機関紙139号 (2018年1月23日発行)



もくじ

「憲法改正』と明治維新150年
  安倍首相の本音が透ける

 北村 肇(「週刊金曜日」発行人)
  薩長が権力闘争に勝利
  「アジアの盟主」の野望
  戦争国家から決別

3000万人署名 私の経験
 平野俊子(北岩岡在住)

マ元帥に著書・『ヒロシマの被爆体験』で直訴
  核禁連動の先駆け、歌人・衣川舜子さん

 林 茂雄(東京新聞元アメリカ総局長)
  「新聞条例」知らずに
  破裂の瞬間を描写
  凛とした精神の清洌

鈴木 彰の「『どん』とポチ 100%いかがわしい」

【連載・沖縄通信】名護市長選−基地建設を止める
 原田みき子(沖縄県本部町在住)

「ポピュリズム」にどう対応していくのか−
  −ドイツの例−

 鎗田英三(駿河台大学名誉教授)
  タガが外れた世界
  「ドイツのための選択肢」
  著しい「東西格差」

太郎の部屋のほっとたいむ 60
 鈴木 太郎(詩人・演劇ライター 中新井在住)
  歴史重ねる「森は生きている」

マスコミに大きく取り上げられない裁判
 鈴木絢子(中新井在住)

コ一ヒーブレイク
 原 緑
  《清水まなぷ》

紹 介
  ●NNNドキュメント17 放射能とトモダチ作戦
  ●沖縄・埼玉の現状と安保法制違憲訴訟 沖縄問題・近隣の基地問題から見えてくるコト

事務局から
  ▼安倍首相「今年中、改憲案提出」表明
  ▼「3000万人署名」は現在237筆




「憲法改正』と明治維新150年
安倍首相の本音が透ける

北村 肇(「週刊金曜日」発行人)

 年が明けてめでたい気分になれたのは一体、いつのころまでだったか。もう思い出すこともできないほど、年々「イヤ」な正月を迎えることが続いています。そして2018年は、憲法が改悪されるという最悪の年になる予感が漂っての幕開けです。

 安倍晋三首相は年内中の憲法改定発議に向けての意欲を露骨に示しています。天皇退位の日程を2019年4月に延ばしたのも、それまでに国民投票を終えてしまおうという魂胆からです。九条改憲については自民党内にも異論があるものの、反安倍の大きなうねりにつながる見通しはありません。最大のポイントは公明党の動向ですが、いまは消極な姿勢をみせていても、かりに維新の会や希望の党が改憲発議に賛成した場合は「他の野党の支持がえられた」との理屈で一転して改憲に同意することだってありえます。事態はかなり深刻といっていいでしょう。

 それにしても、なぜ安倍首相は2018年中の決着にこだわるのか。自民党総裁選での3選が頭にあるのもさることながら、私は「明治維新150年」が大きな意味をもっているとみています。1日付けの年頭所感で安倍首相は次のように述べています。

 〈本年は、明治維新から、150年の節目の年です〉〈150年前、明治日本の新たな国づくりは、植民地支配の波がアジアに押し寄せる、その大きな危機感とともにスタートしました〉〈国難とも呼ぶべき危機を克服するため、近代化を一気に推し進める。その原動力となったのは、一人ひとりの日本人です〉〈あらゆる日本人の力を結集することで、日本は独立を守り抜きました〉

薩長が権力闘争に勝利

 明治維新の評価は難しく歴史学者の間でも見解は異なります。個人的には「明治維新」より「明治政変」が正しいのではないかと考えています。「維新」には、「鎖国状態で封建的な国が、革命により近代国家に生まれ変わった」という積極的な評価が込められていますが、当時の日本は決して鎖国政策をとっていたわけではなく、ヨーロッパを範にした政治体制を模索する動きもあった。とどのつまり、幕府との権力闘争に薩長が勝利したと見たほうがすっきりするのです。

 権力を奪い取った側が腐心したのは、新政府の正統性でした。そのために「天皇」を利用したというのが通説です。明治政府が目指したのは欧米列強のような「大国」でした。それは必然的にアジア侵略へとつながり、日本は「戦争国家」への道を突き進みました。歴史に「たられば」は意味がありませんが、もし江戸幕府が続いていたなら、この国は戦争国家への道を選ばなかったのではないでしょうか。

