機関紙55号 (2010年6月3日発行)new!



もくじ
船橋朝日新聞主筆に「なぜ辺野古を埋め立てるのか」お尋ねしたい
   あなたには沖縄の憤怒の声が聞こえないのか
    島田三喜雄(日本ジャーナリスト会議運営委員・元東京新聞社会部)
集会の成功と「市内九条の会」の課題
   ますます大事になる市民との対話
    浜林正夫(一橋大学名誉教授)
緩やかだが確実な核廃絶のうねりを実感
   NPTニューヨーク行動に参加して
    大場智子(会員・若松町在住)
国民投票法が5月18日に施行される
   法整備停滞のなか、なし崩しに強硬
    さっそく改憲派が策動強める
鈴木彰の「噴き上がるマグマが雲に見えるとは!」
いま、私は言いたい 1
   「戦争展」から平和を学ぶ
    金井 真(所沢平和のための戦争展事務局・こぶし町在住)
いま、私は言いたい 2
   縁があった沖縄と所沢
    鎌田富夫(向陽町在住)
九条を生かす
   ●振り出しに戻った最悪の選択
   ●「抑止力」とは武力の行使のこと
   ●復帰の陰で国民を欺く密約の横行
   ●「基地はいらない」の声をもっと大きく
    鴨川孝司(編集長)
紹介
  ●井上ひさしさんの志を受けついで九条の会講演会「日米安保の50年と憲法9条」
  ●NPT再検討会議 所沢代表団の報告会
  ●主任手当拠出金で贈る『松元ヒロの憲法君がやってきた』




船橋朝日新聞主筆に「なぜ辺野古を埋め立てるのか」お尋ねしたい

あなたには沖縄の憤怒の声が聞こえないのか

島田三喜雄(日本ジャーナリスト会議運営委員・元東京新聞社会部)

沖縄の普天間基地をめぐって、抑止力論争が盛んだ。抑止力とは何か。武力で相手を鎮圧することだろう。しかし、産軍複合体に振り回され、武力信仰を捨てない限り、最大の大量破壊兵器である核兵器を、なくすこともできないだろう。

 沖縄には今、怒りのエネルギーが煮えたぎっている。苦難に苦難を重ねてきた沖縄の、絶対に後戻りできないマグマが爆発寸前のエネルギーを秘めている。

 それにつけても、昨年11月5日の朝日新聞を手にした時の驚きを、私はいまだに忘れることができない。そこには、朝刊の1面と19面にわたって、船橋洋一主筆の次のような見解が述べられていたからだ。

 「普天間移転に関しては、県外移設案も、嘉手納統合案も、日本の国内、沖縄県内に強い反対がある以上、難しい。現実には、辺野古沖案と海兵隊のグアム移転案を基地統合再編の第一歩と位置づけたいと思う」。

 鳩山首相の「国外、県外」構想がつぶれてしまった現時点から考えると、船橋主筆の先見性こそ賞賛すべきなのだろうか。しかし、時間軸から考えると、船橋見解は「鳩山つぶし」としか私には考えられなかった。

「奴顔」からの脱皮

 ところで、「世界」2月号で寺島実郎・日本総研会長が「常識に還る意思と構想---日米同盟の再構築に向けて」と題して「現代における条約改正」に向き合うべき局面に近づきつつある、と論じている。そのキーワードは「奴顔」だ。

 「奴顔」とは「奴隷の顔」「虐げられることに慣れて強いものに媚びて生きようとする人間の表情のこと」で、20世紀初頭の植民地状況になれきった中国人の顔を嘆いた作家、魯迅の言葉だという。

 寺島氏は書く。
 「普天間問題を巡る2009年秋からの報道に関し、実感したのはメディアを含む日本のインテリの表情に根強く存在する「奴顔」であった。日米の軍事同盟を変更のできない与件として固定化し、それに変更を加える議論に極端な拒否反応を示す人たちの知的怠惰には驚くしかない」

 寺島氏の結びの言葉を紹介する。
 「我々は静かに『現代における条約改正』に向き合うべき局面に近づきつつある」

 船橋主筆は「同盟漂流」(岩波現代文庫、上下)「あとがき」で、「ブッシュの戦争」に触れた後、「黒々とした陰の部分がある。たとえば、沖縄の基地問題である」「沖縄、日本政府、米政府のベクトルも思惑もバラバラのまま、普天間移転計画はその後、漂流を続けた」

