機関紙52号 (2010年2月25日発行)



もくじ

特集 安保改定50年

日米安保の暗い闇 国民的検証を
   編集長 鴨川孝司
あれから50年、安保闘争と私 1
   闘いがあって今がある
    野辺悦志(北所沢在住)
あれから50年、安保闘争と私 2
   米軍の基地だらけ許せない
    石塚 勝(三鷹在住、毎日新聞0B)
あれから50年、安保闘争と私 3
   国会を間近で見守った毎日
    勝木英夫(中富在住)


「九条を生かす」
    鴨川孝司(編集長)
鈴木彰の「ヒモつきのままで前進できますか?」

巻き返し狙う改憲派議員同盟が活動再開

2010・NPT再検討会議に参加します。署名にご協力を!
    大場智子(当会世話人 若松町在住)

護りたいもの それは「九条」です

基地全面返還を求める時期が来た
     100ヘクタールは生物の貴重な生育場

    脇 晴代(所沢市議)

平和な日本を次世代に手渡すため
     鳩が鷹にならぬようしっかり監視

    小林すみ子(所沢市議)


9条連絡会が新春懇談会開く

紹介
  ●早春のつどい(全日本年金者組み合い所沢支部主催)
  ●所沢・うたごえ喫茶 Love & Peace
  ●とここん学習集会
  ●埼玉文芸家集団 第7回文芸サロン




特集 安保改定50年

日米安保の暗い闇 国民的検証を

編集長 鴨川孝司

 日米安保条約が強行採決されて50年。この50年を検証し、今後の日本のあり方を決めていく国民的な議論がもとめられます。

 日米政府は1月19日、早々と共同声明を発表しました。そこには次のように書かれています。

 「日米同盟が両国の安全と繁栄とともに、地域の平和と安定の確保にも不可欠な役割を果たしていることを確認する。アジア太平洋地域において不確実性、不安定性が存在し、国際社会全体でもテロ、大量破壊兵器の拡散といった新たな脅威が生じている。日米は必要な抑止力を維持しつつ、大量破壊兵器の拡散を防止し、核兵器のない世界の平和と安全を追求する努力。国際テロに対する闘いで緊密に協力。21世紀の変化する環境などへの対応のため幅広い分野における日米安保協力をさらに推進し、深化するために行っている対話を強化する(要約)」

 節目でしかも新たな強化を謳うなら、国民的な取り組みがあってもよさそうだが、共同声明の発表だけです。日米同盟は世界の平和への流れと逆行し、根底にある国民の望む方向とのずれを知っているからでしょう。

 日米安保の51年とはどの様なものであったかの検証がまず求められますが、新聞各紙はどうとらえたか、そこから見てみます。

名護市長選 一つになった民意

 琉球新報は『深化は民意に立脚してこそ』と題し「国民にとって、より良い未来へと向かう深化ならいいが、声明を読む限り、その確信が持てない。むしろ軍事面での精強化を誓い合った印象が濃く、アジア太平洋地域の安定と繁栄に逆行しないかと不安になる。米ソ冷戦期の産物である日米安保体制に、十分な検証もなく過大な評価を与えていいものか。米国の世界戦略に、日本が都合よく組み込まれた側面はなかったか。検証もそこそこに、両国が冷戦後も必要以上に周辺地域の脅威をあおり、軍備拡大に突き進むさまは危ういことこの上ない。事前協議をめぐっては密約の存在が表面化した。虚偽の説明を重ねてきた安保の『闇』が指摘されている。安保改定50年は『武力神話』を断ち切る契機とすべきだ。民意に立脚した友好同盟へと転換を図り、深化させてほしい」と書き、「沖縄は日米安保の縮図」「県民の人権を踏みにじる安保」を語る古き労働運動家の意見も載せています。

行間から悲鳴が間こえる基地のある地元の新聞

 神奈川新聞は『安保改定50年、変容遂げる日米同盟、変わらぬ地元負担/神奈川』と基地の実態を検証しています。

 「湾を挟んで日米の基地が並ぶ横須賀は半世紀がたった今も、日米同盟の象徴であり続ける。米空母が母港化を開始したのは1973年。冷戦期を経て、近年も『テロとの戦い』を背景に横須賀の『巨艦』はイラクやアフガン戦争に向かった。そもそも安保条約は日本を守るためのもの。だが、横須賀の実態は米国の戦争のための拠点になっている」「騒音はなくならず、墜落事故もあった。50年は長かった」「被害のたらい回しには反対」など市民の声を背景に母港化反対連動を続ける呉東正彦弁護士が訴えるように、条約と現実の乖離(かいり)を指摘する声は根強い。