 こうした見方に対しては、「江戸時代が継続していたら欧米列強の植民地になっていた」という反論が出るでしょう。推論同士をぷつけあっても建設的ではありませんが、少なくとも「明治維新が近代の夜明け」といった一面的な見方を無批判に受け入れることは避けるべきと思います。

「アジアの盟主」の野望

 安倍首相は「日本を取り戻す」とか「世界の真ん中で輝く」という表現を好みます。前者は「かつてのような栄光の日本を取り戻す」の意味に思えます。要は「強い国家をめざした」明治維新にまでさかのぽろうという宣言に聞こえるのです。そこに潜むのは「日本は再びアジアの盟主とならん」という野望にほかありません。安倍首相の大好きなフレーズである「戦後政治の総決算」の一環でもあります。だから「憲法改正」は明治維新150年の今年に実現したい、それが本音にみえます。

戦争国家から決別

 だったら私たちは、2018年を、明治時代に端緒のある大国主義や戦争国家から決別する年にしましょう。
 そのためにはまず憲法を守り抜き、安倍政権を倒さねばなりません。まやかしではない、市民が主人公である真の「維新」を目指して立ち上がりましょう。




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3000万人署名 私の経験

平野俊子(北岩岡在住)

 「安倍9条改憲NO!」署名にあたり、佐藤事務局長の熱意に押され、私の入っている「沖縄の会」と、夫の職場、夫が入っている「山の会」の力を借り、35筆の署名を集めました。「山の会」は世間の縮図そのもの、改憲賛成が50%、反対が50%でした。改憲に賛成とは、自衛隊だけが、日本本土ではない場所で戦争に関わり、自分達に被害はないと考える人が多いのではないかと思います。私は自分が戦争に行きたくないので反対しています。戦争に行く覚悟ができている人だけが賛成してしかるべきと思います。年齢、性別に関係なくです。その覚悟がないのなら、考え直して、と言いたいです。  紛争解決に憲法9条を使うことは唯一日本ができる平和への国際貢献です。「九条の会」の暉峻淑子さんの講演会で「対話」こそ「平和への解決法」と学びましたが、安倍政権にその力がないことは明らかで、対話する能力のない政治家は退陣するべきです。




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マ元帥に著書・『ヒロシマの被爆体験』で直訴
核禁連動の先駆け、歌人・衣川舜子さん

林 茂雄(東京新聞元アメリカ総局長)

 核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)に昨年度のノーべル平和賞が授与された。

 これには核兵器禁止条約の国連総会決議に貢献した日本の被爆者団体やピースボートの活動があったが、戦後の米軍の占領政策批判を禁止されたプレスコード(新聞条例)制定下に、自身の生なましい被爆体験を書いた著書を連合国軍最高司令官・マッカーサー元帥に贈呈して非人道的な大量殺戮(さつりく)に抗議した国語教師で歌人・衣川舜子(ころもがわきよこ・写真)の存在を知る人は少なくなった。彼女の意思を世に出した背景には幾つかの偶然が重なり、それには私自身も関係していたので特に感慨は深い。

安倍改憲NOを圧倒的に

 さっそく11月16日の自民党改憲推進本部は、「参院合区問題」での「改憲案たたき台」を決めた。残りの@自衛隊の明記 A緊急事態 B教育の無償化−についても順次議論を進めることにしており、いよいよ「改憲政局」に警戒を強めなければならない。

 この9月、「9条壊すな!実行委員会」などに「九条の会」も加わって新たに結成された「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」は、全国での3000万署名への取り組みを始めた。安倍首相の「いまなら勝てる解散」で、前原誠司民進党代表と小池百合子東京都知事を中心とした「改憲・安保容認」の「第2自民党」作りを画策する勢力による民進党と野党共闘つぶしが動き出したが、野党共闘を推進してきた「市民連合」は、4野党共闘から、民進党の離脱を見きわめ、新たに、立憲民主党、共産党、社民党と市民連合による共闘態勢をすばやく整備、選挙に対応した。