 さらに「良好な日米関係は、日本とアジアとの関係を必ずしも良好にはしない。良好な日米同盟は、アジア太平洋の安定力になりうるが、日本のアジアにおける信頼を勝ち取ることを必ずしも保証しない」として、次のように結ぶ。

どこへ「漂流」する朝日

 「日本の安全保障政策とその一環としての日米同盟政策をアジアの平和と安定のために役立てる道筋を描くことである。さもなければ、日本はさらに漂流し、孤立していくことになるだろう」

 引用が長くなったが、日米関係とアジアとの関係、それは日米軍事同盟としての安保条約の固定化、さらにはその強化を意味するのか。そうではないだろう。

 安保改定50年の現在、これを軍事同盟から、どのようにして平和友好条約に大転換していくかが、「核」廃絶と同時に、焦眉の課題として問われている。

 船橋主筆の結びの言葉は、それを示唆している、とも読める。
 そうであるとすれば、なぜ、住民が無数の「怒」を掲げ、血を吐く思いで絶対反対を表明している「辺野古沖」埋め立て案を押しつけようとするのか。理解に苦しむ。この主筆のもとで、朝日新聞は一体、どこへ「漂流」しようとしているのか。



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4・8集会の成功と「市内九条の会」の課題

ますます大事になる市民との対話

浜林正夫(一橋大学名誉教授)

 4月8日の「沖縄と連帯する集会・in 所沢」は750名の参加を得て大きな成功を収めることができました。しかし、鳩山首相は沖縄県民はじめ国民大多数の要求をふみにじり、アメリカ言いなりの辺野古への移設を決断しました。

 一方、5月18日には欠陥だらけの国民投票法が施行され、自民党の一部には憲法改悪案を改めて提起しようという動きも出てきました。そのほか比例定数削減や国会法改悪の動きもあり、9条の会の課題はますます大きくなってきています。

 私なりに現在の情勢のポイントと思われる点を考えてみますと、いちばん基礎にあるのは日米同盟だと思います。日米同盟は日米安保体制とどこが違うのか、そしてそのもとでの抑止力とは何なのか、これが9条とどうかかわるのか。

 これは大きな問題ですから、直ちに運動の課題にはならないと思いますが、その上にたって自衛隊の問題(とくに海外出動が常態化している状況や軍事費の問題)、核兵器廃絶の問題などが課題としで浮かび上がってくるように思います。

 9条の会は市民の自主的な組織ですから、外部から課題を与えられたり、運動の仕方を指図されるようなものではありません。あくまで、それぞれの会の会員が討議し、課題と運動方針を決めていくべきものです。そのためにはなるべく多くの会員が定期的に集まって情勢討議をし、その上で会員外への呼びかけ、とくに市民との対話を大切にしていきたいと思います。



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緩やかだが確実な核廃絶のうねりを実感

NPTニューヨーク行動に参加して

大場智子(会員・若松町在住)

 私のニューヨーク(以下NYとする)行動への参加は、新婦人狭山支部のSさんに「どうしても行きたい。一緒に参加しよう」のお誘いを受けたのがきっかけだった。最初に誘ってくれたSさんにまず感謝。そして、「マスコミ・文化九条の会所沢」が独自に署名の取り組みを開始し一斉に広げ、その総数1350筆(他計1658筆)、そのうえ沢山のカンパも寄せられ、貴重な体験、学習をさせていただきました。会員・読者の皆さんには心からお礼申し上げます。

 また、事前学習の一つとして同会員である坪井俊二さん(原水禁世界大会議長団)からNPTのお話しを伺う中で、このNY行動の最大の中心になっているアメリカフレンズ奉仕委員会のジョセフ・ガーソン氏の著書「広島の目をもって」を薦められ、目を通した。

 第1章の中に、ジョセフさんが初めて広島に訪れた際、何人もの被爆者の証言を聞いた体験の内容が紹介されている。その中に山岡美智子さんの被爆体験の紹介の後にこう記されていた。「山岡みち子さんの記憶が、アメリカでの政治的、道義的論議の中心に据えられたことはない。……私は『沈黙の穴』を人々の耳に届けたい。彼らの声が、抑圧された心の傷の静寂を尽き抜け、被爆者の証言する声が大きく響き渡るようにしたい」と。

