機関紙54号 (2010年5月1日発行)



もくじ
「沖縄と連帯する集会 in 所沢」に会場満杯の750人
   「大切なのは自覚した市民が手をつなぐこと」澤地久枝さん
   「日米安保も米軍基地もいらない」具志堅徹さん
井上ひさしさんの死を悼み、志を受け継ぎます
    「マスコミ・文化 九条の会 所沢」
新聞は生き残れるのか1
   新聞経営の悪化と新聞ジャーナリズムの将来
    北村 肇(『週刊金曜日』編集長)
新聞は生き残れるのか2
   衰退する活字メディア 「ジャーナリズムの復権」しか道はない
    丸山重威(関東学院大学教授)
鈴木彰の「読むだけで帳消しする気? 肝心帖」
いま、私は言いたい 1
   憲法記念日は私の結婚記念日
    田中英子(椿峰在住)
いま、私は言いたい 2
   小学生のある日の体験
    岡部和子(画家・並木在住)
九条を生かす
   ●核軍縮は進んではいるが、世界の期待とはほど遠い
   ●第五副竜丸の大石さんもNYに
    鴨川孝司(編集長)
中国に本を贈る運動へのお礼状
    中国社会科学院近代史研究所図書館
署名有難うございました。元気に出発します
    大場智子(若松町)
本の紹介
紹介
  ●第55回埼玉母親大会
  ●映画「夕凪の街 桜の国」上映会
  ●ちひろの生き方 平和への願いを絵筆にこめて
   松本善明「ちひろを語る」つどい




「沖縄と連帯する集会 in 所沢」に会場満杯の750人

「大切なのは自覚した市民が手をつなぐこと」澤地久枝さん

「日米安保も米軍基地もいらない」具志堅徹さん     

 沖縄の普天間基地移転をめぐって鳩山内閣の「県内たらいまわし」の方向が明らかになる中、4月8日、「基地はいらない!沖縄と連帯する集会 in 所沢」(同実行委員会主催)が開かれ、会場のミューズ・マーキーホールは、所沢市内だけでなく、入間、狭山をはじめ、東松山、練馬からの参加もあり、750人と会場は一杯となった。

 集会は沖縄の唄と踊りで始まり、まず具志堅徹さん(ヘリ基地反対協議会幹事)が、「基地をなくせ、は超党派の声となって広がっている。必ず米国まで届く」と熱く訴えた。

 九条の会呼びかけ人の一人である澤地久枝さんによる、集会メインの講演となり、「密約」を書くために2年住んだ沖縄の経験を織り交ぜながら、「沖縄は日本全体の問題であること、日本に米軍基地はいらないという新しい日米関係を作ることが必要だ」と呼びかけた。

 最後に、「普天間基地の撤去を求める闘いは、米軍の所沢通信基地全面返還の市民の願いと結びついています」と沖縄県民への激励と連帯の集会アピールを採択した。

 当麻よし子所沢市長からは、所沢米軍通信基地の全面返還への願いをこめたメッセージが寄せられた。

澤地さんの講演要旨

 こんばんは。寒い中ようお運び下さいました。沖縄が本土復帰になってから、満38年になります。45年3月、アメリカ軍が上陸してから、1972年までの間沖縄は占領下にあって、日本の平和憲法のらち外にありました。日本人であって日本人でない生き方を強いられたのです。

 私にとって沖縄は、父親が出稼ぎに行き病気になり亡くなった土地でした。かりそめの気持ちでは訪ねることは出来ない気持ちでいます。

町の大部分が基地の現実

 沖縄のことを調べた、米軍の秘密資料の資料を見て、私は滅多に泣かない女ですが、鳴咽しました。

 1971年のデータですが、その資料には米軍の沖縄占有面積が書かれて、基地が市や町の70%、60%と大部分を占めています。これで生きていくことができますか。島民は基地のない片隅に身を寄せ合って生きているのです。この数字を見たとき泣いたのです。