 そんな声をかき消すように「世界の中の日米同盟」路線を進むのが、横須賀の海自艦船だった。式典には、インド洋で米艦船などへの給油活動に当たった護衛艦おおなみも参加。「絆」の背景には、日常になりつつある海外派遣があることをうかがわせます。

 キャンプ座間(座間、相模原市)では、米陸軍と陸自の新司令部が移駐する計画が、2006年の在日米軍再編に盛り込まれた。「海」の連携と同様に、「同じ釜の飯を食う」(陸自幹部)ことで「陸」の結び付きも強める狙いといいます。

 こう振り返るのは、空母の艦載機が拠点とする米海軍厚木基地(大和、綾瀬市)の住民によって、50年前に結成された厚木基地爆音防止期成同盟の鈴木保委員長だ。

密約・枠組み拡大・破棄

 西日本新聞は「密約」を取りあげています。「大事なのは論議の透明性だ。日米安保が一時期、核持ち込み容認という密約の上に成り立っていたことが、最近明るみに出た。国民の目の届かないところで、国家の重大事を談合するようなことを繰り返してはならない。」

 東京新聞は『日米安保改定きょう50年』「安保条約の性質は、米国の世界戦略に伴って変化。当初は、旧ソ連に対抗するのが目的だったが、96年の日米安保共同宣言で冷戦終結後の安保条約を再定義、その枠組みを『アジア太平洋地域の平和と安定』に事実上拡大。2001年の米中枢同時テロ以降は「世界の中の日米同盟」の名の下に、自衛隊が特別措置法でインド洋やイラクに派遣された」と書いています。

 赤旗は「一から十まで従属の構造」と題し、「全世界を覆っていた軍事同盟の多くが解体されるなか、日米両政府は今年、『日米同盟の深化』を進め、同盟の中核である安保体制を恒久化しようとしています。安保条約とは、どんなものか。歴史的経過と条文に照らして、その特徴を見ます」と「生い立ち」から経済協力地位協定で特権“思いやり”予算まで」まで10項目を検証、「対等というが裏で密約、つくられた自衛隊が共同作戦・地球規模で一体化、廃棄OK『すべて撤退』通告のみ(10条)と書いています。第10条は、「(安保)条約が10年間効力を存続した」70年6月以降は、一方の国が「条約を終了させる意思を通告」しさえすれば、通告から1年後に廃棄できると定めている、と指摘しています。

朝毎読は共同声明を評価

 朝日、毎日、読売ともに検証は少なく「日米同盟の深化」、「同盟の発展」を高く評価し、読売に至っては「米海兵隊普天間飛行場の移設問題は避けて通れない」とまで踏み込み。『日米首脳会談新しい同盟像描く起点に』「従来の、安保と経済に偏りがちだった日米協力が新しい次元に入るということだろう。日本の有権者は歓迎するに違いない。21世紀の同盟のあり方を描き出す起点としたい」(朝日)、『日米首脳会談、連携の舞台が広がった、安保50年へ信頼深めよ』日本は軍事以外の分野での役割を広げる中で相互補完的な関係を構築することを模索すべきだろう。(毎日)、『日米首脳会談同盟深化へ「普天間」の決着急げ』『今後も、従来と同様、日米同盟の強化が日本の国益にかなう道と言えよう。鳩山首相は、日米同盟の意義を改めて熟慮したうえ、普天間問題の解決に取り組んでほしい」(読売)。

 以上取りあげた新聞各紙をざっと見ても、地方紙と全国紙とは、評価も展望も大きくかけ離れています。国民の目にはどう映るのでしょうか。日米安保条約改定から50年。9条を守り、生かしていく大事さが追究される。



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あれから50年、安保闘争と私

闘いがあって今がある

野辺悦志(北所沢在住)

 三つあった革靴が全部駄目になり、最後はバスケットシューズで毎日国会周辺のデモに参加した。樺美智子が殺された夜は警視庁前に座り込んでおり、支援にゆくか否かで執行部が激しい議論をした。デモから帰ってテレビをつけたら、日比谷公会堂の壇上で社会党の浅沼稲次郎が刺殺された現場を何度も放映している。そして、「魔の五条」を抱えたままの「新安保条約」が自然成立したあの国会前での虚しさ。大学4年の自分にとって、かつて経験したことのない衝撃的な歴史的出来事であった。そして政治と日本と人生を考える原点が決まった。その後の生き方は61年から変わらず、迷わず現在につながる。

