機関紙53号 (2010年3月27日発行)new!



もくじ
日本の進路を決定する「普天間基地」問題
   大手新聞は辺野古移設をこぞって叫び出す
    桂 敬一(元東大教授)
5月にNPT再検討会議、新旧参加者が対談
   核廃絶を提起した大統領の方向性の発展を 坪井
   米軍基地がある、所沢市民の思いを届ける 大場
無原則が原則の民主党政権 「高校無償化」に思う
    竹腰将弘(ジャーナリスト 山口在住)
「9条の会 やまぐち」が始動
   高橋玄洋さんが被爆体験を激白
鈴木彰の「暴言を斟酌すれば『県内で』?」
いま、私は言いたい
   いま国民主権の自覚こそ
    春原利夫(山口在住)
憲法を生かす
   ●密約なければ歴史はかわった
   ●非核三原則の見直しを迫る改憲派メディア
紹介
  ●「9条守れ!」の心につながる、うたごえ喫茶「LOVE & PEACE」次回は4月5日
  ●第12回ピースウォーク




日本の進路を決定する「普天間基地」問題
大手新聞は辺野古移設をこぞって叫び出す

桂 敬一(元東大教授)

解釈改憲の幅の拡大 その象徴が普天間基地

 7月の参院選が、9条護憲の運動に携わる市民にとって、重大な政治決戦の意味を持つものとなりつつある。

 改憲派の政府・政治家、それにメディアも、昨年8月総選挙で国民が、事実上の自民単独政権とそれが維持してきた「55年体制」にノーを突き付け、民主党政権を選んだことで、手痛い打撃を被った。

 彼らは、安倍政権が強引な国会運営で憲法改正国民投票法を制定した余勢を駆って、同法による憲法審査会を国会に設置、議員定数の削減や、あわよくば参院廃止、一院制への移行まで実現、思いどおりに改憲を押し進めようと考えていたが、その野望がくじかれる結果となったからだ。

 新政権に加わる社民党のほか、民主党の内部にも、憲法審査会設置に反対するかなり強い勢力が存在する。民主党内の改憲派が自民党と気脈を通じ、改憲路線を強引に打ち出したら、民主党政権を産んだ国民が怒り、同党を見限るおそれがあるため、改憲派としても露骨な改憲路線を突っ走るわけにはいかなくなっている、というのが目下の事情だろう。

 だが、旗幟鮮明の改憲路線が標榜できないのなら、代わって現実の個別的な政治課題で解釈改憲の幅をうんと拡大し、そうやってできあがった新しい現実を受容するには、もう改憲しかない、というやり方で9条を変えようとする動きが、ここへきて急速に強まっていることに注意する必要がある。その焦点に位置する課題が「普天間問題」だ。

 「普天間問題」は、危険な米軍基地に悩む沖縄が気の毒だ---どこかへ移設してやらなければいけない、というような話ではない。在京新聞のほとんどすべて、改憲派も護憲派もひっくるめた全紙が、政権を取った民主党に向かって、自民党がアメリカに約束したとおりに普天間基地を名護市の辺野古に移設せよ、と叫びだしたことを思い出していただきたい。

 そうしないとアメリカが怒る。日米同盟が大事だから、アメリカの望むとおりにしろ、というのだ。その声はまだつづいている。

60年安保のように声を 普天間は参院選の争点

 しかし、そんなことをしたら、日本本土の防衛だけが在日米軍の役割だった安保体制は大きく変質、新しい日米同盟はその内部に、アメリカの全世界を相手とする軍事出動に全面的に協力する日本のあり方を、決定的に組み込むものとなる。それは、9条違反の集団的自衛権の具現化にほかならない。

 普天間基地は撤去だ。どこへ持っていくかはアメリカ自身が考えることだ。参院選の争点は、「政治とカネ」、民主党か自民党か、それとも政界再編か、などではない。

 われわれは、普天間基地撤去をアメリカに求め、9条護憲を守って闘う政治勢力を、参院選で勝利させるのだ。「普天間問題」で、60年安保のときのように闘おう、と声をあげるのだ。