 実は私も、98年の原水禁世界大会広島大会に地域代表として参加した際、そのときの証言者が山岡美智子さんだった。「被爆者に同情は要らない。原子爆弾は絶対ダメ!と言える人になって下さい。」と。この言葉は今も忘れられない。偶然としか言いようもないが同じ人の名前が出たということで、ジョセフさんにとても親近感を覚え、早くもNYへと逸る気持がつのる。

 さて、一人ひとりの熱い思いが詰まった署名1658筆を持って、5月1日、Lコースで成田を出発。12時間の時差を乗り越え、無事NYに到着。翌2日、9時半セントラル・パーク前集合で、班毎に署名行動を開始。私たちの班は5人、役割分担の相談もないまま行動開始。セントラル・パークはとても静かで、のんびりと読書をする人、絵を描く人、森林浴を楽しむ人などなど。署名をしてもらうタイミングをどう切り込むか?特別のパフォーマンスもなく、英会話もダメ、かなり工夫して作った自前の「英訳の前垂れ」を指差しながら「サイン、プリース!」と促し、準備したプレゼントの「爪楊枝人形」「折り鶴」など手渡す。ここでの反応は熱心に「英訳版アピール」を読んで答える人、「アイドゥント ノー」と通り過ぎる人とさまざまだったが、千代紙で作った爪楊枝人形は「オー、ベリーグッド」と大変喜ばれた。

「私が持ってきた署名が」と思うと興奮が---

 午後からのピース・パレードはタイムズスクエア前、1時半集合。私は新婦人こぶし班のタペストリーと県本部からの「ハッピ」スタイルでパレードに参加。国連本部までの約2キロ、最終的にパレードの参加者は1万数千人とのこと。5年前は4〜5万人が参加したのに、また平和への流れが大きく変わってきているのに「なぜ?」と半信半疑の気持ちで歩き始める。参加者すべての顔が「この行動が世界を動かしている」と誇らしげに輝いているのを見て次第に払拭された。そして、終点の国連本部近くのハマーショルド公園に山積みされた署名約700万筆を前に“私が持ってきた所沢の1600筆も入っている”と思った瞬間、言いようもない興奮を覚える。

 3日のリバーサイド協会での公開シンポジウム「核兵器禁止・廃絶のプロセスをいかに踏み出すか---政府代表と平和運動の対話」では1600名が参加。主催者側から一連の報告がされ、討論の前に日本共産党の志位委員長、笠井議員、井上哲士議員が紹介された。壇上より志位委員長が連帯の挨拶をすると会場いっぱいに立ち上がっての拍手喝采!そして最後に日本原水協事務局長・高草木氏のあいさつで、「今回のNY行動は日本原水協からの提起。日本の代表団はNY市中に果敢に活動を展開した。これに対してアメリカは受け入れ、ともに行動してくれたことに感謝しよう。NPTは一過性ではない。核兵器をなくすためのプロセスの過程である」と締めくくる。「被爆者の痛恨の思いを何処の国にも再現させるな」の思いで続けた草の根運動が確実に実を結んだと実感した。

三線聴いて体がムズムズ

 ニューヨークでの3日間はホテルでの食事は基本的に無いので調達に苦心した。それでも何とか夕食は近くに日本人の経営する「日本蕎麦」レストランで言葉に不自由することなく食しながら、今回のNYへの目的を話し、現地の新聞にそっけなくだが記事があったことを確認することも出来た。

 私たちのコースは6日、サンフランシスコヘと移動。初日は約4時間の時差を経て、午後2時ごろ現地に到着した。まずバスで市内観光を。その後コースの予定外であったが、サンフランシスコからはかなり郊外のオークランド市に住む日系人カラン西本さんのお宅のホームパーティに招かれた。

 地元に住む日系人グループ(ストリート・アーティスト)がよく持寄りでパーティを開いているとのこと。日本側は20名以上の団体で押しかけたが快く手作りの料理と豊富なアルコールも含めたドリンクで歓迎してくれた。ひとしきり飲んで食べた後、交流会が始まった。サンフランシスコの行程を担当してくれた全労連国際部の布施さんが同時通訳をしてくれると言うので、代表団の中から2〜3人の「ぜひ言いたい人」に混じって思わず私も手を挙げる。カラン西本さんのアトリエに入った瞬間、マスコミ・文化九条の会所沢の代表委員である彫刻家・藤原秀法先生のお宅を思い出し、思わず、「会」の宣伝をしたくなったのである。