 それにしても、この条約をめぐる日本の屈辱的な追随ぶりが50年も変わらないのは何故か。どうしても自分のなかでその理由がもう一つ解明できないもどかしさがある。ひょっとして「9条」の存在があるのかも知れないとも思う。2条に「締約国は、その国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また、両国の間の経済的協力を促進する」とある。実態はまるで異なり、アメリカからの一方的な経済要求を日本が唯々諾々と受け入れるだけで、日本の経済システムはズタズタにされた。軍事力の発動ができず、資本を守ってもらうために、アメリカの抑止力に依存しているとしか思えない。

 だとしたら、軍事力の発動を禁じたままの「日本の独立」とは、まさに世界的に先進となる偉大なたたかいである。いま緊急の課題になっている「普天間問題」は、日本と米国の関係を新たなものにする50年ぶりの闘いである。時はまさに「紛争は武力でなく話し合いで」が世界の本流になりつつある。今年7月の参議院選挙の趨勢が焦点になると思う。



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米軍の基地だらけ許せない

石塚 勝(三鷹在住、毎日新聞0B)

 私は完全な60年安保世代である。大学3年のとき、戦後最大の国民運動とされる安保反対運動にぶつかり、国会議事堂周辺のデモに参加した、笛を吹きデモのリーダーを務めた2級上の先輩がのち学長になり、「わが学生運動は若気の至り。以後、マルクス主義とは訣別する」と転向を宣言した。私は彼とは逆に、安保闘争を闘った自らのキャリアにいまも誇りを持ち続けている。

 その安保改定から今年でちょうど50年。この間、日本国土で戦闘行為が行われなかったのは、9条を有する平和憲法のおかげである。しかし、立派な条文を裏切るように、全島これ基地という沖縄をはじめ、日本国中、米軍の基地だらけ。われわれが視察した横須賀や入間、はては横田など首都圏にも米軍や自衛隊の基地が現存しており、何の独立国かと憤りを禁じ得ない。

 昨年の総選挙で自公政権を大敗させた民主党政権は、米軍普天間飛行場の移設問題を抱えたまま越年した。歴代自民党政権は対米従属を深めることで、政権維持を図ってきた。私は移設問題こそ日本が対米従属から脱する一つの試金石とみており、政府の出方を注視する一方、新年の闘いはここからと気を引き締めている。




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国会を間近で見守った毎日

勝木英夫(中富在住)

 1960年の安保条約改定反対闘争から、ちょうど50年。史上空前の規模といわれるこの闘いを回顧する発言が相次いでいる。この年の6月15日の統一行動には、全国で580万人が参加したほか、「あら、奥様、昨日のおデモにいらっしやって?」などという電車の中の会話も、私の耳に残っている。かつてない広がりをもつ闘いであった。だが、私は当時をただ懐かしむという気持には、どうしてもなることができない。

 安保改定阻止国民会議は、1959年4月から翌年10月までに計23次の統一行動を組んだ。私が所属した出版労連傘下の平凡社労組は、毎回ストライキを決行して、その集会やデモに参加したほか、独自の行動を設定し、とくに私は60年4月半ば以降は毎日国会周辺に足を運んだ。6月15日と18日には、翌日の朝までそこに留まった。

 仕事は午前中と深夜に片づけた。6月初めには声が完全につぶれ、執筆者との電話連絡ができなくなったが、苦情を言われるより激励されるほうが多かった。

 残念ながら、マスコミの姿勢はひどいものだった。その報道内容は「全学連主流派」と警察隊の小競り合いを追うものが大半で、多数を占めた労働組合や市民の動きは無視するものだったが、「北海道新聞」と雑誌.「世界」が安保反対の姿勢を維持しつづけた。

 あれから50年。米国への従属の度は強まり、沖縄など基地周辺住民の苦しみが増す中で、いまも国会周辺は静かすぎるほど静かである。「安保」と「九条」を結びつけることには、十分に慎重であるべきだが、国会や所沢の通信基地を人間の鎖でぐるぐる巻きにするようなことができぬものであろうか。(2月17日、記)




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「九条を生かす」

密約の全容解明は平和を守る一歩

鴨川孝司(本紙編集長)

 密約の解明をすすめている外務省の有識者委員会(座長・北岡伸一東大教授)は2月中の報告書取りまとめを断念し、3月末を最終期限として早期に取りまとめる方針を確認したと発表しました。

