、沖縄の人々が島にある石を刻み、木々と石垣が織りなして作られた城には沖縄の美意識の豊かさを感じさせられます。むごたらしい戦跡と美しい城が沖縄を奥行きのある地方と印象づけます。

 旅は目的の一つである沖縄県知事選への支援の取り組みのため、仲山弁護士の働く合同法律事務所を訪れます。会員の皆さんからの寄せ書きとカンパを届ける贈呈式を行いました。

 「必ず勝利を勝ち取るために頑張ります。その決意でこれを受け取ります」という決意表明がありました。後日、やんばる統一連の長山豊守財務部長より感謝の手紙と領収書が届きました。

 夕食までの短い時間、沖縄の闘いを学ぼうと自由法曹団員の仲山忠克弁護士から「沖縄と憲法」ということで話を聞きました。「沖縄は戦跡、基地をのぞいては語れない。それは何を語っているのか。私は憲法9条は広島の原爆体験を踏まえ戦争を消滅化したものと思っています」と熱い思いを語ってくれました。

 その後、琉球料理店「うりずん」で、仲山弁護士と事務員の吉川さん、ガイドの横田さんも参加しての交流会が行われました。植竹さんがひそかに連絡をしていた沖縄の人気俳優、藤木勇人さんが舞台稽古の合間をぬって駆けつけるといった思いがけない一幕もあり、皆びっくり。泡盛とそれに合う沖縄料理、新たに知った沖縄の歴史や闘いの重大さ、九条の持つ意義、話しはどんどん広がり、気持ちは高揚するのでした。

3日目 11月3日(水曜日)快晴

 基地ガイドとして沖縄市議の池原秀明さんが駆けつけてくれました。反戦地主の役員でもある池原さんは忙しい中、やんばる統一連の宣伝カーでやってきました。嘉手納基地を一望できる道の駅の屋上に立って、危険な日常、子どもたちへの影響、小さな島に持ち込まれた米軍基地、アメリカの横暴、それを許している日本政府の政治を噛んで含めるように語ってくれます。

 基地の中に作った池原牧場をのぞきにいきます。「古い木材で造った牧舎の屋根と囲い、小牛など200頭もいるこの牧場は、自分の土地であると金網を破り、法律を盾にとり住民を組織して広げてきたのです」と池原さんは沖縄の闘いはこうだという匂いをぷんぷんさせて熱っぽく語ります。

 やがて車は埋め立てに反対している泡瀬干潟に到着。沖縄が世界に誇るきれいな海の一つで貴重な生物が豊富なこの干潟を、工業用地として埋め立てるという計画に反対する裁判闘争の原告の一人でもある池原さんは、この美しい海を埋め立てる愚かさを語ります。

 さらに車は世界遺産「勝連城址」に。石灰石で・作られた城壁が残るだけの城に登って泡瀬干潟を眼下に見ると美しい海がひろがっています。

 車は大急ぎで、名護市辺野古地区の座り込みキャンプに激励に行きました。キャンプでの説明は4・8集会にもきてくれた具志堅徹名護市議。ここで車中で集めたカンパを渡して、辺野古に基地を作らせない思いを託します。

 ここから先は米軍用地であることを示す鉄の鎖を張り巡らせている砂浜で「ここでは海兵隊が突然海の中から現れて上陸訓練が行われる。この美しい海を絶対埋めさせない」と固い決意を語ってくれます。

 嬉しいことに、所沢から名護に移り住んだ原田あつこさんが、最近小手指から招いたお母さんと一緒に激励に訪れ、「会報も送られて読んでいます。ぜひ逢いたかった」と旧交も温めました。

 大きな鉄条網で囲われたキャンプシュワブ周辺を視察して、次から次への見学を終えてホテルに着いたときは、いささかぐったりでした。

 夜の交流会は圧巻でした。沖縄国際大学名誉教授の鎌田隆さんから知事選についての状況、その勝利することの意義などたくさんの資料を用意しての話しに耳を傾けました。

 そのうちに、名護市長選で立候補を表明し、統一候補擁立の為に辞退した比嘉靖さんが現れ、現地で活躍する比嘉弘さん、具志堅市議も参加しました。

 乾杯、ツアーの感想を含めた自己紹介で盛り上がっている最中、靖さんがやおら携帯で「所沢から激励にきた人と交流しているここにきませんか」と。来られないとの返事に電話を渡されると相手は名護市長の稲嶺さん「一緒にたたかう気持ちでいっぱいです」と伝えると、同席する皆からわあっと歓声が上がりました。