 いま、普天間の基地移設問題に絡んで、どこに持って行くか、鳩山内閣は腰が定まりません。国外に持って行くと言ったり、徳之島になったり、もう、沖縄の中だけでは解決はつかなく、日本全体でも解決はないのです。

 冷戦が終わって20年たちました。21世紀になって、さすがのアメリカも核兵器をなくすということを言っています。新しい日米関係がつくられて当たりまえと思っています。

 政権交代したときに、鳩山さんがなんというかと思っていましたら「新しい日米関係を大事にする」といいました。これから交渉する相手に、そんなに手の内を見せるとは。黙っていることでも新しい日米関係をつくることはできるのです。

日本に基地はいらない

 オバマ政権の下で新しい政治を求めるアメリカ国民にとってもいいものであると思います。両方の市民の立場で考えると、日本は9条の精神、武器なき国を目指せばいいのです。沖縄のアメリカの基地もいらない。日本に基地はいらないのです。

 9日、東京地裁民事部で沖縄密約問題の開示請求訴訟の判決があります。ニクソン大統領と佐藤栄作首相が4年がかりで、どのようにして沖縄を返還するか交渉したときに交わした約束がありました。

 日本は妥協に次ぐ妥協で、ベトナムで窮地に追い込まれているアメリカは日本から出来るだけの財政支出をさせる。その中で、沖縄は返還される。しかし、国民には知らせない。その裏付けの公文書が3通交わされました。

 佐藤首相は「核抜き本土並み、財政支出はしない」と公約しましたが、実際はどうでしょうか。核兵器は嘉手納基地から無くすことはなかったと思うし、冷戦時代ではあるし、米軍当局は秘密は貫かねばならいとし、日本側の要求は通すことのない本土復帰だったのです。それらの隠されていたものが明日明らかになります。

 勇気を持って新しい世界をつくっていく。アメリカとも対等な国として生きていく。オバマに対し、鳩山さんはそういってほしいのです。私たちは諦めないで、選挙の時でも勇気を持って訴えかけましょう。

 長い長い忍耐の時間を沖縄の人たちは過ごしてきました。戦後史の悲しみを沖縄の人と一体となって政治に反映させることが必要です。

小さな人間の抵抗

 小田実さんは「大きな人間と小さな人間とがある。大きな人間が政治とか、戦争をやる時、それを実行させられるのは、私を含めた小さな人間である。この小さな人間がいやだといえば、大きな人間は何も出来ない」。これは小田実さんの遺言です。

 ペシャワールのひどい干ばつとたたかって水路を切りひらいている中村哲先生の本を出させてもらいました。中村さんは伊藤さんが亡くなったあと、一人残り、頑張っているのです。

 先生をすごいと思うのは、日本国憲法が私をまもっているといい、9・11テロの時、衆議院、参議院に呼ばれて意見を聞かれ、「武器は有害無意味である」とはっきり言っていることです。

 そのときの議事録に、この発言のあと「笑い声」と書いてあるのです。笑ったという議員を選んだこちらの愚かさを怒りたいし、それはまた、密約問題でまんまとすり替えられたのと共通していることかもしれません。

 7年がかりで掘った水路が通ったとき、アフガンの人は静かに涙を浮かべていたといいます。これで三度のご飯を食べられる、そしてそれで一家は幸せだと。そのことのために仕事をしようと先生は言うのです。

 密約に関する今月の総合雑誌を見てご覧なさい。「密約があって当たりまえ、日本は戦争に負けたのだから、そうした交渉があって沖縄は返してもらったのだ。そうでなければ永久に返してもらえない」と書いています。居直りです。

 なんでこうして話しているかと言えば、軍事基地はいらない、沖縄だけの問題ではなく日本の軍事基地はいらないとみんなで声をひとつにしなければならないからです。過去は問わないで進みましょう。一緒にやりましょう。絶望はしないで未来の世代のために出来る限りのことをやる。

 私の出来ることの一つとして、中村先生と一緒に作った本『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』があります。中村先生の仕事を支援した資金16億円を出してきたのは日本人。これを支えてきたことに希望と誇りをもちたいと思います。諦めることではなく前に向いて一歩でも進みましょう。天から答えは降ってこないのです。