 この結果、選挙では、第2保守党の「希望の党」ができ、改憲勢力で3分の2の多数を獲得する状況にはなったが、立憲野党と国民の統一は着実に前進。これからは、地域に生まれた、野党支部を含めた幅広い「共闘」と、「市民連合」の活動で、「安倍9条改憲NO!」の世論を圧倒的に広げていかなければならない。

「新聞条例」知らずに

 舜子は当時「新聞条例」の存在を知らず、大胆にも「東京都・GHQ気付・マッカーサー元帥殿」の宛名で投函したため、私信と間違えて検閲を通らずに元帥のデスクに届いたと推定されている。内容はモロに「新聞条例」違反だった。(手紙は英文だが、ここに引用したのは後に入手した彼女の日本語原文である。以下同じ)。

 『マッカーサー元帥閣下。私の著書「ひろしま」を閣下にお贈りしたいと存じます。私は1945年(昭和20年)まで広島市民であり、広島で国語教師をしていました。広島で私がどのような体験をしたかは、この著書をお読みになればお分かり頂けると存じます。また広島で私が何を見たか、聞いたか、何を与えられたかお分かり頂けると存じます』一一淡々とした書き出しで始まる手紙は1949年(昭和24年)8月17日付け。分かり易い英文でタイプされて全文で190語。筆者が眼にした時と場所は書いた時から34年後の1983年某日、米バージニア州・ノーフォークにあるマッカーサー記念館の図書室。著書の現物はなく、後に分かるのだが舜子が自ら英語に訳した第一章だけが手紙に別封されていた。

 手紙は続く。『閣下は原子爆弾と、それが与えた惨禍についてお聞きになったり、お口にされたりするのはお好みにならないでしょう。しかし、これは事実なのです。誰も否定できないことです。私はこのレポートをいささかの誇張もなく、一生懸命に書きました。この本をお読み願えることで閣下の対日政策がより大きな成功を収められることを希望致します』。言葉は丁重だが、かなりずけずけと物申している。

 『私は国語教師なので英語はうまく書けません。(原爆症による)健康も良いとは申せません。拙い文章をお許しください』と結んでいる。本の内容を詳述する紙幅はないが、原爆破裂の瞬間だけを紹介する。

破裂の瞬間を描写」

 『ピカッ! 突然背後に写真撮影のマグネシウムの光を数十倍強くしたような妖(あや)しい光! ハツとして振り返ったとたん、丁度高窓のガラス越しに日輪大の光心から、泰西名画の何かで見た悪魔の光のような、白とも青とも黄色とも名状しがたい光の矢が八方へひらめき散っているのだった。天に二日! もとより只事であろうはずがない。爆弾? 直覚したが、臥せる暇もなく突っ立ったまま。その間3分の1秒か、5分の1秒か。天井のない台所の長い柱が、中ほどからソリを打ったかと思うと、梁(はり)も棟木(むなぎ)も同時に唸りを生じて頭上から降りかかってきた。やったな! と思った。やられた! と思った。息も出来なければ、目も開けられぬ壁土の煙』

凛とした精神の清洌

 舜子は1913年、名古屋市生まれ。東京女子高等師範(現お茶の水女子大学)分科卒。広島市の私立道徳高女の国語教師で勤務中、爆心から1200mの距離で原爆被害を受けた。原爆症により通常人ならば7000〜8000ある白血球数がわずか500にまで減少、一時は死の瀬戸際を彷徨ったが奇跡的に持ち直した。退院した舜子は神奈川県立逗子高校に再就職したが、原爆症の後遺症のため、病弱で欠勤がちだったという。『原爆症は生んだ子供に障害が出ると言われて結婚を諦めました』の言葉が重くて悲しい。

 舜子は私が英文の手紙にある住所に出した取材要請に数日後に返事をくれた。と、いうことは35年近く同じ場所に住んでいたのだ。訪れた家は戦後のバラック家屋の面影が残る簡素なものだが、室内は書籍の山だった。既に高校教師を退職して各地の老人クラブで源氏物語と万葉集などを講じていた。孤独な境遇にも拘らず、応対も会話も凛(りん)として精神の清冽(せいれつ)を感じた。