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5月にNPT再検討会議、新旧参加者が対談

核廃絶を提起した大統領の方向性の発展を 坪井



米軍基地がある、所沢市民の思いを届ける  大場

 坪井俊二さん(緑町在住)、と大場智子さん(若松町在住)、お二人とも「マスコミ・文化九条の会所沢」の会員ですが、大場さんは今回、日本の代表としてニューヨーク行くことになり、坪井さん(原水禁世界大会議長団)は、かつてニューヨーク行動に参加したことがあります。二人に100万人行動や今回のNPTと核廃絶をめぐっての思いを語ってもらいました。

大場
 坪井さんとこうしてお話しするのは初めてですが、今度埼玉県の代表の一員として、ニューヨークに行くことになりました。私は最初はニューヨークに行くとは全然思ってもいなかったのですが、友達から一緒に参加しないかと誘われたのがきっかけです。

 私自身は98年の原水禁世界大会に参加したことがあり、そのとき、初めて原爆の恐ろしさを見聞きしてきたのです。そして、当時の広島の秋葉市長の話を聞きました。「05年のNPTを皮切りにして、10年後には核の廃絶を出来るような世界にしたい」という話、初めて聴く話でしたし、なくすことが出来るんだとの強い決意に感動して帰ってきました。

 04年と05年と続けて、広島と長崎に行ったんです。05年の集会の模様は新婦人の新聞で見た記憶があるのですが、ニューヨークでの100万人の行動とはどんなものなのか坪井さんの話をお聞きしようと思ってきました。

坪井
 大場さんは今度行かれるのですか。私は今回は日本から多くの参加者があり、まだ手続き待ちの人が大勢いるというので残念ながら参加は出来ないというとになりました。

 アメリカがNATOの力を借りて、中距離ミサイルパーシング2を旧ソ連の周りにたくさん配置しました。ソ連は対抗してSS20という中距離ミサイルを並べたのです。これは大変だ、なんとしても核戦争を防ごうと、世界中がとても緊張していました。

 当時の日本の政府は偏っていて、ニューヨークに行く日本原水協の代表団にはビザを出さなかった。社会党系の原水禁は行けたのです。私たちは生協代表団として200人が行きました。ニューヨークに着きまして、デモ行進の当日でした。ホテルを朝早くでて、国連の前を通ってタイムズスクエアーに行く、台の上に登って見たのですが広い公園だけど先はかすんで見えない。道幅一杯の人、セントラルパークは広い公園ですが4、5時間かかった。前代未聞のデモを見たという感じてした。

 折角行くのですから、何か読んでいったらと思い、太陽さんに07年のウォールストリートジャーナルに載ったキッシンジャー達の声明とオバマの核廃絶の演説を贈ります。

大場
 ありがとうございます。オバマ大統領がプラハで核のない世界を目指すと言ったときは、世界の暗雲が晴れていくような気がしましたが、なくすと宣言をしていながら、今なお他国への派兵をしている。ニューヨークの国連の会議では核も少なくするし、これからの戦略も変えると言ってはいるのですが、裏でアメリカがやっている戦争そのものは否定してなくて、強力に推し進めているわけですよね。ノーベル平和賞に値しないのではないかと思うのです。

坪井
 去年の原水禁世界大会で、アメリカの平和運動家のトップのジョセフ・カーソンさんという人がいます。ジョセフ・カーソンさんは「広島の目をもって」(with hirosima eyes)という本を書いています。広島の心の目で現地を歩き学んだものです。その彼と3・1ビキニデーで会ったのですが、私は日本代表団の羊飼いの役割を担うというんです。その彼が言うんです。オバマさんに期待するのはいい、抱き合ってもいいがキッスは駄目というんです。大統領選で勝利はしたけど、獲得した票はそんなに差はない。アメリカには保守派もたくさんいる。それにオバマはレトリックがうまい。ここで言うレトリックとは美辞麗句が上手という意味でしょうか。だから、キッスはだめと言うのです。そういう目で見ていると、だんだん右往左往が始まっています。アフガン増派もしました。しかし、アメリカ歴代大統領の中では核廃絶を提起した大統領です。大きな意味でその歴史的功績をいい方向に発展させていきたい、そう思います。

大場
 私は5月1日に出発します。2日にニューヨーク行動、4日には国連の会議、会議の様子を見ることは出来るのですか。女性のつどいもあります。言葉がわからないのがもどかしいのですが、核をなくすという署名を自分で1000筆集めて、その込められたみんなの決意をもって行きます。帰ってきた後にどういう風に役立っていけるか、そんな思いが強いのです。