勉強があって闘いが進む

 毎日新聞社の記者だった西山大吉さんの『沖縄密約』という本、お薦めします。密約問題で一生を棒に振ったのですが、日本の戦後史、将来にわたっての取るべき道のためにと書いています。沖縄の我部先生の本と共に必読の本です。

 闘いは勉強しなくては進みません。知恵も一杯持って、日本のたたかいは素晴らしいと言われるように頑張りましょう。闘いはまだ始まったばかりです。



具志堅徹さんの沖縄からの報告

 この所沢には、戦後のひずみの中で、所沢にやってくるのを余儀なくされた沖縄の方がおられると聞いています。私たちはあの戦争を二度と起こしてはいけません。その思いで、今、沖縄には新しい基地はつくらせないと闘っています。

 この13年間、アメリカの基地のための杭を一本も打たせないで頑張ってきました。

 私は二つの任務を背負ってここに来ました。ひとつは、4月25日におこなわれる、基地撤去の10万人集会を成功させるためにです。基地の移設ではありません。閉鎖し撤去させるということです。無条件撤去というその成功のために力を貸していただきたい。

 また4月14日、日比谷で「普天間基地撤去の全国集会」が開かれます。その成功のためにも力を貸して下さい。

 13年前、全国の支援で、基地に反対する運動のために、平和丸という船を造りました。闘いは海になる、そう予測して船を造り、船長の資格も得ました。あの海に自衛隊が測量を援護するためにやってきました。

 軍隊が住民を弾圧しにきたのです。それは、全国でも例のないことです。こういうことでも闘ってきました。

 名護の市長選挙は名護だけでは勝利することは出来ませんでした。文字通り全国の憲法を守る闘い、命を守る大きなたたかいの中で勝利することが出来たのです。

 統一して闘おうということになり、稲嶺進さんに候補を絞り、そのことによって勝利しました。

 いま、全国津々満々で沖縄に連帯する集会が開かれています。この連帯集会を成功させれば必ず勝利します。

 民主党政権になり、沖縄の人たちは期待したのです。その民主党の鳩山さんは、朝令暮改です。

 国民がアメリカの基地はいらない、人殺しの基地はいらないと全国で一緒になって闘って、安保50年たってそれを問う闘いになっていくという思いを持っています。勝利をめざして頑張りましょう。



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井上ひさしさんの死を悼み、志を受け継ぎます

 ミューズマーキーホールで、井上ひさしさんの「日本国憲法が創り出した価値」と題する講演を聴いたのは07年の11月、軽妙な語り口を鮮やかに思い出します。その井上さんはもういません。

 肺ガンで療養中との報をニュースで知ってから半年あまりでこのたびの訃報を知り、驚きと共に悲しみが突き上げてきます。

 しかし、悲しみにくれているのではなく、今は、所沢の私たちに向かって語った「ハーグ不戦条約という国際法を生かし、無防備都市宣言をしていく運動を提唱したいのです」という、その精神をどの様に受け継いでいくかを探求して、井上さんが力説された「『憲法を守る』から『憲法を生かす』運動を前進させましょう」の具体化を進めたいと思います。

 井上ひさしさんのご冥福を祈ります。

「マスコミ・文化 九条の会 所沢」



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新聞は生き残れるのか1

新聞経営の悪化と新聞ジャーナリズムの将来

北村 肇(『週刊金曜日』編集長)

 若手記者と酒を飲むと、以前は「ジャーナリストとは……」が主たる話題になった。だが、最近は違う。「我が社の経営はどうなるんでしょう。新聞産業はこのまま衰退してしまうのでしょうか」といったテーマに収れんしてしまう。

 確かに、新聞のビジネスモデルは崩壊した。日本新聞協会によれば、2009年の新聞の総発行部数は約5035万部で前年を約113万部も下回った。

 特に、朝刊と夕刊のセット部数が約1472万部と、前年比で99万部近く減少している。1999年の発行部数は合計でざっと5375万部強であった。10年前に比べて340万部の落ち込み様だ。

