機関紙117号 (2016年1月16日発行)



もくじ

忍野村からの富士山
   遠藤倭子(こぶし町在住・会員)

猿の進化論
   中原道夫(詩人・代表委員)

峠 道
   岡部 昭(彫金家・山口在住)

戦争を止める「市民統一連合」に希望を託す
   桂 敬一(元東大教授)

鈴木彰の「奴さんどちら行く? コリャコリャ」

太郎の部屋のほっとたいむ 38

【連載・沖縄通信】機動隊員よ正義に目ざめて!
   原田みき子(沖縄県本部町在住)

抱樸(ほうぼく)
   中川とき彦(書家・若松町在住)

会員の投稿 あれから11年
   藤原絢子(山口在住)

会員の投稿 憲法第九条をめぐる護憲・改憲の角逐
   芦田 茂(椿峰在住)

コ一ヒーブレイク 《新しい村で》
   原 緑

憲法カフェへのお誘い

紹 介
   ●「戦争する国」ストップ!入間航空自衛隊基地強化反対!
   ●第14回 よりよい教科書を子どもたちに 教科書学習会「教員たちがつくった教科書」一問いが広がる歴史教科書一
   ●憲法と人権を考える市民のつどい

事務局から




忍野村からの富士山

遠藤倭子(こぶし町在住・会員)

絵を描き始めたのは30年前、日本美術会の山本良三さんに師事。     
「うまく描こうとしなくても自分らしい絵を」と教わり、全日本職場美術協議会に
所属し、毎年「職美展」(上野都美術館)に出品しています。         




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猿の進化論

中原道夫(詩人・代表委員)

廻りまわって また
猿の年がやってきた

十二歳のぼくはやがて中学生
二十四歳の姉は結婚適齢期
三十六歳の兄は働く盛り
還暦を迎えた母はいまだに
ママさんバレーと家事の両立

八十四歳の祖父は
ひねもす五七五の言葉遊びに
余念がない

それぞれが それぞれに
生きているものの
「希望」とか「絆」とかいう言葉は
下水に流れていく泡みたい

人類が猿の進化したものだと
いうのも ありやー嘘

なぜなら猿は
自然を壊さない
なぜなら猿は
銃など持たない
なぜなら猿は
群れの仲間と仲良く暮らしている

どうして
祖先に劣る人類を
進化したものだというのだろう

ほら、ご覧
劫初から空の星は
美しく輝いているではないか



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峠 道

岡部 昭(彫金家・山口在住)
 1962年、現代工芸美術展初入選、78年、第64回光風会展初入選、一般社団法人光風会名誉会員




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戦争を止める「市民統一連合」に希望を託す

桂 敬一(元東大教授・メディア研究家)

 昨年は、とくに8月30日から9月17日まで、何回か国会正門前に足を運んだが、そこで目にしたデモ・集会に参加する多くの若者・女性の姿は、1950年代末砂川闘争、59年警職法、60年安保闘争、60年代末の全共闘運動など、自分もそこに参加して、あるいはその近辺にいて、眺めた若者・女性とまったく異なる新しさを漂わせており、いわくいいがたい感動を覚えた。

 私は大学生のころ、自治会を牛耳る学生運動家が好きになれなかった。彼らはある種の「プロ」で、普通の学生ではなかった。また就職し、労組に属してデモにいっても、しっくりしないものを感じていた。専任の指導者と動員でくる一般組合員の集団は、自分の熱気というものを発していないのだ。さらに女性の参加ときたら、寥々たるもの。その点、60年安保のときは、新聞労連のすぐあとの梯団が新劇人会議で、ピチピチした女性がいっぱいいたし、高校時代の友人が俳優の卵でそこに混じっていたので、男だがそっちに移動したりできたため、デモは楽しかった。