 「こうした激励が稲嶺さんにとって一番確信になるのです」と靖さん。終わるのが惜しい交流会でした。

最終日 11月4日(木曜日)快晴

 世界遺産「首里城址」見学と国際通り自由散策が最後の日程です。首里城は新しく建て直されました。壮大さはありますが、歴史を感じせる絵画も彫刻も少なく、期待していただけに少しものたりませんでした。

 4日間お世話になった東陽バスのドライバーさんに無事に旅を終えられたことに感謝し、一路帰京。たくさんのことを見聞きし、これからの日本を考えていく上で、大事な宿題を与えられた3泊4日の短い旅でした。(鴨川孝司)



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二人の子ども

中原道夫(詩人・上新井在住)

泣きじゃくる二人の子どもを
女子学生は振り切った

行かないでと女の子が
腰に縋った
---お母さんがいないの
連れていってと男の子が
脛を抱えた
---お爺ちゃんだってどこかに行って
しまったの

手榴弾で自らの命を絶ったもの
火炎放射器で姿形まで消えたもの

---女子学生諸君!
---君たちはお国のためによく頑張った
---けれど任務は本日で終了
---これで解散、こんごの健闘を祈る

砲弾飛び交う戦線で
わたしはどこへ行けばいいのだろう
判らないからわたしはどこへ行かなければならないのか
---お母さんがあなたたちをさがしているわ
---もし、ここにあなたたちがいなかったら悲しむわ
---ついてきてはだめ
---わたしだってどうしていいのか判らないのだから

それからアメリカ軍の占領 年月をかけた本土復帰
沖縄に名ばかりの平和が訪れたが
老いた女子学生はスコップを握りながら
子どもたちと別れたガマの周辺を堀り続けた
もしや、そこに幼い子どもの骨が埋もれていないかと
見当たらないことで
逆にかすかな安堵を覚えながら

老いた女子学生は今日も掘り続ける
忘れることのない悲しみ
終わることのない戦争を

あのいたいけな子どもの顔を思いだしながら

*ガマ=沖縄戦で日本軍が立て寵もった洞窟




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沖縄ツアーに参加して 1

「軍隊は人間を守らない」を痛感した沖縄の旅

藤原絢子(山口在住)

 机上に置かれた、ツアーのための冊子を目にした若い友人が言うのである。

 「思いやり予算反対とか言うけど、アメリカと仲良くしていたほうが得じゃない。自分たちでミサイル防衛とか核兵器開発とかするとなったら、そんなもんじゃ済まないよ。九条をまもる、と言うことに反対の人はいないと思う。でも、反対って言ってればなんとかなるもんじゃないでしょ。」

 頭が熱くなって、反論の言葉がかけめぐったが、この時はこらえたのである。友人は、言いにくいことを、やや緊張して、でも、心を許して私に伝えたのであるから。

 今度は、私が伝える番である。
 軍隊は人間を守ることはないということを、日本兵からも、いま現にある、米軍基地からも、沖縄に住む人々は、骨の髄まで学んでしまったのである。あまりにも高すぎる授業料であったが。

 沖縄から持ち帰った思いを、これから力に変えていきたい。




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沖縄ツアーに参加して 2

カミソリの刃のような鉄条網に基地の現実を知る

藤田良子(若松町在住)

 私は一昨年横須賀軍港めぐりに参加した時に、「沖縄の基地めぐりを計画したい」と世話人の人たちが話していた時から、沖縄への旅が計画されたら、必ず行きたいと思っていた。今回「マスコミ・文化 九条の会 所沢」主催の11月1日から4日間の沖縄への旅に参加でき本当に嬉しかった。

 総勢11名の旅は初日台風の影響で大雨の中を出発。しかし沖縄は南国の島、4日間とも晴れていい天気だった。

 4日間色々なところを見学した中で、糸数壕(アブチラガマ)の濠の中の戦争追体験はヘルメットを被り暗い中を懐中電灯で照らし、洞窟の中をガイドの話を聞きながらの体験は、当時の悲惨な状況が浮かび、戦争が再びあってはいけないと強く思った。

 世界遺産である「中城城跡」の散策では途中の階段が斜めになっている、これは城主に障害があり馬で上まで上るためだったとのこと。またこの城主は漁をする網をクモの巣を見て、考案したと聞き、障害をもっている人の知恵のすばらしさを改めて感じた。