坪井
 私が行ったとき、帰りにハワイに寄ったんです。歓迎してくれるといい気分になっていたら、代表団と議論を始めましょうというのです。そして、「パールハーバーを覚えているか」と詰めてくるのです。これはもう聞く一方でした。核兵器廃絶の一声もないのです。どこにも、保守的な層というのはいますね。まだパールハーバーの恨みが残っているのですから、これは誤りはながくのこるのですね。

大場
 平和委員会が4月2日、参加者への激励の壮行会を兼ねての学習会を開きます。こうした取り組みで、所沢から参加する代表の気持ちがひとつになればいいなと思っています。帰ってきた後も報告会でも開ければ、所沢での平和への運動に弾みがついていく、そうなればいいなと思います。

 基地ウオッチングの企画にも参加し、横須賀にも行ってきましたが、今度の沖縄の闘いが火ぶたを切って、全国で基地はいらないの思いが広がり所沢の通信基地の全面返還へと大きな運動にできたらいいなと思っています。折角ニューヨークに行くのですから。

坪井
 私は核軍備はやめないと言うのはアメリカ国務省の戦略に起因すると思うのです。費用をかけて在庫をつくるこんな商売は成り立たないのですが、それにしてもやめないというのは儲かる人がいて、その下に間違った考えで、軍需産業に頼った形で経済の回復を図るという考えがありますが、これは、人類の破滅に向かうことで、核兵器は一刻も早くなくさないとと思うのです。

大場
 子供のころ戦争というのは、自然淘汰の為には必要悪みたいに言うのを聞いたことがありますが、本当に核兵器が実際に使われたら、人類の破滅になるのですから。ニューヨークに行くとなっていろんな集会に参加し、話を聞いて核は絶対になくしていかなければ、そういう思いが、ますます強くなってきました。貴重なお話し、今日は本当にありがとうございました。


引続き署名のお願いと御礼

 5月に5年ぶりに核拡散防止(NPT)再検討会議がニューヨークで開かれ、世界中から100万人が集まります。すべての国の政府がすみやかに核兵器禁止・廃絶条約の交渉を開始し、締結するよう求める署名活動に、私たちの会としても、全力で取り組んでいます。

 みなさまのご協力で3月20日現在の到達点は850筆です。ありがとうございました。参加者の出発は5月1日です。第二次集約日を4月15日とし、目標(1000筆)達成を目指します。引き続き、署名活動へのご協力をお願いします。



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無原則が原則の民主党政権 「高校無償化」に思う

竹腰将弘(ジャーナリスト 山口在住)

 鳩山内閣がやろうとしている「高校無償化」で、朝鮮学校を対象から除外しようとする動きがあります。

 在日朝鮮人も日本社会のなかで働き、税金も同じように納めています。こんな差別的な扱いが通る道理はありません。

 ところが、民主党の中井洽国家公安委員長が2月、拉致問題での北朝鮮への制裁とからめて、朝鮮学校を除外するよう横車を押しました。すると、鳩山由紀夫首相まで「そのような方向になりそうだ」と言いだしました。

 当然、世論の反発が起こり、鳩山首相は、除外するのか、しないのか、発言を迷走させました。「またか」と感じた方も多いことでしょう。

 結局、選挙のときのマニフェストにあるからやるというだけで、原理原則がないから、民主党はこうなるのです。

 教育の機会均等を確保するのは政府の責任です。過去の自民党政治は留保してきましたが、国際人権規約第25条は中・高等教育の無償化を定めています。経済的な理由で教育を受けられない子どもを生まないという憲法原則からくる政府の責任を果たすための最初の一歩がこんどの高校無償化です。全然別な論理で、その対象を狭めるような扱いが許されるような、軽い話ではないのです。

 「教育課程がわからない」などといいますが、朝鮮学校の教育課程は、各種学校の認可を受けるさいに、必要に応じ提出されています。卒業生は日本の大学にも進学しています。高校無償化の対象にならない理由などありません。

 民主党政権の半年は「政治を変えたい」という国民の願いを裏切り続けた歩みでした。

 生活保護の母子加算は復活しても、老齢加算の復活には見向きもしません。憲法25条の生存権の原則に立つのではなく「子育て支援」という枠内での発想でしかないからです。

 50年間にわたる日米密約を廃棄しようともしない問題、沖縄・普天間基地撤去で移設先探しに汲々とする姿からは、さらに深刻な無原則が露呈しています。憲法9条の平和原則ではなく、相変わらず「日米安保絶対」でしか動けない民主党の限界は、国民の厳しい批判を呼ばずにおかないことでしょう。