 私が新聞連載企画「マッカーサーへの手紙」を紙面化した直後に、TBSテレビが「被爆者・舜子の人生」を特集で放映した。新聞とテレビの相乗効果で舜子の身辺は忙しいものになった。当時の出来事と短歌を纏めた著書『うしのあゆみ』によると、舜子の手許には封書17通、葉書52通、電話は数知れずの反響があった。数十年ぶりの学友、知人との再会、文通、電話が復活した。残念ながら私が海外勤務後に数年ぶりに出した年賀状が宛先不明で戻ってきて舜子とは音信不通になっている。ご健在ならば100歳を超える年齢である。ネット検索でも生死不明だ。ただ彼女の原爆体験著書「ひろしま」が原爆資料館の図書室に収まっていたことが確認できた。

 最後に歌人・舜子の原爆関連の数首を掲載しておく。

○肉に骨に臓肺にまでもしみとおる ウラニウムなりしかあの怪(あや)し火は
○ひたひたと寄る潮のごと街を焼し けむりは谷を這い上がり来ぬ
○見渡して『むざん』とだにものたまはて 立ち去りましし老いしわが母よ
○待ち得で死にし人かなしかり 原爆を晴れて責むべき世はきたりしを
○たちのぼる人焼くけむり空を這い 流れも去らじな色は消ゆとも




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鈴木彰の「『どん』とポチ 100%いかがわしい」




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【連載・沖縄通信】名護市長選−基地建設を止める

原田みき子(沖縄県本部町在住)

 「沖縄は基地で食べているんですよね」とよく訊かれる。「またか…」と思いながら、数字を上げて説明する。「基地収入は県民総所得の5%しかないのよ。観光とIT産業などが伸びて国に支払う国税の方が国から受け取る沖縄予算より110億も多いのよ」。

 琉球新報社が昨年10月に出版した『沖縄フェイク(偽)の見破り方』(高文研)には、冒頭の問題の他に「海兵隊が抑止力になっている」とか「沖縄の米軍基地は在日米軍全体の23%だ」という真っ赤な嘘が紹介されている。2年前、自民党の若手議員による勉強会で、作家の百田尚樹氏は「沖縄の新聞はつぶさないとあかん」と発言、さらに県民は基地収入で六本木ヒルズに住んでいるなどと述べた。氏の沖縄叩きは有名だが、実情は軍用地主の75%は200万未満の収入で、500万以上は1割もいない。かつて沖縄タイムス社の女性記者から聞いた話では、わずか70万円程度の軍用地料をもらう家庭が、勤労意欲を無くし高校生の息子まで就職する気がないという。「これも基地被害よね」と女性記者はため息をついた。これが現実なのである。わずかな金額でも軍用地料は働く気を失わせてしまうのか。

 いま、名護市長選挙の真っ最中である。投票日は2月4日で残り3週間を切った。私は連日稲嶺進後援会の事務所で電話かけや街宣活動をしている。市民の反応はすこぶるいい。熱烈ファンが電話の向こうで「頑張りましょうね!」と逆に励ましてくれる。街宣車で街へ出れば子どもからお年寄りまで、みんな手を振ってくれる。国策に翻弄され続けた20年間、アメとムチを嫌と言うほど浴びせられ、狭い集落が分断されてきた。

 私は通信制高校で教鞭をとっているが、生徒の60代の会社社長が書いた作文に「友人は漁業権を捨てた代わりに数千万の補償をもらった。しかし、毎日酒浸りでとうとう病院通いになった」とあった。他にも息子の嫁さんが大金を持って出奔し、続けて姑も残りの金を持っていなくなったと言う笑えないような話もある。稲嶺進氏は「これまで長い間、市民は苦しめられてきた。もうここで終わりにしよう」と呼びかけている。稲嶺進氏が3選すれば可能である。市長権限で埋め立て工事をストップできる。私は街宣でマイクを握るたびに「軍事基地を造らせない稲嶺進さんの公約は、世界中から支持されています」と訴えている。アメやムチやフェイク情報などすべて撥ねつけ、稲嶺進氏勝利、新基地建設阻止を成し遂げる日が近い。




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「ポピュリズム」にどう対応していくのか−
−ドイツの例−

鎗田英三(駿河台大学名誉教授)