 3日目の名護市辺野古地区のヘリ反対の海岸には鉄条網がずっと海まではってある。その鉄条網は釘でなくカミソリの刃のようで、少し引っかかったら切れそうで住民を脅している。

 名護の具志堅市議の話では軍人が基地にきて間もないときには普通の目をしている。それが1カ月、2ヵ月戦争のための訓練をする中で目つきが鋭く変わるとのこと。まさに訓練により人殺しに変わっていくのだ。その上見学者に銃剣を向けるようになる。また見学者に訓練の様子を見せないようにと高い壁を作るというようなことも出てきているとか。

 日本にこんな危険な基地はいらないと強く感じた。バスに戻りながら真夏を思わせるせみ達の声に心が癒された。

 沖縄知事選応援のための「伊波さんの勝利を!」の寄せ書きとカンパを渡し、思いを伝えたことが2、3日目の夜の交流会に現地の関係者が参加してくれることにつながり、有意義な交流が出来たこともても良かった。現地の方も選挙前の忙しい中、弁護士事務所の方、具志堅市議、国際大学の先生、比嘉さんなどが参加してくれた。

 また交流会の最中、名護の稲嶺市長からの電話にびっくり。団長の鴨川さんと直接電話で話している姿にこの会のスケールの大きさが分かった。

 この3日間、現地のガイドが就き、それぞれがとても熱心で丁寧に写真や資料を使用しての説明で、とてもわかりやすく、より有意義で楽しい旅になった。

 今回の旅は普通の観光旅行では経験出来ない体験が出来た事、本当に感謝しています。




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鈴木彰の「おぞましや捻れがねじれに縋りつき」




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日米同盟で強化される入間自衛隊基地

風化させてはならない墜落事故

 11月20日、「いま考える暮らしと平和 in 所沢」と銘打った集会が狭山・入間・所沢・日高の各平和委員会と飯能原水協による「基地周辺を考える集い実行委員会」の主催で開かれた。

 この集会は1999年11月22日に起きた自衛隊機墜落事故の教訓を風化させないために、実行委員会によって毎年開かれてきたもので、11回目を数える。

 「民主党政権のもとで、どうなる日米安保・日米同盟」と題して、埼玉県平和委員会の代表理事・平山武久さんが基調報告した。

 平山さんは「菅内閣が日米同盟を基調に進めている辺野古への基地建設推進、非核三原則・武器輸出三原則の形骸化、思いやり予算の推進などの防衛大綱づくりなど様々な形で進めている改憲策動と入間・所沢基地の役割の実態」などを多面的に取りあげた。

 前段は「今、日本の空は」と航空管制現場から、過密する日本の空の現状や横田空域の問題などの報告をはじめ、基地をめぐる各地の動きや平和と基地撤去に取り組む草の根のさまざまな運動が報告された。

 「マスコミ・文化九条の会所沢」からは鴨川代表が、所沢における9条の会の取り組み、澤地久枝さんと具志堅徹さんの話を中心にした「基地はいらない沖縄と連帯する4・8集会」の報告をした。

 参加者は80人ほどだが、10年余にわたって集会を続け、地道に基地撤去の運動を取り組んできた内容が話され、倦まず弛まず取り組んできている姿が伝わり、運動の前進について確信を与えてくれた集会であった。




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「ピースボート」で経験した「9条この指とまれ」

山本 治(椿峰在住)

 およそ1000名の乗客を乗せて「ピースボート」オセアニック号は8月に東京港を出航して世界−周を目指した。

 主催者団体の催しは世界遺産、南米情勢の講座や訪問先のインド人講師によるカースト制度の紹介など多種多彩といってよいほどでした。また主催者取組として「平和」に向けて広島・長崎の女性被爆者による訪問各港での訴えなどがあり、キューバでカストロ前議長との対談や二カラグアでオルテガ大統領の歓迎挨拶も受けた。

 乗船客の多くの自主企画の一つとして「9条この指とまれ」が開催され、9条ファンクラブがつくられ、フィリピン在住者や若い女性から60代の男性まで11名がその世話役となった。

 最初の憲法9条アンケート結果は9条の認識率として若年層は70%、年配層は90%でした。参加者が気軽に参加の「しゃべり場」や参加者の各地での9条の会の活動報告なども行った。