 実は、昨年の国会正門前のデモ・集会にたくさん集まる若者・女性たちの醸し出す雰囲気は、55年前のデモで感じられた楽しさと似ていたのだ一一彼ら・彼女らは別に俳優の卵ではないにもかかわらずだ。この若者たちのほとんどは、あちこちの大学からきた普通の学生であり、自分のいいたいことを、自分の言葉、自分流の音楽で呼びかけ、さらに新しい仲間がまた自己流のやり方で訴えると、それもみんなでシェアしていくのだった。

 その周りには、子どもを連れたママ、反原発の仲間、沖縄・辺野古の米軍新基地建設に反対する人たち、社会保障を切られ、「下流化」をおそれる老人、ブラックな仕事に脅かされる若者など、いろいろな人たちが集まっていた。みな元気になれるからだ。そして時々、さまざまな立場から安倍政権に反対する、「市民総がかり」での統一した運動拡大を呼びかける高田健さんなど、大人たちの声も聞こえてきていた。

 私はこうしたデモ・集会に参加して、自分のこれまでの体験や見聞にはなかった、新しい市民運動が起こっているのだ、と思った。安保法制案ではとりあえず負けた。だが、安保法制は戦争をするための道具だ。安倍政権の悪政の被害に苦しむもっと多数の市民が「総がかり」に加わり、今年7月の参院選のとき、自民・公明・大阪維新に対抗する「市民統一連合」の候補を全国各地で推し出すことができれば、「敵」に参院選議席の3分の2以上を与えず、戦力行使を禁じる現行憲法を守り、戦争は違憲だとたたかっていける。

 戦争はいきなりやってくるものではない。初めは気がつかないように近づいてくる。普通の人が気がついたときは、身の回り全部を取り囲んでしまっている、というのが戦争だ。だが、まだ遅くはない。私たちは、災害、原発、沖縄、貧しさ、失業、子育て、教育、税、福祉・社会保障、外国排斥など、多くの問題をめぐって戦争の影に気づきだし、そこに潜む欺瞞・悪・不正に対して反対の声を発し、いっせいに立ちあがりつつある。すでに沖縄では「総がかり」によって、知事選・総選挙で勝利を収めてもいる。

 新しい運動、日本で初めてといってよい「市民革命」が起こっているのだ。これは根本において戦争を否定する特性を備えており、世界史上初めての「革命」といってもよい。テロも戦争では解決できない。それは憎しみの連鎖を拡大するだけだ。「市民統一連合」による参院選の勝利は、まったく新しい希望への第一歩となるはずだ。




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鈴木彰の「奴さんどちら行く? コリャコリャ」




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太郎の部屋のほっとたいむ 38

開花した「むつみワールド」

鈴木太郎(詩人・演劇ライター 中新井在住)

 東京演劇アンサンブルの「スープ劇場」は劇団員の創意が活かされる場である。2007年から始まっている。9回目の公演となった「日常とゆず」は、俳優である桑原睦の作・演出。彼女は日本児童・青少年演劇劇団協同組合の劇作講座に学ぴ、複数の作品を生み出してきた。その中のひとつ「日常とゆず」が初上漬となった。

 2013年春、都内の団地の一室が舞台。赤ちゃんを連れた4人の若いママたちのお茶会のありふれた日常と現実の話が展開されていく。そもそものママ友になったきっかけは、主人公の小川みさき(清水優華)が福島産のユズをいっぱい買い、階段で落としてしまう。そのユズを拾ってくれた人たちが仲間となった。

 冒頭から4人のママたちによる同じシーンが何回も繰り返されるが、そのたびに、みさきには違った夢が見えてくる仕組みである。そこには福島の原風景への思いや夫とのタンゴの踊りなども登場する。とりたてて結論をだすわけではないが、異空間のなかで問いかけてくるのは謎めいている。独特の感性とこだわりを持つ桑原睦の「むつみワールド」の開花である。今後の成長を大いに期待したい。清水優華をはじめ町田聡子、天和早替、仙石貫入江も好演。「スープ劇場」は終演後、一杯のスープを飲みながら歓談する場でもある。ゆずのかおりいっぱいの鶏団子スープが用意されていた。心があたたかくなった。ありがたいことである。(東京都練馬区武蔵関・ブレヒトの芝居小屋1−1月9日所見)




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【連載・沖縄通信】機動隊員よ正義に目ざめて!