 外務省がきめた密約の調査対象は米軍核搭載艦船の日本通過・寄港を黙認する「核密約」など以下の4項目です。
1.1960年1月の安保条約改定時の、核持ち込みに関する「密約」
2.1960年1月の安保条約改定時の、朝鮮半島有事の際の戦闘作戦行動に関する「密約」
3.1972年の沖縄返還時の、有事の際の核持ち込みに関する「密約」
4.1972年の沖縄返還時の、原状回復補償費の肩代わりに関する「密約」。

 これらの密約はアメリカによる日本占領時代の支配の残滓を引きずり、それをよしとし、アメリカ追随の外交政策を進めてきた自民党政権が国民を欺いて隠し通してきたものです。

 アメリカでは公開になっていたものを自民党政府は密約はないと言い続けてきたが、日米安保条約が改定された1960年当時の外務事務次官山田久就氏が生前、事前協議対象となる持ち込みに通過・寄港が含まれない点を認識していたと証言したテープの存在や、沖縄への核兵器再持ち込みをめぐり、1969年に佐藤首相とニクソン米大統領(当時)が署名した秘密合意文書を首相の次男・信二氏が保管していたことが明らかになりました。

 昨年12月には東京地裁で、元外務省米国局長吉野文六氏が日本が米側に3億2千万ドルを支払うと沖縄返還協定に記されていること、この総額は積算根拠のないつかみ金だったこと、協定では米側が自発的に支払うとされた土地の現状回復費400万ドルを日本側が肩代わりしていたことを証言しています。

 2月17日の朝日新聞には「作家の澤地久枝さんらが原告となって、1972年の沖縄返還の際に日米が交わしたとされる『密約文書』の開示を国に求めている情報公開訴訟が16日、東京地裁で結審した。国側は改めて『文書は保有していない』と主張。国側は昨年12月に開かれた前回の口頭弁論では有識者委が検討中だとして文書の認否を保留していた。外務省の公文書のあり方については、日本弁護士会も『強い非難に値する』と批判する意見書を今月公表した。密約文書の管理状況を調べ、もし文書が廃棄されているならば時期や理由についても踏み込んで検証するように有識者委へ求めており、18日に直接外務省に申し入れる」との記事が掲載されました。密約体質は温存されているとしか見られません。

 かつて、琉球新報は「中国と台湾が武力衝突した1958年の台湾海峡危機の際、米軍が嘉手納基地に広島に投下された原爆の約250倍の威力のある戦略核爆弾を配備していたことが全米科学者連盟(FAS)の核兵器専門家ハンス・クリステンセン氏が情報公開法で入手した「米空軍戦略史」で明らかになった。「台湾海峡危機をめぐっては、米シンクタンク「国家安全保障公文書館」が当時の米政府内の協議内容をつづった文書を公開。台湾を支持する米軍の首脳部がアイゼンハワー大統領に対し、中国への原爆投下を進言したが、却下されていた経緯が明らかになっている」と報じている。密約の全容解明は平和を守る大事な一歩であることを痛感させられます。




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鈴木彰の「ヒモつきのままで前進できますか?」




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巻き返し狙う改憲派議員同盟が活動再開

 自民、公明、国民新、みんなの党などの各党改憲派議員などでつくる新憲法制定議員同盟(会長・中曽根康弘元首相)が、活動を再開します。その始めに、2月25日に「新憲法制定に向けてより活発に活動するため」と称して、読売、産経の各政治部長から話を聞くとしています。

 同議員同盟は、総選挙で参加する有力議員が軒並み落選し、活動を事実上休止してきましたが、選挙後、「定例会」を開くのは初めて。選挙後の政治状況をふまえて、4月28日に「新しい憲法を制定する推進会議」を開催する予定です。これは、「憲法論議を絶やしてはならない」と主張する中曽根会長の意向を受けたものと言われています。

 自民党は昨年12月、新たに「憲法改正推進本部」を設置して、改憲を政権奪取の柱に据えて活動を始め、民主党議員にも定例会への参加を呼びかけていますが、同党議員からの返事はないとしています。鳩山首相は、すべての議連からの脱退の一環として、1月に同議員同盟から脱退手続きをしました。

 改憲論議のもう一つの母体である憲法調査推進議員連盟(会長・中山太郎元衆議院憲法調査特別委員長)からは、すでに40人以上の民主党議員が脱退しています。しかし、鳩山首相は改憲について、「議論(改憲)は超党派でしっかりとされるべき、憲法審査会も与野党協議で決める」と改憲への積極姿勢をアピールしています。

 5月には、改憲手続き法に基づく国民投票法案の施行期限を迎えます。こうした状況の中で、活動再開は、改憲派による新たな「巻き返し」の狙いがあります。




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2010・NPT再検討会議に参加します。署名にご協力を!