 大西洋のカナリア諸島にあるテルデ市ヒロシマ・ナガサキ広場にある9条の碑見学フリーツアーを自主企画し、9名の参加者で市バスを利用し訪れた。スペイン語でしたが、スペイン語に堪能な参加者の日本語訳を聞き、遠隔の地の憲法9条に感動しました。

 帰国間際の催しでは沖縄の三線、青年たちのショートミュージカル、2年前に幕張で開催の9条世界会議のビデオ放映を交え、参加者の意見が出された。

 最後に下船後は9条交流ネットの連絡を取り合うことを確認して、80日間の船旅を終えることとなった。




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うたごえは心と心を結ぶ

第3回中国東北うたごえの旅 1

日本が侵略した傷跡も見学

中山喜一郎(国分寺在住)

 社団法人日中科学技術文化センターが企画し、歌声喫茶「ともしび」が協賛した、中国東北部(満州)の4都市訪間のうたごえ交流の旅に参加した。

 日中友好を願っている私は、歌唱力ゼロだったが心臓強く一行25人に加わった。交流団には、歌唱指導者とアコーデオン奏者が同行し、各地で歌声交流をした。

 コースは、成田から一路、瀋陽へ。そして、鉄路、新幹線でハルビン、空路で折り返し大連へと、9月16日から23日の8日間の旅だった。

 瀋陽では、老幹部大学(年金者『男性60歳、女性55歳』が老後を楽しむ学校で、絵画、踊り、書、音楽、パソコン等多彩な趣味を学ぶ)で、うたごえ交流。

 ハルピンでは中国側が総勢200人が総出演、続いて大連でも交流。どの会場でも「熱烈歓迎日本うたごえ交流団」の横断幕を掲げていた。中国の仲間たちは歌・民族衣装を纏う多彩な踊りで歓迎してくれた。それに応えて私たちも「ふるさと」「隅田川」など熱唱した。そしてどの会場でも、フィナーレはニカ国語で、中国やロシア民謡、日本の「北国の春」など共通のメロディで楽しく合唱した。また、中国の仲間が「雪椿」「北国の春」の演歌を、歌詞を見ずに日本語で堂々と歌いこなし驚かされた。

 中国の女性の若さと歌と踊りの水準の高さにも、目を見張るものがあった。交流会は盛り上がり、それぞれ2時間があっという間だった。また、街の公園で中国の人たちのサークルに飛び入りし、日中うたごえ交流も何度か行った。

「満州事変記念館」を見学

 今回のうたごえの旅で心に残るものは、人類の共通語である音楽が、民族の違いを超えて心と心を結びつけるものであることを、強く実感てきたことである。

 私たちの旅は、日本が犯した侵略の傷跡も見学した。

 最初に見学したのは瀋陽の「9・18満州事変記念館」だった。門前には、「忽忘国恥」(忘れる事なかれ、国の恥を)が刻印された釣鐘が展示されていた。私たちの見学が、ちょうど記念日の9月18日と重なったため、参観者がごった返していた。

 満州事変は、1931年9月18日関東軍が柳条溝で満鉄の線路を爆破し、これを中国軍の仕業と偽って攻撃、中国軍は抵抗せず敗走したという。

 関東軍はそれを機に全満州を支配し、翌年、傀儡の満州国を作り上げた。記念館は、この謀略と戦わずして日本の侵略を許したことを国の恥とし、国を守る重要さを後世の人たちに伝えるという歴史館だった。貴重な資料が数多く展示されていた。

細菌研究犠牲者に花束を

 21日には、ハルピンの郊外にある731石井細菌部隊の人体実験所祉を見学した。この日本軍隊の残虐な悪行は、かつて森村誠一の実録小説『悪魔の飽食』」で暴露され、100万部を超えるベストセラーとなって全国に大きな反響を巻き起こした。

 731部隊は、スパイと称して捕らえた3千人もの捕虜をマルタ(丸太)と呼び、細菌兵器研究のため人体実験を5年も続ける信じられない残虐な行為をやった。私たちは、犠牲者の霊に花束を手向けた。(次号に続く)