 「現在、日本では“憲法九条は守る”の一点で組織された会が7500を越えている。中でも所沢のマスコミ・文化九条の会は370名以上の人が参加している。ここの人達もまた、芸術、文化の造詣も深く、平和を願う人たちの集まりで、私たちの思いと一緒である」と発言した。

 その後、現地側では和太鼓やウクレレなどを演奏、最後に日系3世のウェスリーさんの三線で沖縄民謡など4〜5曲。体がムズムズと動き出し、カチャーシー(私は少々踊れるので先頭に)を踊りだす。現地の人も合わせると総勢45名くらいの人が、2重3重の輪になって日本の盆踊りの様相になっていた。会って間もない、海外で、時間も忘れ、お互いの気持ちを共有できた瞬間だ!最後に「We shall overcome」と「がんばろう」を合唱して散会した。

 翌日は、アメリカ2大核施設の一つであるローレンスリバモア(核兵器)研究所見学、バスで約1時間位の山あいにあり、敷地1マイル四方のビジターセンター、日本の自衛隊の広報センターみたいな所である。

 ボランティアで案内役をしてくれた地元の弁護士さんの話では、この研究所はこれまでを累積すると広島原爆以上の放射線漏れの事故を起しており、がんの発症率、特に子どものがんの発症が高まっていると言う。現在は国の所有なので因果関係を調査し一定期間ごとに情報を公開しているが、ひそかに一部民営化が始まっており、中で働く労働者や危機を感じる地域住民は、情報公開がなくなる恐れがあると不安が広がりつつあると説明した。

 次に私立サンフランシスコ大学での「被爆体験を聞く集会」。アメリカフレンズ奉仕会・サンフランシスコ支部が主催したもので、1時間の中で、発言者はマーシャル諸島の上院議員アバッカさん、アメリカの水爆実験の影響が今、2世や3世まで及んでいる。広島や長崎の原爆の悲惨さと同じとパワーポイントで告発した。

 日本からは長崎の被爆者・佐久間洋子さんが証言。最後に長崎の被爆3世という山田君、同じ大学生の目線から今回ニューヨーク行動に参加した思いを訴えた。参加した学生は述べ130人。こんなに集まったのは久しぶりとのこと。あっという間に時間も過ぎ、この旅最後のメニュー、Lコース全体の交流会である。国内のいつもの世界大会を思い、まじめにノートと筆記用具を持参したら、ホテルから歩いて10分。ステキなレストランでワインや地ビール付きのディナー。今回活躍したマーシャル諸島のアバッカさん、ほか4人を交えて最高に盛り上がった楽しい時を過ごしてこのNY行動が終了した。

私自身の課題も見えた

 長いようで短かった「8日間のNPT参加の旅」はどれをとっても、貴重な体験が満載でした。3日の公開シンポジウムでのジョセフ・カーソン氏の言葉に「なぜ?」の答えがあった。「2005年のNPTはイラク戦争に乗じて組織された。120万、200万の人がイラク戦争反対に立ち上がった。今年はオバマ氏が出たが、ブッシュ政権を引き継いでいる。アメリカ国民はリーマンショック以来、個人の生活に苦心している。また9・11テロの結果も、国民の平和への行動(反核運動)を阻害している。しかし、ゆっくりだが確実に変わってきている」と語った。

 私は、この時点から、すべての核兵器がなくなる日を希求しながら、歩みを止めることなく、前へと進み続けよう!と心新たにする。そして、これを今後どのように活かしていくかが私自身の課題である。




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国民投票法が5月18日に施行される

法整備停滞のなか、なし崩しに強硬

さっそく改憲派が策動強める

 改憲のための国民投票の手続きを定める国民投票法が5月18日、「施行期日」を迎えた。07年に安倍内閣が強行した改憲手続き法(このうち国会法改定は07年8月施行)に基づくもので、改憲派に有利なように改憲のハードルを下げる内容となっている。