国連も懸念表明

 国連の人種差別撤廃委員会は3月16日、日本での人種差別撤廃条約の実施状況を検証した報告書を公表した。

 報告書は、高校授業料を実質的に無償化する新制度の対象から、朝鮮学校を除外するよう求める意見が出ていることに、「子ども教育に差別的な影響を与える行為」として、懸念を表明した。

 2月に開かれた審査会合の討議を踏まえて作成された報告書は、日本政府に対し、外国人学校や各種学校について実態調査をするよう勧告。教育機会をめぐる差別が生じることがないよう適切な措置を求めた。

 北朝鮮も15日の人権理事会の会合で言及「平等な教育を受ける外国人の権利を明記する国際的な人権条約の重大な侵害に当たる」と批判した。




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「9条の会 やまぐち」が始動

高橋玄洋さんが被爆体験を激白

 所沢市内11番目の「9条の会 やまぐち」が、2月20日、結成総会を開いた。山口、荒幡、小手指南に住む人が中心に2年ほど前から準備が進められ、この日、山口公民館に45人の参加で、「会」が始動した。

 第一部は、山口在住の作家・高橋玄洋さんが、「いま、被爆者として」と題して、自らの広島での体験を激白し、参加者に大きな感動を与えた。

 第二部で、世話人代表に岡部昭(山口)。事務局総務に藤原秀法(同)、持丸邦子(同)、坂敏夫(荒幡)の各氏を選出した。

 高橋玄洋さんは「私は、所沢に住んで、40何年にもなります。戦争の一番悲惨なものは原爆でこざいまして、私も80歳になり、これだけは伝えておきたい、残しておきたい」と語り始め、「B29が高度1万7千メートルで広島に侵入し、広島上空で9500mまで降下。そこから原爆が落下傘にぶら下がって降りてきます。それが地上5580mで爆発するわけです。これを『ナンだろう』と見上げていた2キロ以内の入たち全員が目がつぶれ、盲目となりました。

 爆発したときの力は、3つに分けられます。

 一番目が衝撃波です。1平方当たり35トン、瞬時にして35トンが、ドーンと来るわけです。次にゆり戻しです。地上に当たって、跳ね返る超低圧です。これで目が飛び出したり、腸が飛び出したりします。

 二番目が熱線です。爆発時で、摂氏800度。地上で5000度の輻射熱です。線が当たる面だけが熱にやられます。自転車に乗ったままで黒焦げになっているとか、歩哨にたっていたと思われる「捧げ銃」をしたままの兵隊さんとかが残っています。

 三番目は爆風です。秒速350m、暴風の10倍です。この力を具体的にいいますと広島城の天守閣がそのままの形で、空を飛んで、堀を越えて北側に落ちました。私の知人3人がこれを見ています。被災面積は920万坪(火災は約半分)と言われています。

 もう一つ怖いのは放射能です。私は被爆2日後に救援に行けといわれ、広島市内に入り、3日間救援活動をしました。遺体の処理だけで、一人も救援できませんでした。

 私はそこで二次被爆したのです。出血しますと血は黄色と青で、「俺は芋虫になるのか」と思いました。人間でないものになりつつあるという怖いものでした。これに倦怠感と差別が付きまといます。当時は原爆のせいとは知らずに、伝染病とされ、従兄弟の奥さんは、私と同じ風呂に入りたくないと言い、離縁しました。

 一番怖いのは、朝起きて、鏡を見て、顔が土色になっていると1週間から10日で、死ぬということでした。毎朝、鏡を見て、どうかなと考えるわけです。死ぬことしか考えませんでした。

 私達は、あの日のことを「8・6」といいますが、被爆者は別の思いを抱いています。あの日は、家族を供養したい命日です。外から来た連中が式典を行ったりしていますが、きれいごとやかっこいいことをする日ではないのです。

 広島は、いま凄い人口になっていますが、全滅した家族もあるわけで、大半は、あとから入ってきて、誰の土地か判らない土地に住んでいます。被爆者もほんの少しの運命の差で、被爆を認められたり、認められなかったり、死に至ったり、怪我ですんだり、何でもなかったりしています。そういう違いが差別になったりでくすぶり続けています。