タガが外れた世界

 いま、世界のタガが外れかかっている。6000万人もの尊い命を犠牲にして世界が手に入れた、日本国憲法第9条に象徴される、武力によらずに「協調」に基づく平和が、トランプ・金正恩・そしてアベら「小ヒトラー」によって躁躍されつつある。そして、このような「上からのファシズム」を国民が支持し、「緊急事態条項」による議会制民主主義の破壊に「同意」したときに、再び「ヒトラーの時代」が再現するのだ。

 日本のネット右翼やヘイトスピーチと同じように、他の宗教・人種の人たちとの「協調」や議会制民主主義を否定し、「独裁者」を求めていく「ポピュリズム」と呼ばれている世界の各地の運動にも、その虞がある。とくに、「ヒトラーの過去」に真撃に取り組んできたドイツで、そのような運動が起きたことは、われわれに大きな衝撃を与えた。

「ドイツのための選択肢」

 昨年9月のドイツの総選挙で、「ドイツのための選択肢」(以下AfDと略す)が、前回(2013年)の4・6%から、12・6%に得票率を第3党に躍り出た。AfDは、反移民・難民と反イスラムを前面に掲げ、ユー口圏からの脱退、徴兵制の復活など「ドイツファースト」を旗印としており、選挙後、フラフケ・ペトリー共同党首の離党で、ますます「極右ポピュリスト政党」の性格を強めている。

 なぜドイツでそんな「ネオナチ」が再現しているのだろうか。AfDの躍進は、難民・移民の排斥という一点に絞って戦った点にある、と言われている。だが、難民数は、2015年の89万人から、2016年28万人、2017年の1〜7月12万人と減少し、メルケル首相も年間20万人に受け入れを制限すると方針を転換している。むしろ、躍進の要因は他にあるのではないか。すなわち、今回CDUから104万票、SPDから50万票がAfDに流れたように、既存の大政党が大きく支持を矢っていた。

 この12年間、平均60%近くの支持率で安定政権を維持してきたメルケル率いるCDU(キリスト教民主同盟)は、33%の得票率で、単独過半数に達せず、また二大政党の社会民主党も、戦後最低の20・5%の獲得にとどまった。このような既存の体制政党からの離反は、「国民の多くは自身の見解、関心事、懸念が政治的エリートに届いていないと感じているのだ。彼らは既成の政治システムに抗議している」(ヴェルナー・パッツェルト)現れと看倣すことができよう。シュタインマイヤー大統領がAfDを「メディアが躍進させた」と評しているように、「政治のメディア化」に乗じて、AfDは、「フェイクニュース」で難民・移民を「外敵」とし、それに便宜を図る既存政党を激しく批判することで、現状とエスタブリツシュメントヘの不満を抱く人びとに「カタルシス」を与えているのであろう。失業率は低下し、財政も黒字なドイツ経済で、なぜそんな感情を露にするのか。

著しい「東西格差」

 「社会的市場経済政策」の下、社会的公正を第一の政策目標としてきたドイツでも、グローバリズムの進展のなか「新自由主義」経済が重視され、「ユー口圏最悪の格差社会」(イエンスベルガー)が現出してきているからである。

 とくに「東西格差」が著しく、旧東独では、高い失業率と西独地方と比べて低く抑えられている年金額など生活難がひどく、400万人もが西独地方に移住し、その三分の二は30歳以下の若者であった。まさに、この旧東独でAfDは、軒並み支持率が高く、ザクセン州では27%の得票率を獲得し、第一党に躍り出た。実際に東独では難民・移民の流入に直面していないにもかかわらず、AfDに投票したのは、根底に社会的格差があるからであろう。西独地方でのAfDの支持も、そのような格差の下、移民に仕事を奪われるという不安から投票する男性票が多い。

 AfDの「抗議政党」としての側面に割目するならば、「ポピュリズム」に対処するには、格差を拡大させる、マネー資本主義を促進する「新自由主義資本主義」に歯止めをかけ、社会的格差の是正に取り組むことが必要となろう。そのことは、日本にも当てはまるだろう。(松が丘在住)




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太郎の部屋のほっとたいむ 60

歴史重ねる「森は生きている」

鈴木太郎(詩人・演劇ライター 中新井在住)