大場智子(当会世話人 若松町在住)

 核拡散防止条約(NPT)は1970年に発効された。当時既に核兵器を保有していたアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5カ国以外の保有を禁じていた。原子力の平和利用は認めたが各国から不平等であるとの意見が出され、5カ国に対して核軍縮(核兵器廃絶)義務を課し、核軍縮を定めた唯一の条約であるが、相次ぐ核開発の動きの中でも、NPT再検討会議は5年ごとに開催し「約束が明確に運用・実行されているか」について加盟国が状況をめぐり討論する場である。

 04年の原水禁世界大会で、被爆60年を迎えた広島市の秋葉市長の「今日この日から記憶と行動の一年とし、2010年までを核兵器をなくす準備期間とし、2020年(被爆75年)までにこの地球上からすべての核兵器をなくし、花を咲かせることが究極の目的である」との発言を聞き、衝撃的な感動を覚えた。

 今年はその2010年。21世紀の10年目の節目に当たる。NPT再検討会議は5月3日からNY国連本部で開かれる。昨年、アメリカで初の黒人大統領オバマ氏が誕生し、4月プラハで「核兵器を使った国として、米国には行動する道義的な責任がある。核のない世界をめざす…」と宣言。そして世界的に核兵器廃絶の流れが大きく広がっている今、秋葉市長の言葉通り、まさに準備期間に入ったと思える状況が生まれつつあるように思う。

 歴史的な会議の中でアメリカがいかなる対応で臨むかを見とどけたいと思い、埼玉県原水協代表団の一員として参加に応募した。自身の決心を裏付けるためにも「核兵器のない世界を」の国際署名(日本全体で1千2百万筆、埼玉県で85万筆)を1000筆以上集めたいと思う。

 「マスコミ・文化九条の会所沢」でも取り組んでいる署名の一次集約は3月15日です。よろしくお願いします。




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護りたいもの、それは「九条」です


基地全面返還を求める時期が来た
100ヘクタールは生物の貴重な生育場

    脇 晴代(所沢市議)

 昨年の夏、当麻市長から基地対策協議会に、「東西道路返還を前提とした国の調査費が計上されることになるが、その前提条件として道路にかかる米軍施設の撤去費用や改修費用を所沢市が負担する事になっているので、賛成いただきたい」という提案がありました。

 しかし、米軍基地の返還に関係自治体が費用負担するということへの疑問や、市が負担を想定される事業の予算額もわからず、協議会は結論は出せませんでした。事務局に更に情報収集をもとめる事となりました。

 その後、所沢市が費用負担することは地方財政法違反になるという指摘も出ました。現在の状況は平成22年度の国の予算に、東西道路返還を前提とした調査費4000万円が計上されたとのことです。

 民主党が政権をとり、日米関係を新たに見直す時期であることから、東西道路返還ではなく、通信基地の全面返還を求めたほうが所沢市にとって望ましいと考えるようになりました。所沢通信基地が果たしている役割を学習する会で、「この基地は米軍の世界戦略上重要な基地である。」と知りました。米大統領が発令する核攻撃の指令を世界に伝える役割を持つ基地とのことでした。ですから、私たちの平和を確かなものにするために、東西道路返還のみでなく、基地全面返還を目指した運動を始めるときが来たのではないでしょうか。

 また、自然の保全という観点から、米軍の通信基地は約100ヘクタールの手入れの行き届いた高原の草原であり、貴重な生物が生育する場所でもあるようです。ここに、オーストラリアのタスマニアからオオジシギが渡ってきていた事実もあります。所沢でヒナを返してオーストラリアに戻るのだそうです。今も渡ってきているのでしょうか?気になるところです。

(似顔絵は金井 真さん作)




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平和な日本を次世代に手渡すため
鳩が鷹にならぬようしっかり監視

    小林すみ子(所沢市議)

 新憲法施行から今年は63年。私の兄は施行された年の生まれで、名は『憲一』といいます。両親は新憲法施行を意識して“憲”を付けたのでしょう。終戦から2年足らず、新憲法はどれだけ未来への明るい希望を抱かせたか計り知れません。