 如何に戦争が非人間的であるか、頭ではなく、いのちとして受け取っていただきたいと思います。私も、遺体処理を通して、自分のエゴイズム、自己中心的に生きていることを切実に感じました」と語った。

 同会への加入希望者は04-2907-3875 門目まで。




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鈴木彰の「暴言を斟酌すれば『県内で』?」




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いま、私は言いたい

いま国民主権の自覚こそ

春原利夫(山口在住)

 2月号で、安保闘争を体験した野辺悦志さんは「政治と日本と人生を考える原点が決まり現代につながる」と書いています。

 安保闘争を青春時代に持つ者に共通の思いでしょう。当時、「アンポ、ハンタイ」という遊びが子どもたちに広まる高揚の中で、私も労組結成に参加し、賃上げも勝ち取りました。

 職場や銀座、京橋地域の仲間達との学習、うたごえ運動などで、政治、経済、世界情勢への認識も進められました。

 日本国憲法と安保条約は、相反し対立する体系ですが、終戦後の日本の経済復興は、米ソ対立の中でアメリカとその勢力圏にある国々を市場に進められ、経済大国として成長してきました。それは政治、外交面からもアメリカの世界戦略に組み込まれた対米従属の歴史となり、日本の支配層は、自らの利益としてそれを選び、メディアも取り込み、構造化、体質化されてきたのです。

 歴史の異常は派遣労働、密約をめぐる「討論記録」や基地問題に表れています。

 今、世界は軍事同盟から、話し合いによる平和秩序の方向に進み、1960年は世界の67%の人口が軍事同盟下でしたが、2009年には16%になり、日米安保条約はその中にあるのです。

 昨年の選挙で長い自民党政治を終わらせた有権者の新しい政治を求めての模索が始まっています。

 今の課題は、政治、経済、外交、暮らしを正す事、そのために安保を破棄し、政治を決めるのは主権者国民であることを、多くの人に自覚して貰うための、私たちの努力にあります。

それに向けての参院選への取り組みは始まっています。




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憲法を生かす

密約なければ歴史はかわった

 密約問題を検証していた有識者委員会は日米間の4つの「密約」調査についての報告書を公表しました。その中で、今後に最も重要な影響を与える「核兵器の持ち込み」について、「核搭載艦船の寄港が事前協議の対象か否かにつき明確な合意がない」と「密約」を否定し、「同盟の運営に障害が生じることを避けようとする暗黙の合意」があっただけだとしました。

 こうした有識者委員会の報告は、60年安保闘争の前夜、もし事前協議なるものがあると漏れていたならば安保闘争はもっと違った闘争になっていたに達いない。日米両政府の国民には隠しておくことが得策との共通の思いが密約となったのが実態ではないかととらえる60年安保闘争参加者から見れば、実態からはほど遠い結論です。

 自民党の河野太郎ブログ「ごまめの歯ぎしり」で、「嘘をつき続けた外務省が自ら『内部調査』としてまず調査を行っている。これは泥棒に金庫の中を掃除させているようなものだ」「本来、独立した外部の委員会を設置し、そこが独自の事務局を持って」やるべき。「外務省はあくまでも調査対象であって、外務省を調査に関与させたのは間違いだった」とあるのを紹介しておきます。

 密約という重大間題で、今までの自民党の政策の批判ではなく、なし崩し的継続への道を開くための仕組みではとの疑念が残るのを、裏付けるような読売、産経の社説が出されました。

非核三原則の見直し迫る改憲派メディア

 読売は、いろいろ問題はあるにせよ「しかし、報告書の内容は、全体としてバランスがとれており、妥当と言える」「日本外交に対する国民の信頼回復に不可欠な、『過去』の検証とけじめと言えよう」と評価。「鳩山政権が、非核三原則の見直しはタブーだと思い込んでいるのだとすれば、健全な安全保障論議ができなかった半世紀前の密約締結時と変わらない」とクギをさし、産経も「過去の検証よりもずっと大切なことは鳩山由紀夫政権がこれを今後にどう生かすかにある。その意味で、首相や外相が『非核三原則を見直す考えはない』と明言したのは極めて遺憾だ」と非核三原則の見直しを迫っています。

 朝日は「この有識者委員会の認めた『広義の合意』について、歴代首相が米国の解釈に異論を唱えなかった。これは密約との認定は当然だろう。それを『必ずしも密約とは言えない』としたことは首をかしげざるをえない」として多角的な検討を提起しています。