 ♪燃えろ燃えろあざやかに/夏はカッカと照るだろう/冬はなるたけ暖かく…劇の中で十二月の精たちがうたう。客席の子どもたちも口ずさむ、おなじみの光景である。

 劇団仲間の「森は生きている」は年末恒例の公演となっている。初演が1959年というから、すでに60年近い歴史を重ねたことになる。全国各地での上演も2000回を越えている。これは、大人から子どもまで、世代や時代をこえて、楽しめる舞台として愛されている結果といえる。

 ロシアの作家サムイル・マルシャークの作、湯浅芳子の訳(岩波書店版)、今回から新たに鈴木龍男の演出になった。主要な登場人物を一新、舞台全体に明るい雰囲気が漂っていたことが新鮮に思えた。

 みなしごの少女と森にすむ十二の月の精たちの心温まる物語。ある大きな国の女王(満山さつき)はわがまま勝手。大晦日に「マツユキ草を摘んできたものにはかごいっぱいの金貨をあげます」というお布れをだす。金貨のほしい叔母さん(小野瑞穂)と娘(大和田遥奈)は、みなしごの少女(詩織)に森に行かせる。その森で少女はたき火をする十二の月の精たちに出会う。彼らは、四月の精の願いにこたえ、少女のために1時間の間に、冬から春、夏、秋と季節を移していく。四月の精は指輪を贈る。マツユキ草をお城に届けたのは叔母さんと娘だった。すると、女王は森に行くといいだす…。

 十二の月の精たちを演じた更井孝行、関口篤、小倉輝一たちのチームワークの良さも見所を盛り上げていた。
=新宿南口・紀伊国屋サザンシアター、12月28日所見=




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マスコミに大きく取り上げられない裁判

鈴木絢子(中新井在住)

 1月26日(金)福島原発刑事裁判第2回公判が開かれます。

 東電元会長勝俣恒久、元副社長武藤栄、元副社長武黒一郎の3人は、業務上過失致死傷罪で強制起訴され、2017年6月30日に東京地方裁判所刑事第4部で第−回公判が開かれました。

 第−回公判では、起訴状の朗読、罪状認否で東電元会長らは無罪を主張。その後の検察側の冒頭陳述では、「2002年には、当時役員であった被告人等は福島原発に10メートルを超える津波が襲う危険を予見することが可能だった」と述べています。

 東電の実務レベルの担当者は、「東電設計と協力して、10メートルの地盤に10メートルの防潮堤を敷地の南北に築く計画をはじめとして、具体的な津波対策の計画を煮詰めていた。その報告書には立体図面と平面図面が添付されている。第2原発についても同様の図面がある」と冒頭陳述は語っています。「東電は、2008年3月31日、原子力安全保安院に対して、2009年6月までに津波対策を完了の中間報告書を提出し、福島県とも約束し、プレスにも発表している」が、「福島の運命を変えた武藤副社長が方針転換」をしたと生々しく語っています。

 「被告人等が、費用と労力を惜しまず、同人等に課せられた義務と責任を果たしていれば、本件のような深刻な事故は起きなかった」と述べています。

 今後の裁判では、検察側が請求した証人尋間が行われます。当時東京電力の社内で津波対策を検討していた土木グループの社員や、事故調査報告書をとりまとめた社員、津波のメカニズムに詳しい大学教授など14人の証人が予定されています。
*「第2回公判1月26日(金)10:00〜東京地方裁判所刑事104号法廷」
*「第3回公判2月8日(木)10:00(同法廷)
*「第4回公判2月28日(水)10:10(同法廷)

 所沢からも傍聴券の抽選に参加します。集中審理がされます。
 また「福島原発裁判を支える会(年会費1000円)への入会を呼びかけます。連絡先は04−2942−5675鈴木絢子まで。




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コ一ヒーブレイク

《清水まなぷ》

 清水まなぶは長野市出身のシンガーソングライターで、黒い髪を肩までたらし、黒革のびったりとしたパンツルック、長いマフラーをコートの上からざっくりと掛け… 黒づくめの彼を何と言ったらよいのか、芸能界風ではあるお兄さんです。