 一世帯当たりの部数を見ると、99年は1・15部だったが08年に初めて1部を割る0・98部となった。09年は、これがさらに0・95部に落ち込んだ。

 広告の落ち込みも激しい。電通の調査によると、09年の広告費の総額は5兆9222億円で、前年に比べ11・5%減。これは過去最大のマイナス幅だという。

 とりわけ、09年の新聞業界の広告収入は6739億円で、前年に比べて18・6%の減少となっている。2割近くの収入が吹き飛んでしまったのである。

 さらに衝撃的なのは、インターネットに追い抜かれたことだ。07年に約6000億円、翌年には7000億円に迫るほど伸び率が大きかったインターネットの広告費も09年は1・2%の微増にすぎなかった。だが、新聞の落ち込みが激しすぎたため、とうとう逆転された形だ。

 では、新聞は終わりなのか。そんなことはない。インターネット時代こそ、新聞が輝くときなのである。

 いま、総合商社がメディア業界に熱い視線を注いでいる。21世紀は「情報」がカネのなる木になるとみているからだ。当面は、IT企業に触手を伸ばすだろう。

 だが、その次は新聞社にアプローチするはずだ。理由は簡単。いくら鉄道を敷いても、その上を走る列車がなければ意味がない。情報のデリバリーシステムを整えたところで、コンテンツがなければどうにもならない。これだけの歴史と人材とノウハウを持った新聞社はまさに「宝の山」なのだ。

 ただし、新聞が「新生」するためには、ジャーナリズム性の確立が必須である。あえて「再生」ではなく「新生」としたのは、戦後、日本の新聞がシャーナリスム性を発揮してきたとはいいかねるからだ。むろん、現状は情けないほどに堕落している。

 しかし、いまがチャンスだ。火事場の馬鹿力ではないが、自信をもって新聞ジャーナリズムを打ち立てれば、ネット時代の王者になれるのだ。私はそう確信している。




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新聞は生き残れるのか2

衰退する活字メディア 「ジャーナリズムの復権」しか道はない

丸山重威(関東学院大学教授)

 4月25日のテレビ朝日の番組で、孫正義ソフトバンク社長が「これからの産業が世界をリードしていくために、紙の教科書はやめて、電子教科書に切り替えていくべきだ」と強調していた。出演していた仙石由人国家戦略相は「私はメールも携帯もやるが、やっぱり紙を頼りにする」と話したが、世代の問題ではなく、少し考えてみる必要があると思った。

 「病院間で情報を共有できる電子カルテを」という主張はともかく、「本当にそれで、日本語を基礎とした日本の文化や伝統を引き継いていけるのか」と考えたからだ。

 「活字メディア」といわれてすぐ考えるのは、「紙のメディア」のことだ。「電子教科書も、活字と挿絵や図表による表現だから、紙か電気信号かという媒体が違うだけだ」と言えるかもしれないが、「紙を媒体にした文化の衰退」が問題であることは確かだろう。

 昨年の日本の総広告費は全体で前年度比11・5%も落ち込み、新聞では18・6%減、雑誌広告では何と25・6%減になった。新聞の部数は、5035万2千部で、前年比2・3%減、前年に引き続いて世帯数を割り込み、対世帯普及率は0・95%となった。総合雑誌も「論座」「現代」など次々休刊、書籍では電子辞書や百科事典に始まり、グーグルが主導した「電子化問題」が、グーテンベルク以来の世界を脅かしつつある。

 日本の新聞でいうと、各地の夕刊廃止があり、毎日の共同復帰と地方紙12紙との記事交換、鹿児島では、何と読売と朝日が記事や写真の交換がある。日経は1月から、朝日は5月から1部売りの値段を引き上げた。日経は全面的にネットでの記事提供を始めた。朝日も「情報産業」としての発展は考えているようで、朝日は機構改革で編集局を無くし、報道局と編成局とに組み替えた。原寿雄さん風に言えば「情報栄えてジャーナリズム減ぶ」の危険大。「生き残りのためなら、何でもあり」になってしまったのかもしれない。