 共産党は、「報告書の最大の問題点は『討論記録』存在を認めながら「日米両国間には核搭載艦の寄港が事前協議の対象か否かの明確な合意はないとし「討論記録」核持ち込みの密約だつたことを否定していることにある」。「これでは非核三原則は守れない」と指摘しました。

 問題は次です。岡田外相は「有識者は推論や学者の見識も持って、密約を結論付けた。マル、バツ、三角のレッテルを張り、評価するのは簡単なことではない」と述べ、密約の有無について政府の公式見解を出さない考えを示し、「今後アメリカになんらかの働きかけを何もするつもりはない」と語りました。

 こうした動きの中で、「米海軍横須賀基地を抱える神奈川県横須賀市の広川聡美副市長が16日、外務省に梅本和義北米局長を訪ね、核兵器を搭載した米艦船が横須賀基地に今後、寄港しないことの確認、文書は「(密約について)不正直な政府の説明が続けられ、修正する努力がなかったことを抗議する」「非核三原則の遵守」などを岡田克也外相に求める市長名の文書を手渡しました。

 その翌17日、岡田克也外相は衆院外務委員会で、「有事の際に日本の安全を確保するためには、米軍による核持ち込みは排除できないしとの認識を示しました。非核三原則は堅持するとした上で「核搭載米艦船の一時寄港を認めないと、日本の安全が守れないならば、そのときの政権が命運をかけてぎりぎりの決断をし国民に説明すべきだ」と述べたと報じられ、「関係閣僚が核持ち込みの可能性に言及するのは異例だ」と解説がついています。

 18日、共産党は政府に「討論記録が日米間の公式の合意文書であることを認めるか」、「今後寄港する原子力潜水艦に核兵器搭載能力を維持したものが含まれていないことを保障できるか」などの「『日米密約』に関する質問主意書」を提出したと報じられました。

 この問題の検証は国民的な議論が必要であり、この欄でも引き続き検証していきます。

(編集長 鴨川孝司)




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紹介

●「9策守れ!」の心につながる、うたごえ喫茶「LOVE & PEACE」次回は4月5日

 所沢うたごえ喫茶が2月にオープンしました。今までも「平和のためのうたごえ喫茶」など単発的には行なわれてきましたが恒常的なうたごえ喫茶として、月1回、開くことになりました。その名も、「LOVE & PEACE」、平和を願い、平和を愛する人たちのうたごえ喫茶です。

 会場には、「WE LOVE 9条 うたごえ喫茶in所沢」の幕が飾られました。これは以前、マスコミ文化9条の会も協賛して開かれた同名のうたごえ喫茶で使ったものです。作成は、マスコミ文化の会の大野裕さんです。その精神を受け継いだのが、今回の「LOVE & PEACE」です。

 第2回が3月1日に開かれ、4月8日の澤地さんを迎えての集会のチラシを全員に配布。何人もの方からチケットの予約もいただきました。「LOVE & PEACE」と「WE LOVE 9条」は、同じ気持ちでつながっています。会員のみなさんも折を見てお出かけください。

 毎月、第一月曜日に、所沢駅西口のパークホテルで行ないます。次回は、4月5日で、午後2時半から、5月は3日(祝日)午後2時からです。

連絡先 大関 04-2993-6861

●第12回ピースウオーク

 今年のピースウォークは「坂東札所」の群馬から千葉までの898キロです。高崎までは以前に走っているので、今回は5月10日に群馬県・八木原駅をスタートし、30日に房総・館山市にゴールします。

 今年は最寄りの「坂東札所」ですが、今回も例年通り「核廃絶と平和憲法を守ろう」と、朱書した沖縄の「クバ笠」を被り、「核廃絶…」のチラシを配布しながら歩きます。「西国札所」も厳しかったのですが、今回は更に厳しい日光中善寺湖往復や袋田大子から標高1000m付近の49キロ。土浦からの50キロ等、今までにない難コースですが、それだけにやりがいがあります。

 「走れる方も歩く方も1キロでも2キロでもご一緒下さい」と、各地に伴走依頼をお手紙で団体、市役所等にお願いしているところです。

 今までの伴走者は、実業団の選手や小学1年生から80歳代まで延べ1800人の方々がご一緒して頂き、その距離は1万kmを越えました。ご一緒できる方は04-2948-8171 馬籠まで連絡下さい。




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