 そんな若者が昨年の12月に第23回平和・協同ジャーナリスト基金賞の奨励賞を受賞したのです。

 彼は2000年に小室哲哉、木根尚登のプロデュースでデビューして音楽活動をしているそうですが、07年にお祖父さんの満州での戦争体験をまとめた手記を基にしたCD「回想」をリリースしました。さらに15年からは1年半をかけて長野県内77市町村を巡って、およそ90人から戦中・戦後の体験談を聞きとる活動を続けました。聞きとりは『追いかけた77の記憶』という一冊の本となり、信濃毎日新聞社から出版されて受賞の運びとなったのです。

 12月8日の信毎には全面広告が出され、紙面の右上には「ご協賛企業・団体様からのご支援により長野県内全高校にこの本を寄贈する」旨の囲みがありました。下半分には協賛企業と団体の広告が載せられていて、桜井甘精堂会長、湯本上山田ホテル、HondaCars しなの、長野グランドシネマズ等々、長野東高校同窓会というのがあるのは彼の出身校でしょうか。下の大きなスペースを使って県教職員組合の「9条は世界の宝 子どもたちに戦争のない世界を」と日本国憲法第9条を添えた広告が電気自動車用急速充電器の販売代理店(株)矢花と2分しています。

 先日、入場無料で事前予約不要という出版記念報告会が信毎の本社でありました。執筆のきっかけや取材時のエピソード、戦争体験を取材して自身が感じたことなどを語り歌うという内容です。聞きに行きたかったのですが「駐車場がないので公共交通機関で」という添え書きが… この村から利用できるバスも電車もありません。信毎の向かいのパチンコ屋さんの駐車場を狙うべきだったかな。
原 緑




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紹 介

●NNNドキュメント17
放射能とトモダチ作戦

 映画「スノーデン」が問いかけたことを深め、今後も、社会の今日的問題を映像を見ながら考えていきます。

 3・11直後、被災地に支援物資を運んだ米軍の「トモダチ作戦」米空母「ロナルド・レーガン」に福島原発事故による大量の放射能が降りそそいだ。その被ばくにより、乗員9人が死亡、両足切断するなど後遺症に苦しむ兵士。しかし、米国政府も日本も事実を隠し、補償を拒否している。原発事故の恐ろしさを描いたドキュメント。

1月26日(金)13時半〜
新所沢公民館学習室1号
参加費 無料
連絡先 映画「スノーデン」を観る会 鴨川090ー4392−9071、沼尾080ー1101ー8072まで


●沖縄・埼玉の現状と安保法制違憲訴訟
沖縄問題・近隣の基地問題から見えてくるコト
違憲訴訟口頭弁論を聞いて 稲津昌幸、立川秀円
沖縄の現状 鴨川孝司
埼玉の空と基地 葛西建治
2月27日(火)14時〜
新所沢公民館学習室1号
参加費 無料
連絡先 鴨川090ー4392−9071、門坂080ー3086ー6700まで




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事務局から

明けましておめでとうございます。

▼安倍首相「今年中、改憲案提出」表明

 1月4日の記者会見で、2020年の改定憲法施行に向けて、「今年こそ憲法改正に向けた国民的な議論を深めていきたい」とのべました。また、自民党憲法改正推進本部は、@9条に3項を新設し「自衛隊」明記、A2項を削除し「国防軍」創設の両論併記案を年末にまとめ議論を再開します。「改憲発議」をさせないたたかいは正念場を迎えました。

▼世論調査は「安倍9条改憲」反対が多数

 共同通信社が1月12、13日に実施した世論調査では、「9条に自衛隊明記」改憲に賛成は35%、反対は53%で、安倍9条改憲反対の国民の意思が示されました。

▼「3000万人署名」は現在237筆

 1月9日、新所沢駅頭の「9の日」行動では、これまで最高の45筆の署名が寄せられました。これを含めて、1月15日現在、署名は237筆。「戦争法廃止2000万署名」で私たちの会が集めた署名は2094筆です。総選挙で立憲民主、共産、社民の比例票の合計は1640万票。「3000万」を集めるには、自民、公明、希望支持層にも呼びかける必要があります。世論調査では、こうした支持層でも「9条改憲」に反対の声が大きい結果が出ています。どれだけ多くの人と対話し署名を集めることができるか、これからの頑張りが求められています。




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