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「九条を生かす」

●武器輸出三原則の見直し議論が大詰めに

 自民党政権下でも慎重だった武器輸出三原則の見直し議論が大詰めに、民主党は何を考えているのか。

 臨時国会が閉幕し、民主・自民の非難合戦となった国会の論議のあり方が問題となりました。「熟議の国会」を目指すとしていたのは「政治の劣化」と言われました。その陰で民主党政権になって初めて作られた防衛大綱は、国の今後に大きな影響を与えるにもかかわらず、既成事実化のように進められています。

 11月29日、民主党の外交・安全保障調査会(中川正春会長)は、政府が12月に改定する「防衛計画の大綱」(防衛大綱)への提言案を了承した。そこには、今まで触れてこなかった「武器輸出三原則の見直し」が盛られています。

 武器輸出三原則は、67年当時の佐藤栄作首相が(1)共産圏諸国(2)国連決議で禁じられている国(3)国際紛争当事国への武器輸出を認めない、と国会答弁したのが始まり。76年には三木武夫首相(当時)が三原則以外の国への輸出も「慎む」と表明。憲法第九条を持つ国として、諸外国への武器輸出や武器技術供与を禁じてきたものです。

 今回持ち込まれた背景には財政難で国内市場の伸び悩みが確実なことや、日本の次期主力戦闘機(FX)をめぐり、軍事産業を抱える財界が、世界で進む共同開発から取り残されるという理由から、永田町の防衛族議員、防衛官僚などが執拗に要求してきたという事があります。

 憲法九条で「戦争を放棄し、軍隊も持たない」と、戦後の日本は、軍事ではなく経済を発展させてきました。それが軍需産業を育成・強化し、海外にも兵器を輸出できるようするというのは、かつての世界戦争は不景気・恐慌の打開策を戦争に求めた結果でした。今、防衛省や財界・兵器産業の持ち出してきた軍需産業の強化によって経済危機克服の意見は戦争への道へ歩み出す危険な一歩として危惧します。

 民主党は今年の参院選マニフェストで、武器輸出については「防衛装備品の民間転用を推進する」と記載してました。今回の提言をめぐる党内論議では「マニフェストに書いていない」「平和外交を掲げた日本のソフトな印象を損ないかねない。リスクの方が大きい」といった異論があると言っていましたが、最後は調査会幹部らが「見直し」の方向で押し切ったと報道されています。

 国民の鋭い監視の目が必要です。11月24日には「日本製の武器が世界の子どもたちを殺すの? 新防衛大綱ってなに? 11・24市民と国会議員の院内集会」が開かれました。

 軍需産業のいいなりで予算をつぎ込み、経済をゆがめ、「戦争経済」をまき散らしてきたアメリカ追随ではなく、憲法九条の指し示す道を外さないよう、声高く主張しましよう。
(編集長 鴨川孝司)




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紹 介

◆ナマステ・マンジュール in 所沢

 海の底が世界の屋根となったネパールから、吟遊詩人でミュージシャンでもあるマンジュールさんが、所沢にやってくる。  ネパールは近年、王制から民主制に激変した新生国家。

 国内外をたくさんの人の心を自由を求めて歌いながら旅した詩人の歌は、何十万人の歌となり、社会活動家として拘留された経験は分厚い本となった。

 そのマンシュールさんが、文化庁後援の日本詩人クラブ創立60周年記念行事の一環として来日し、所沢講演が実現する。

日 時:12月16日(木)14:00〜16:30
会 場「:所沢市中央公民館ホール 所沢市元町27−5電話04−2926−9355

《マンジュール氏の講演と朗読・演奏》

 王制から民主制へ劇的な政変を経験したネパールの歩みは詩人にどんな詩的経験をもたらしたのか?

津軽三味線(山本竹勇)、参加者による朗読(組詩一構成・秋村宏 朗読・小森香子ほか)
主 催:「ナマステ・マンジュール in 所沢」実行委員会
共 催:(社)日本詩人クラブ
連絡先:所沢市こぶし町23−24 鴨川孝司 携帯電話090−4392−9071

◆うたごえサークル「こだま」が楽しい望年お楽しみ会

日 時:12月20日午後1:30から4:00まで
会 場:所沢地区労会館ホール
会 費:500円。

◆「トコトコタウン2」

第3回お仕事講座の参加者募集

子どもたちで作り運営する街、トコトコタウンが来年3月29〜30日、小手指公民館で開かれる。
会場内の「とことこ新聞社とラジオ局」で取材し、編集する、小・中学生を募集しています。
仕事は専門家が指導します。詳しくは所沢市役所、社会教育課2939−0347岩瀬まで。




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