原田みき子(沖縄県本部町在住)

 12月28日、この日ゲート前では今年最後の集会があった。早朝6時に集まった人びとはおたがいに1年間の健闘を称えあった、この日は月曜日で、本部町島ぐるみ会議の行動日でもあり、いつもは20名ほど参加するのだが年の暮れと雨のせいか10人ほどだった。南の島とは言っても冬の雨は冷たい。闘病中のリーダー山城博治さんの体調を考え「うつすと大変だから風邪をひいた人は休もう」と了解し合っているが、休むとゲート前が気になってジレンマに苦しむ。300人座り込むと機動隊員は全く出てこないし、工事車両が1台も現れない。一人ひとりの参加が大事で、全市町村にできた島ぐるみ会議では行動日をずらして調整しているが十分ではない。人数が少ない日は座り込む市民一人に対して屈強な機動隊員数人が襲いかかり、無理矢理列から引きはがし、ごぼう抜きをして鉄柵で作った囲みの中に放り込む。その荒っぽさは尋常ではない。

 やっと風邪を治してこの日参加した本部町のS子さんは「みなさん、機動隊員にやられて私は1ヵ月以上痛みが取れませんでした。病院でレントゲンを撮ってもらいましたが、何かに隠れて映らないんです。でもやられた時カシャッと音がしたんです。くしゃみをすると激痛が走ります。彼らは巧妙にやる場所を選んでいます」と言葉を詰まらせながら話した。

 彼女ばかりでない。11月29日にうるま市のGさんは肋骨を折られた。ビデオに映った現場を地元紙が大きく報道した。胸の上で固く組まれたGさんの両手をほどくために、マスクをした機動隊員が右手をGさんの肋骨の上に置いている。「そのとき、折られたのが分かった。『痛いからやめて』と訴えたがやめてくれなかった」とGさんは証言している。

 機動隊員の靴には鉄板が入っているそうだが、彼らは凶器のようなその靴で座り込む市民の列に踏み込んでくる。命令されているとは言え、祖父母のような高齢者に対して非情な強制排除を繰り返すことにためらいを感じてほしいと願うのは、無いものねだりだろうか。正義感から警察官の道を選んだ若者なら、基地建設に反対して座り込む市民に共感を覚える者もいるだうう。彼らとて安倍首相の犠牲者、いつかは戦場に送られるかもしれない。米国の戦争に参加したい安倍首相にとって、辺野古新基地建設は野望のひとつかもしれないが、各省庁を使っていつまでもこんな違法が通るとは思えない。機動隊員の中からも覚醒する若者が出てくることを期待する。




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抱樸(ほうぼく)

中川とき彦(書家・若松町在住)

 2009年の日記をみると、正月、数年前に買い揃えてあった住井すゑの『橋のない川』を一気呵成に読む。涙、滂沱として流れ落つ。初春、牛久沼の抱樸舎を尋ねる。夏、伊那谷の老子こと、加島祥造先生の講演拝聴。八月末、老子の言をテーマに、小品展を銀座で開催とある。私の老子探索は、藤沢周平を愛読しはじめた頃、色紙に周平は老子の言葉「瓢風不終期 騨雨不終日」をよく書いていたと…。私はその意味を知りたくて図書館に出向くと、加島祥造に出会ったのであります。

 上掲の拙書「抱樸」は、「老子」の中の第一九、二八、三二章に出ている語で、住井すゑさんの座右の書であったと、そのことを住井すゑの著書を数冊読んで知り、驚嘆したのでした。