 一方、読者はどうか。「マスコミ」などの授業を聞いている学生でも、新聞を取っていない、読んでいない学生がほとんどで、「ニュースはネットで見るからいい」などという。

 要するに、その場その場で問題を「処理」することには長けていても、社会や政治問題への関心は薄く、ものを深く考えることは少ないから、それで十分だ、ということだろう。

 そうなると、やはり活字メディアに必要なのは、単に現象を報じるのではなく、ことばの意味や深さを含めて、伝えられるメッセージの意義や重要性が改めて認識できるように、鋭く、ビビッドに、あるいは心に響くような情報発信をする以外、方法はないと思う。

 例えば、普天間基地問題で、マスメディアが書き続けたのは「どこへ行くか」「政治的な混迷が続いている」であり、「日本から米軍基地をなくすのにはどうすればいいか」や「なぜ基地が必要なのか」ではなかった。それで、「考えろ」というのは無理だろう。

 「考えさせる記事・情報」「人を動かす記事」でなければ、通用しない。それは「真理」なのではないか。言い換えれば、必要なのは「ジャーナリスムの復権」そのものである。




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鈴木彰の「読むだけで帳消しする気? 肝心帖」




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いま、私は言いたい 1

憲法記念日は私の結婚記念日

田中英子(椿峰在住)

 来月の5月3日は新しい憲法ができて、63年になります。私は53年前、小さな地方工場の東京営業所に勤めていました。労働組合などまったく関係のない勤め先だったので、メーデーに参加することはとても出来る雰囲気ではありませんでした。一度でいいから堂々と勤めを休んで、参加したいと思っていました。

 ちょうど其の頃、結婚の話があったので、「そうだ、5月3日に結婚式を挙げれば、其の準備ということで、お休みが取れる」と思いつき、今から53年前の憲法記念日に式を挙げました。

 しかし最近の世界の情勢、日本の情勢を見ると、いかに新しい憲法の第9条が重要かということをいまさらながら痛感するおもいです。

 最近年金者組合のコーラス「こだま」に参加して、「あの日の授業 新しい憲法の話」という歌を習い、言葉をしみじみよむ機会に恵まれました。

 「兵隊も軍隊も飛行機も、およそ戦争をするものは、いっさい持たないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます」

 そうだったんだ。本当に立派な憲法が出来た日だったんだ…。ただ単にメーデーに参加したくて結婚式を5月3日に決めた私は、なんと単純な人間だったんだろう…と、恥じ入るばかりです。

 残された人生も悔いのないように生きていきたいと思っています。




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いま、私は言いたい 2

小学生のある日の体験

岡部和子(画家・並木在住)

 私は喧嘩の大嫌いな子どもでした。

 現在でも、世界のどこかで戦争が起こっています。何時になったら戦争のない世界になるのかと嘆きと心の震えが止まらないこの頃です。

 私が幼い頃の体験を通して人間同士が、殺しあう事をしてはならないと強く感じた頃の話をしたいと思います。

 私は杉並の小学5年生の頃に、自宅にアサヒグラフが置いてありました。原爆の特集でした。カラー写真で背中に着物の模様が焼き付いているものや、顔がメチャメチャに焼き付いてどこに目や鼻が付いているのか、分からないような顔の写真。橋の欄干が閃光で影が焼き付いているもの、川の中の死体、死体の山。まともに見られない写真集でした。

 私は恐いのと、でも見なくちゃという複雑な気持ちで見てしまいました。しばらくトイレに行くと写真が浮かんできたりして本当に恐い思いをしました。その時になんとむごいことをしたんだろう。戦争は絶対にしてはならないと、強く思いました。

 ある日、学校の授業で日ごろ考えたことを、何でも話す時がありました。一人ずつ前に出て話しをしました。私の番になり教室がざわついていたので、しばらく黙って立っていました。