 しかし、特に憲法9条「戦争の放棄」、「戦力の不保持」、「交戦権の否認」を謳っているにもかかわらず、公然と自衛隊という軍隊を持つまでになり、海外に派兵されるという事態にまで進んでいます。

 総選挙で政権が変わりました。鳩山首相は通常国会の施政方針演説で“命を守りたい”と何回も叫びましたが、“命を守りたい”という中には“自衛隊による国の防衛”も入ると答弁しています。鳩山首相は憲法改正推進派でした。

 今年は安保改定から50年。60年安保の時は、ラジオから“安保ハンタイ”と叫ぶデモの様子を聴き、子どもの中にまで“安保ハンタイ”の遊びがありました。70年安保の時は青年の仲間と各戸を回って『安保廃棄署名』を集め、沖縄返還のデモに加わっていました。

 そして現代。沖縄の米軍普天間基地移設をめぐり、右往左往する鳩山政権に突きつけたのが名護市長選での『辺野古』への基地移転に反対する市長の誕生。沖縄の民意を生かすには“安保”と対峙しなければなりません。所沢の通信基地も核攻撃指令伝達基地というアメリカの核戦争の一翼を担っています。“米軍基地を許す安保条約”と憲法9条は相容れません。

 全国に広がった『九条の会』の力は国会での憲法9条の明文改憲派勢力を弱めましたが、いつ“鳩が鷹の爪”をむき出すかしれません。“平和は国民の不断の努力なしには、守れない”ことを肝に銘じて、平和な日本を次の世代に引き渡したいと思います。

(似顔絵は金井 真さん作)




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9条連絡会が新春懇談会開く

 市内10の九条の会で構成する、「所沢9条の会連絡会」が2月6日午後、ミューズで新春懇談会を開きました。各九条の会から大勢の参加者がありました。

 当会から参加した事務局長の鴨川孝司さんは、「沖縄の闘いに呼応して、所沢の米軍基地返還を進めたい。4月には、連絡会が沖縄と縁の深い作家の澤地久枝さんを所沢にお招きし、講演会を開きます。ぜひとも成功させて、『憲法九条と軍事基地は両立しない』との市民世論を作り出したい」と熱く語りました。

 来賓の「九条の会関東ブロック交流集会」の運営担当の倉林徹(日本機関紙協会埼玉県本部)さんは、交流集会は「地域別に開き、関東ブロックは4月4日に港区で行われます。埼玉県からは90人の参加を予定。所沢から多くの参加をお願いしたい」と訴えました。

 また、小林すみ子市議は、「所沢基地の東西連絡道路建設に市税5億円を使うことに、容認する動きがありますが、認めません。無条件返還が当然のことです。沖縄と連帯する澤地久枝さんの講演会を成功させましょう」と報告しました。

「九条の会やまぐち」が2月20日に結成総会

 山口在住の門目省吾さんは、「2月20日に山口公民館で作家の高橋玄洋さんを迎え、『九条の会やまぐち』が発足します」と11番目の九条の会への参加を呼びかけました。

 懇談会は佳境となり、参加者は、岡部昭(彫金家・山口在住)さんの乾杯の音頭のあと、宮沢まさしさんの津軽三味線と津軽民謡、大島ふみおさんらの尺八の演奏に聞き惚れました。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                      


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紹介

●早春のつどい(全日本年金者組合所沢支部主催)
 日時:2月28日(日)12:30-15:00(12時開場)
 会場:コーププラザ所沢(こぶし団地入り口)
 会費:昼食・飲み物つきで500円

●所沢・うたごえ喫茶 Love & Peace
 日時:3月1日(月)14:30-17:00
 会場:所沢パークホテル
 会費:1500円
 伴奏:アコーディオン 新井幸子さん
 問合せ:04-2993-6861 大関

●とここん学習集会 
 昭和を検証する「第2回」「韓国併合100年」
 日時:3月6日(土)14:OOから
 場所:所沢地区労会館
 会費:500円
 講師:関原正裕氏(越谷北高校教諭・埼玉県歴史教育協議会会員)
 問合せ:04-2992-9927 渡辺

●埼玉文芸家集団 第7回文芸サロン
 日時:3月6日(土)13:30より
 場所:三ヶ島公民館講堂
 基調講演:所沢周辺の文学 高橋玄洋(作家)
 対談:中原道夫(詩人)と大河原惇行(歌人)
 問合せ:042-971-0183 綾部
 後援:日刊新民報社 マスコミ・文化九条の会所沢
 参加費:300円 懇親会 3000円




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