 「樸とは、山から切り出されたまんまのアラ木(原木)のことです。一見不格好で何のとりえもなさそうですが、手の施しようで、これは家や家具ともなれば、りっぱな工芸品、芸術作品にもなりますね。アラ木には多種多様な可能性を備えているから、価値があるんです。素朴な心を抱きつづけること一「『抱樸』は中国古代の思想家・老子の書物に出てくる言葉に基づいております」と抱樸舎の名前の由来について述べておられる。

 その抱樸舎は、1978年(76歳)の時に私財をもって牛久市城中町の自宅の側に農民塾として建てられた。人は土を耕し、文は人を耕すとし、一貫して反戦、平和、反差別平等を訴え続けた。手元にある書物を見ると『橋のない川』『野づらは星あかり』『八十歳の宣言』『地球の一角から』『初期短編集農村イソップ』『九十歳の人間宣言』『住井すゑと永六輔の人間宣言』『いのちに始まる』『牛久沼のほとり』と増田れい子著『母住井すゑ』。

 牛久沼のほとりに建つ抱樸舎は、少しも偉ぶってない建物だったことを思い起こす。住井すゑさんの、天皇制を語る言葉は、私などはとてもとても…立ち向かえない。永六輔との対話は、楽しく笑いながら読めます。




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会員の投稿 あれから11年

藤原絢子(山口在住)

 この機関紙を2セット我が家のポストに投函して下さっている葛西さんが、「これからは一部にしようか」と声をかけてくれた。

 居間の書類引き出し二段使って『マスコミ・文化九条の会所沢』の機関紙が創刊号から116号まで詰まっている。8号と書かれた紙が1枚挟んであるので、欠番はこの号だけだとわかる。二階の私の引き出しにも未整理のまま同じ機関紙があふれている。

 あれから、11年経つのだ、教職を退いた時、革新系団体には近付かないと、心に決めていた。都教組、東大和地区協、組合婦人部、地域の親子映画などに関わって、家庭を顧みることなく突っ走っていたので、疲れ切っていたのだ。

 ところが、マスコミ・文化九条の会の設立総会に出かけていって、その決意を翻すことになってしまった。

 当時我々夫婦はどこへでも、サイクリング車に乗って二人で出かけていったものである。総会後の打ち上げにも付いて行ってしまった。

 蕎麦屋の座敷が満杯であった。一人一人のスピーチが回っていった。初めて耳にする話題の新鮮さ。そして、はなしのうまさに驚いたのである。落ちをつけて、時間内にきっちり終わる。こういう集団があるのだな、と感動したものである。その場で入会を決め、所沢での暮らし方がひと枠広がって巡っていく事になった。

カルチャーショック

 自称彫刻家、秀法は、人寄せが好きで、みさかいなしに客を招き入れ、きりたんぽ鍋でふるまう。夏になるとジンギスカンである。家族の都合などお構いなしだから、付き合ってばかりいられない。「奥さん、奥さん」と呼ばれることにへきえきして、(奥になんかいませんよ。逃げ出しますから勝手にやって下さい。)と、そんな時は近づかないようにするのが常であった。一人でゴボウのささがきつくりに精を出す秀法であった。

 マスコミ文化の人々は「奥さん」と呼ばれない。これは、すごいことであった。カルチャーショックである。

 何を隠そう、「絢子さん」と呼ばれた時には、その新鮮なひびきに、胸がときめいたものである。そういう呼び方をされた事がかつてなかったのである。そして、私の居場所が据えられた。

 私も秀法も、政治経済、時事問題に疎く、小難しい講演などではあくびをかみ殺し、打ち上げの宴会になって、出番となる。そんなふうであったから、秀法はもっぱら、台所に立って、満足そうであった。

間島さんはもういない

 山崎さん、鴨川さん、葛西さん、大野さん、本間さん、間島さん、佐藤さん、そうした、面々の中に、日本に居れば勝木さんがまじることもあった、女性では草鹿さん、大場さん、持丸さん。一度は、玉嵜さんも姿を見せた事があった。