 私の体験を聞いて貰いたくて、教室がシィーンとなるまで待って、そして一生懸命話しました。みんな真剣に聞いてくれたことを、いまでも覚えています。

 杉並の魚屋のおばさんから原水爆禁止の運動が始まったと聞いています。早く核のない、そして平和な住み良い世界にしたいと願い、その思いを絵に描けたらと思います。




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九条を生かす

●核軍縮は進んではいるが、世界の期待とはほど遠い

 5月のNPT再検討会議の前、4月12日にワシントンで、核物質拡散や核テロの防止対策などを話し合う核安全保障サミットが開かれました。

 それに先だって、オバマ米大統領とロシアのメドベージェフ大統領は8日、チェコの首都プラハで両国の戦略核をそれぞれ1550発以下に削減する新たな核軍縮条約に署名しました。

 その骨子は、
1 配備する戦略核弾頭を、2002年署名のモスクワ条約の上限(2200発)と比べて約3分の1少ない1550発に削減 
2 未配備も含め、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、核装備できる重爆撃機からなる運搬手段を計800に削減
3 配備中の運搬手段も700に削減
4 新条約は、条約のあらゆる側面を監視できる検証メカニズムを備える
5 条約の有効期間は10年、削減は両国の批准から7年以内に達成する
というものです。

 米国は「この20年ほどで最も包括的な核軍縮条約」(オバマ大統領)への調印を、新たな目標としての核テロ防止や国際的な核不拡散体制の再強化につなげたいとし、両国は新たな核軍縮や核不拡散体制の強化で世界を先導する姿勢を鮮明に打ち出したといわれています。

 しかし、合意を優先したあまり、実質的な削減効果は少なく、米国のミサイル防衛(MD)システムをめぐる対立は解消されず、ロシアはMDの脅威が高まった場合、一方的に条約から撤退する権利を持つとする特別声明を出したとの報道があります。

 4月27日、核安保サミットが開かれました。サミットには47カ国の首脳・閣僚と、国連の藩基文(バンキムン)事務総長、国際原子力機関(IAEA)の天野之弥(ゆきや)事務局長、欧州連合(EU)代表が参加。核テロの脅威を各国が共有し、高濃縮ウランやプルトニウムなど核物質の管理について国家の責任を明確にするなど、世界レベルでの核管理体制強化を話し合いました。

 こうした流れの中で、赤十字国際委員会(ICRC)のケレンバーガー委員長は4月20日、ジュネーブの本部内で共同通信と会見し、核兵器の使用が「国際人道法に適合する状況を想像するのは難しい」と述べ、どんな状況でも核を使用すれば、戦時の国際法である国際人道法違反となり、戦争犯罪を構成する疑いが濃厚だとの見解を示したと報道されました。ICRCが核兵器と人道法の関係についてまとまった見解を示すのは異例のことだと伝えています。

●第五副竜丸の大石さんもNYに

 朝日新聞は4月18日の「核なき世界」へというコラムに、東京でクリーニング店を営みながら被曝証言を続けている第五福竜丸の甲板員大石又七さんの意見を載せました。「何とも、じれったい。オバマ米大統領が『核なき世界』をめざすと世界に宣言したこの1年間の率直な思いだ。自国は最後まで核兵器を持ち続けるという姿勢を崩していない。ロシアとの核軍縮条約も、世界の核の9割を持つ両国が経済的に現状維持できなくなった利害の一致を、格好のよい表現で包んだだけに見える。地球を何度も死滅させるだけの核が残るのに、オバマ氏を手放しでもてはやすのはいかにも軽薄だ」と。

 その大石さんはニューヨークで行われる反核デモ行進では、「長年苦労を共にしてきたおかあちゃん(妻)と第五福竜丸の大漁旗(複製)を褐げるつもりだ」という。

 ニューヨークの100万人行動には、「マスコミ・文化九条の会所沢」の会員2名も日本代表団の一員として参加します。こうした草の根の運動が核なき世界への確かな歩みを土台から支えていることを確信して、さらなる前進のための奮闘を誓いましょう。