 国民投票法は、公布(07年5月18日)から3年経過した日を「施行期日」としているが、3年の間に、投票年齢や公務員の政治活動規制との関係などの法整備が付則で義務付けられているが、政府は、これらの法整備がなんら進んでいないのにかかわらず、「施行」を強行した。これに合わせ、改憲策動も強まっている。5月18日に国会内で「日本国憲法国民投票法施行記念集会」が、自民、公明、みんなの党、新党改革の代表らが、「『新しい国のかたち』をつくるための精力的な憲法論議を進め、早期に憲法改正を実現する」とのアピールを採択。新憲法制定議員同盟会長の中曽根康弘元首相は、「一里塚を踏んだが、国民の間に憲法改正の機運を醸成する努力が足りない」と檄を飛ばした。

 注目されたのは、民主党の西岡武夫参議院運営委員長が4月15日の同委員会理事会で改憲原案の審査権限を持つ憲法審査会の規程がまだ議決されないことについて、「非常に遺憾だ。責任を感じている」と規程決議を急げと煽った。

 西岡氏は国民投票の「施行期日」が迫ることから、規程の議決を急ぐよう指示したが、国民投票法の施行には、同法公布以降の3年間で、「18歳以上」とされた投票年齢や公務員法の政治活動禁止をめぐる「必要な法制上の措置」を講ずることが義務付けられているが、その議論は進まず、このままでは同法の施行はできないはずだが、それにもかかわらず鳩山内閣は、なし崩しで5月18日に同法を施行した。

 枝野幸男行政刷新担当相は、「法整備が進まないまま同法を施行できるのか」との質問に「純粋法理論のうえで施行できるかどうかという議論は意味はない」などと、なし崩し施行を容認する姿勢を示した。法整備が進まない状態では、「改憲発議・国民投票」ができないと解するべきで、西岡氏の発言と軌を一にする憲法審査会始動を急ぐ姿勢を明確にしたものだ。 (K)

自由法曹団が声明(要旨)

 1 改憲手続法は、「憲法を頂点とした戦後レジームからの脱却」を目指すとし、任期中の明文改憲を唱えた安倍晋三首相(当時)が、国民的な批判・反対の声を無視し強行採決により成立させたものである。明文改憲策動の中から生まれた改憲手続法は、「公正中立な手続法」ではなく、「9条改憲のための手続法」たる本質をもっている。

 強行採決からわずか2ヵ月後である2007年7月29日の参議院選挙における自民党惨敗は、このような「戦後レジームからの脱却」路線への断罪であった。国民の意思に反して強行採決され、2度にわたって国民から拒絶された改憲手続法が施行されることなど許されない。

 2 加えて、改憲手続法には、1.最低投票率の定めがない 2.公務員・教育者に対する運動規制が盛り込まれている 3.有料意見広告が野放しにされている 4.議席数に応じて構成される広報協議会による改憲案のPRが無制限に認められるなど、重大な問題点が含まれている。欠陥法である改憲手続法は廃止されなければならない。

 しかも、国会はこれらの附則及び附帯決議によって、法整備や再検討を自らに対し義務づけたにも関わらずこれを怠り、欠陥法を治癒する機会を自ら放棄した。この間、我が国の民主主義のあり方に関わる重要な問題についての国民的な議論も全く進んでいない。

 にもかかわらず、政府は突如、「日本国憲法の改正手続に関する法律施行令案」等を作成し、形式的な準備に動き出している。かかる動きは、改憲路線を断罪した国民の声に背を向けるものであると同時に、民主党白身が掲げ、国会も法整備ないし検討するとした欠陥法の治癒の放棄という国民に対する二重の背信行為である。

 3 改憲手続法は、直ちにこれを廃止することこそ、国会の責任である。

自由法曹団 団長 菊池 紘




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鈴木彰の「噴き上がるマグマが雲に見えるとは!」




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いま、私は言いたい 1

「戦争展」から平和を学ぶ

金井 真(所沢平和のための戦争展事務局・こぶし町在住)

 今年で23回目を迎える「所沢平和のための戦争展」が8月1日(日)〜4日(水)まで、所沢市役所1階市民ギャラリーにて開催されます。

 「核も戦争もない世界に」をメインテーマに、市内の多くの団体・個人からの賛同や協力をいただき、毎年「実行委員会」をつくり、企画から運営まで、まさに“手づくりの戦争展”は夏のイベントとして、広く、着実に定着してきました。