 その後、『9条の会所沢やまぐち』が出来て、人脈が混線し、記憶が確かでない。皇室取材の秘話で話題をさらってしまった間島さんはもういない。

まだ48個の台座が…

 アルツハイマーの病状がすすんで、秀法が粘土に触れなくなって久しい。新聞も切り抜いて貯めるだけになった。いま、三ヶ島の特別養護介護施設にショートステイでお世話になっている。

 帰宅すると4リットルの焼酎が3,4本溜まってしまう。セブン・イレブンが近いことがわざわいしている。

 「これからは、『9条の人々』をテーマに制作する」といって、50個ほどの台座を買い込んでから5・6年は経ったであろうか。その台座を使って鴨川さんと勝木さんの首が据えられた。残りの48個はそのまま、アトリエの隅に重ねられたままである。




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会員の投稿 憲法第九条をめぐる護憲・改憲の角逐

芦田 茂(椿峰在住)

 私は、自衛隊と日米安全保障条約(日米安保)の今日の厳存のもと、戦争の放棄・戦力の不保持−・交戦権の否認を規定した憲法第九条(九条)を以下のように理解する。一国的な、戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認に対し、多国間主義あるいは国際協調主義にもとづく国際貢献活動の実施が欠落していると。憲法制定時は時宜にかなっていたが、今の状況は異なる。

 今日の護憲は、平和主義・反米で、集団的自衛権行使を容認しない。その真意は、「平和」の一語に尽きる。一方、改憲は、最小限度の規定のもとこれを容認し、親米で、ゆくゆくは九条を改正し、自衛・国防軍などの明記を求める。改憲は積極的平和主義のもと、対中国・対北朝鮮だ。その真意は、日米同盟堅持のもと「日本国ありき」に集約される。

 護憲の反米、改憲の親米・対中国をみると、いずれもが諸国家を敵と味方に色分けする、一国的な、日本を軸にした国家観を、わが国は開国のときから今日までもってきたのではないか。

 ところで「集団的」とは、英語ではcollectiveで、その意味は自衛・安全保障に限らず、多数が集まって議論・協議・交渉を行い、そこから結論・合意を求めることを意味する。利益の相克を調整するcollectiveな活動は、民主主義の根幹的な要素である。だが、九条の制約と共に、この語がわが国では部分的にしか理解されていない。私は、collectiveを旨とし護憲・改憲の角逐が終息すればと願っている。




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コ一ヒーブレイク

《新しい村で》

原 緑

 1月4日の深夜、澄み渡った北の空から音もなく、一つの星がオリオンの帯のあたりへと流れて消えてゆきました。今日がピークと言われていた「しぶんぎ座」の流星だったのでしょう。とにかく、星のきれいな村です。

 申し遅れましたが、10年近く行ったり来たりの生活を続けていた長野県の小川村へ、昨年末に転居しました。2016年の新しい年は、この新しい土地で迎えたのです。

 この村は平成の大合併では独立派の村長を選び、長野市への吸収を退けて「村」を貫いています。「にほんの里100選」にも選ばれ、昔ながらの養蚕家屋と棚田の連なる風景が残されている、もしかしたら取り残された地域と言われ兼ねない村、かもしれません。

 人口は3000人を下回り、言わずもがなで、高齢者はごく普通に現役で活躍しています。どこへ行くのも坂を上り下るという山村で、基本産業は農業。長野市の善光寺を中心にして西側にある地域を西山地域と言い、大豆が良く採れるので有名ですが、小川村も「昧大豆(あじまめ)」という地名があるほどで、昔から大豆の産地です。素人農家の私たちもビールのおつまみ用の枝豆やお正月用の黒豆、花豆、白いんげんに小豆と、豆は自給自足で楽しんでいます。