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中国に本を贈る運動へのお礼状

 皆様から贈呈していただきました図書は39箱2200冊余(第一回目分として)が到着いたしましたので非常に感謝しております。

 この図書は我図書館の蔵書を豊かにし研究者の仕事に大変貢献してくれるでしょう。

 中国社会科学院近代史研究所図書館は皆様の贈書に心から感謝申し上げます。

 2010年1月7日 中国社会科学院近代史研究所図書館




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署名有難うございました。元気に出発します

大場智子(若松町)

 NPTニューヨーク行動に5月1日出発します。3,4月の2ヵ月という短期間で約1600筆の署名が届きました。

 会員のみなさん、またその周りへも幅広い形で広げていただき、私自身も本当に驚いています。そして、温かい励まし、激励の言葉をいただきました。やはり、多くの人が平和への思いをしっかり抱いているんだとあらためて感動しています。

 また、世界の人と集う100万人行動、ニューヨークの市中での行動の中で、「世界」を体感してきたいと思っています。




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本の紹介

●『どうする情報源 報道改革の分水嶺』

 藤田博司さん(会員・元共同通信ワシントン支局長、上智大学教授、北岩岡在住)が、このほど『どうする情報源・報道改革の分水嶺(1900円十税)』をリベルタ出版から上梓しました。

 情報源を明示することは、記者と情報源との距離を意識させ、緊張関係を生むが、それが公正な報道の担保となる。これが失われると、両者の間に慣れ合いの空気が生まれ松本サリン事件のような大きな誤報も、日常的に起きている小さな誤報もその多くは情報源の明示を怠り情報源との間の緊張を欠いた取材環境から生まれると、指摘している。

 森首相が記者団の追及をうまく切り抜けるための方法をNHK記者が指南したいわゆる「指南書事件」では、これを見つけた西日本新聞がコラムで批判、朝日新聞など一部のメディアが簡単に報じたが、多くの新聞や放送は問題視しなかった。さらに、読売新聞の渡邊恒雄会長が自民・民主大連立を舞台裏で仕組んだことも劣化の証左。

 ジャーナリストは政治のプレイヤーになることは認められないと鋭く迫ります。記者と権力が一体化した事件を材料に現代ジャーナリズムの病巣を深くえぐっています。新聞・放送等に関心のある人に必読の一冊です。


●『歩いて見た太平洋戦争の島々』、『消滅する戦跡〜太平洋戦争激戦の島々』

 「日本の戦跡を見る(岩波ジュニア新書)」などの著書で知られる、戦跡カメラマン安島太佳由さんが、4月に「歩いて見た太平洋戦争の島々」(岩波ジュニア新書、940円税別)と写真集「消滅する戦跡〜太平洋戦争激戦の島々」(窓杜刊、3500円税別)の2冊を刊行しました。太平洋戦争を風化させないために読んでほしい本です。




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紹介

●第55回埼玉母親大会

日 時:5月15日(土)10時50分〜16時
場 所:市民文化センターミューズ・アークホール
会員券:1000円
 午前は合唱団ききゅう、エンドレスフルートアンサンブルが参加。午後は「平和・憲法・いのちを育む」と題して、安斎育郎さん(国際平和ミュージアム名誉館長、立命館大名誉教授)が記念講演。
問合せ:第55回埼玉母親大会実行委員会 048-822-1817


●映画「夕凪の街 桜の国」上映会

 (「核兵器のない世界を」 命の尊さを語りかける名作を上映)
日 時:5月23日(日)14:00〜16:00
場 所:市民文化センターミューズ小ホール
参加費:1000円
問合せ:04-2992-9927(地区労)


●ちひろの生き方 平和への願いを絵筆にこめて
松本善明「ちひろを語る」つどい

日 時:5月30日(日)13:00から
場 所:市民文化センターミューズ小ホール
参加費:500円
問合せ:04-2998-5121 所沢革新懇




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