 「戦争展」は毎年『所沢市・市教育委員会・基地対策協議会』の後援を受け、「市役所内での展示会」という好条件の場所での開催で、市内の小・中・高校生をはじめ市内外の方々が参観に訪れています。

 この戦争展の目的は『1.戦争の悲惨さを伝え、二度と戦争の過ちをくり返さないために、2.国是の非核三原則を守り核兵器廃絶の願いを広げるために、3.基地全面返還を求め、平和な社会を築くくため』で、誰もが賛同できるものです。

 私はこの戦争展の発足当初から現在まで、事務局として一翼を担ってきました。戦後生まれの「団塊世代」で、戦争を体験した自分の両親から「戦争はいやだ、二度と戦争をくり返してはならない」と戦中・戦後の苦労話を聞いて育ちました。

 毎年この戦争展から「学ぶこと」があります。“生命の尊さ、平和の尊さ”を実感することができます。『平和=憲法九条』を大切に守り、発展させるために微力ながら努力しています。

 終わりに、ぜひ多くの皆さん!お誘いあわせて「所沢の戦争展」の参観においでください。お待ちしております。




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いま、私は言いたい 2

縁があった沖縄と所沢

鎌田富夫(向陽町在住)

 第二次大戦の日本で最大の地上戦となり、アメリカ軍に占領された沖縄は、軍人、軍属、県外移住の人たちは、戦後帰ることの出来ない祖国となりました。この内の一部の人達が、戦後開拓者として所沢に移住されました。

 4・8沖縄連帯集会の時に、所沢の沖縄出身者の方たちにぜひ参加して貰いたいと思いましたが、長年所沢に住んでいながら誰一人知り合いがないのも情けない限りです。琉球カラオケのお店の人に少し話しができたくらいです。

 終戦時に、開拓者として所沢に移住された農家のおばあさんの話しを伝え聞く機会がありました。開拓者の苦しい生活と労働に加えて、激しい差別に苦しめられて来た、その差別は今でも続いていると言われ、皆さんの前で話すなどとんでもない、と言われたそうです。

 移住希望は150所帯ありましたが、最終的には50所帯が開拓農民として移住されました。

 日本の安全のためと言いながら沖縄だけに犠牲が押しつけけられ、差別政策に基地容認派からも激しい反発が生まれています。

 所沢でも、ぜひ沖縄出身者との連帯集会を開きたいと思います。

 1976年沖縄・所沢市長の共同声明は、基地全面返還を目指す所沢ならではの記念すべき声明だと思います。朝鮮半島の情勢もあり、日本の安全をどうするか、全国民の前に突きつけられています。本当に憲法九条がその真価を問われていると思います。




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九条を生かす

●振り出しに戻った最悪の選択

 米軍普天間基地の移設問題で、日米両政府は移設先を沖縄県名護市の辺野古周辺にする。基地軽減策として普天間の海兵隊の訓練を県外に移すことを柱とする共同声明案を大筋合意しました。その共同声明案をもって23日、鳩山首相は沖縄に行き仲井間県知事、稲嶺名護市長に共同声明案を説明し、知事からは、「極めて遺憾、辺野古に基地移設は難しい」、名護市長からは「断固反対」と拒否を宣告されました。沖縄ではこの日、鳩山首相を迎え撃つの気持ちで、県議38名(48名中)が抗議の座り込みをし、県庁前でも名護市でも県民は怒りをもって対したのです。

●「抑止力」とは武力の行使のこと

 再度の沖縄行きに日米共同声明案を持って臨むのはアメリカの傘を持って県民を恫喝するもので、国民・県民の意志を大事にし政治を司る一国の首相としてとってはならない態度です。首相は辺野古周辺への移設を決めた理由として「昨今の朝鮮半島情勢から判るように東アジアの安全保障環境に不確実性がかなり残っている」「海兵隊を含む在日米軍全体の抑止力を現時点で低下させてはならない」と言っています。これは米軍の抑止力に日本の安全を託すという、武力には武力でという時代遅れの考えから抜けきれず、武力に頼らずに問題の解決を図るという憲法の精神に反した行為です。