 村では、若い人向けの村営住宅や手の入れられない林を宅地として整備するなど、外部からの人の誘致に余念がありません。

 こんな小さな村にも、驚くなかれ、大日方悦夫氏(松代大本営の保存をすすめる会)のお話を聞く会があれば、水道工事やさんが「夜はお酒を飲まない」理由として、若月先生(元佐久総合病院長)の「どんな往診も断らない」という一言に、高齢者の村で緊急の対応をできるよう自らを重ねているという、文化的一面を垣間見ることが出来ます。

 何よりも毎月1度、「道の駅」で10分間、戦争法は認めませんと手作りカードをかかげてスタンディンクで訴える人たちがいます。




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憲法カフェへのお誘い

 気楽に憲法のこと、いま起きていることを美味しいコーヒーを飲みながら話し合いませんか。
日時:2月27日(土)14:00〜
場所:すうい一とは一と 喜多町11−15(航空公園駅から徒歩7分)TEL04−2008−0810
会費:500円(コーヒー代)
話す人:葛西建治さん(所沢平和委員会)
*傍若無人な米軍の低空飛行や自衛隊病院建設、1類感染症の研究、埼玉で何が起きようとしているのか。みんなで論議しましょう。




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紹 介

●「戦争する国」ストップ!入間航空自衛隊基地強化反対!

 戦争法と軌を一にして、海外での「戦争」準備へとうごく埼玉県内の自衛隊基地・施設の実態を学び、「戦争する国」を許さないために… 緊急学習決起集会
日時:1月26日(火)午後2時開場
会場:狭山市市民交流センター
   西武新宿線「狭山市」駅西口下車徒歩2分(260人規模、入場無料)
報告:内藤功さん(日本平和委員会代表理事・弁護士)
   平山武久さん(埼玉県平和委員会代表理事)
呼びかけ:埼玉県平和委員会(連絡先電話048−711−4434)所沢平和委員会、入間市平和委員会、狭山平和委員会、日高市平和委員会、飯能平和委員会(準)

●第14回 よりよい教科書を子どもたちに 教科書学習会「教員たちがつくった教科書」一問いが広がる歴史教科書一

講師:山田麗子さん(元所沢市内中学校教員、「学ぴ舎」教科書編集者)
日時:2月5日(金)18:00〜
会場:新所沢公民館学習室
主催:「教科書を考える所沢市民の会」
   代表 牧 柾名
問合せ:042−394−6652 篠原

●憲法と人権を考える市民のつどい

明日の日本を考える安保法制廃止に向けて講演は浜矩子さん
日時:1月28日(木)18:30〜
会場:さいたま市民会館うらわホール(浦和駅西口徒歩10分)
参加費:無料




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事務局から

 明けましておめでとうございます。みなさんは、新年をどのような気持ちで迎えたでしょうか。

▼2000万署名

 毎月9日、新所沢駅頭で行っている「9の日」行動。1月9日、13名が参加して今年もスタートしました。昨年11月から始まった戦争法廃止を求める「2000万署名」を訴えました。中高生からお年寄りまで、67筆の署名をしていただきました。ある若者から「詳しい内容を知りたい」と尋ねられ説明すると、熱心に聞いて署名用紙を持ち帰りました。いま、会員の方から事務局に届けられ署名数は約360筆。私たちの会の目標は「2000筆」です。1月末には所沢9条連絡会の署名推進のチラシもできます。友人、ご近所のみなさんなど幅広く訴え、署名を集めましょう。2000万集まれば、戦争法廃止、「野党共闘」実現の大きな力になります。

▼憲法カフェなど新しい試み

 さまざまなテ−マで話し合う「憲法カフェ」が始まります。喫茶店を借り切って「コーヒー・ケーキ付」です。ご参加ください。この「会報」は、インターネットの「ホームページ(HP)」でも読むことができます。HPがもっと多くの方に読まれるにはどうしたら良いのか、すそ野の広い運動にしていくために、新しい試みとしてフェイスブックの活用の講習会も行っています。関心のある方は事務局までご連絡ください。




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