 現在に至る沖縄の歴史の断面を見てみれば、アメリカは日本の敗戦によって沖縄を日本から分離しました。それは沖縄を軍事的拠点にするという戦後のアジア戦略でのことです。

 1952年、対日講和条約では沖縄を法的に切り離して日本を独立させ、沖縄は土地取り上げは自由、基地も自由に作れる、そして米軍が出す命令布告が法律となる直接支配としたのです。こうしたことを、新崎盛暉さん(沖縄大学名誉教授)は、アメリカは日本を目下の同盟者として育成したと位置づけています。そして、ベトナム戦争の行き詰まりの中で、沖縄の日本復帰がかなえられます。しかしその復帰には数多くの密約があってすすめられていたことが最近の「沖縄密約裁判」勝利判決で、明らかにするところまできました。

●復帰の陰で国民を欺く密約の横行

 当時の佐藤首相が自己の権力の維持のため密使を使ってまで、「核抜き、本土並み」と国民を欺いてすすめた祖国復帰の陰には、密約が使われました。悲しいことに、それは時の権力者によってです。しかも、アメリカはうまい汁を吸うために、それに同調していたのです。

 今回の日米共同声明案にはまだ隠された策があるかもしれないが、抑止力は勉強すればするほど大事なことだというピエロの役を鳩山首相が請け負いました。抑止力なるものが日本の平和に逆行したもので、脅しと分断、一部に犠牲を押しつけることでつくられる「安全」なる物が、世界の平和に役立たない物であるということを、沖縄県民がその歴史の中で痛いほど判っていることです。

●「基地はいらない」の声をもっと大きく

 いま世界はNPT会議に見るように、核保有国の自分の国だけは特別と核廃絶を拒んでいることは通らない世界になってきています。力による政策が通用しないことに気づかせるのは、世界で進む草の根の運動がたゆみない発展する姿を作り出すことにあると。

 同じ、日米両政府に日本国民の戦争はノー、基地はいらないの声をますます大きくすること、それが確かな道であることがいよいよはっきりしてきています。
(編集長 鴨川孝司)




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紹介

●井上ひさしさんの志を受けついで九条の会講演会「日米安保の50年と憲法9条」

日 時:6月19日(土)13時30分開会(開場12時30分)
場 所:日比谷公会堂(千代田区日比谷公園内、東京メトロ丸ノ内線霞ヶ関駅B2出口より徒歩5分、都営地下鉄三田線内幸町駅A7出口より徒歩2分
参加費:前売り1000円 当日1500円
講 演:大江健三郎(作家)、奥平康弘(憲法研究者)、澤地久枝(作家)、鶴見俊輔(哲学者)の各氏

 この6月に「九条の会」は発足から丸6年をむかえます。そして日米安保条約が改定されてからちょうど50周年。この大事な時期によびかけ人のひとりの井上ひさしさんを失いました。「九条の会」結成の原点に立ち返り、あらためて一緒に考える講演会です。

申込方法 郵便局備えつけの振替用紙通信欄に必ず「入場券○枚希望/名前/住所/電話番号」をお書きのうえ、下記の郵便振替口座に参加費(一人1000円)をお振込みください。振込手数料はご負担願います。
郵便振替口座:OO180-9-611526 加入者名 九条の会
問合せ 03-3221-5075 九条の会事務局


●NPT再検討会議 所沢代表団の報告会

日 時:6月7日(月)18:00開会
場 所:所沢地区労会館1階ホール(西新井交差点かど、ホンダプリモ裏)
参加費:無料(飲み物、NYお土産付き)
連絡先:04-2992-9927 所沢地区労


●主任手当拠出金で贈る『松元ヒロの憲法君がやってきた』

日 時:6月24日(木)18:30開場
場 所:ミューズ・マーキーホール
参加費:無料ですが入場整理券が必要です。申し込み方法は往復はがきの往面に〒359-0053 所沢市西新井23-13所沢地区労内所沢市主任手当拠出金管理運営委員会宛 裏面に申し込み人の住所、氏名、電話番号、希望枚数(はがき一枚につき3枚まで)を記入。復面にはご自分の住所、氏名(氏名の後に「様」をご記入下さい。裏は整理券を印刷するので、何も書かたいで下さい。




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