機関紙109号 (2015年4月25日発行)



もくじ

安保法制整備の本質を考える
   山本達夫(元出版 「会」世話人)

テレビは政治に屈するのか
   岩崎貞明(『放送レポート』編集長)

『戦争放棄』こそ平和のカギ
   「九条の会」生みの親・オーバビー博士と私
   林 茂雄(元東京新聞アメリカ総局長)

鈴木彰の「憲法よ そこ退けそこ退け暴言が通る」

太郎の部屋のほっとたいむ 30
   思いがけない至福のひととき

連載・沖縄通信
   墓地押しつけは日本政治の堕落
   原田みき子(沖縄県本部町在住)

コ一ヒーブレイク
   花が咲いた
   原 緑

憲法が女性に贈った大切なもの…
   脇 晴代(元所沢市議)

お知らせ
   わだつみ記念館を訪ねる




安保法制整備の本質を考える

山本達夫(元出版 「会」世話人)

「命かけろ」といわれても…

 自衛隊に入隊すると、まず最初におこなうことがある。自衛隊法53条で定められている“服務の宣誓”である。「私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し…」とはじまる160字ほどの宣誓文を記した宣誓書に新入隊員は署名押印する。

 安倍首相はこの“服務の宣誓”を根拠に、「(集団的自衛権を発動した場合)自衛隊の諸君は…命をかけて日本のために戦う」のが当然と、2月の参議院予算委員会で答弁した。最高指揮官のこのことばを自衛隊員はどう聞いたのだろうか。

 自衛隊員は、「集団的自衛権の行使は憲法上許されない」という歴代政権の憲法解釈のもとで「服務の宣誓」をしている。昨年7月、その解釈を変えたから集団的自衛権の行使に「命をかける」といわれたって、「そんな服務、宣誓してないよ」という隊員がいて当然だ。

 元防衛官僚の柳澤協二氏も近著『亡国の集団的自衛権』で、隊員は「日本の平和と独立に関わらない異国の地で命を落とすことを誓っているわけではない」と明快だ。

 今年の防衛大学校卒業生の任官拒否者が昨年より15人ふえた25人というのも、集団的自衛権の行使容認と無関係とはいえないだろう。過去最高の任官拒否者94人を出した91年は、湾岸戦争後のペルシャ湾に戦後初めて自衛隊が海外派兵された年だ。幹部自衛官となるべき教育訓練をつんだ若者たちが任官拒否するには相当の理由があるとは思うが、「宣誓していない服務の忌避」がその背景にあっても不思議ではない。

“歯止め”をはずし「歯止め」をかける?

 昨年、「武力行使の新要件」を設けて集団的自衛権の行使容認が閣議決定された。憲法違反としていた集団的自衛権の行使を、“他国への攻撃であっても、わが国の存立が脅かされる明白な危険がある場合”であれば行使できるとした。「歯止め」と称して公明党がもちだした「新要件」だが、「憲法違反」という“歯止め”をはずしておいて「歯止め」をかけたという理屈を世間では“ごまかし”という。

 敗戦から70年、米国と安保条約を締結していながら曲がりなりにも「戦争しない国」たりえたのは、この“歯止め”があったからだ。

 91年以降、自衛隊の海外派兵は拡大しつづけてきたが、その都度つくられてきたPK0法、周辺事態法、テロ特措法、イラク特措法など現行の安保関連法には、憲法9条による制約から主として3点の“歯止め”がなされていた。@戦闘地域にはいかない、A武器使用は正当防衛の場合のみ、B他国の武力行使と一体化はしない、である。

 いま国会では、この“歯止め”をはずす安保関連法案づくりがすすめられている。10を超える現行法の改定と新法を加えた法整備をおこない、従来の安保関連法を抜本的に変える大がかりなものだ。

 この法案づくりの基本方針を自公が合意したときも、公明党は「歯止め」と称した“3原則”をもちだし、法案づくりを促進する役割を果たした。朝日の記者に、「もはや自民党と一体不可分な“自民党公明派”に映る」(3/29日付)と書かれても図星のためか抗議さえしない。権力にしがみつくために、党是のはずの平和とか福祉を捨て去るこの党から良識ある支持者が嫌悪とともに離れていくことを知るべきだ。

 安倍首相はこの国のアイデンティティともいえる“歯止め”をはずすと公言しているが、この党はそのときもまた、「9条をはずすが『歯止め』をかけた」というのだろうか。

安保法制整備の「真の政策目標」はなにか

 安倍首相は安保法制整備の必要性について、「わが国の安全保障環境の厳しさ」「日米同盟の強化」「切れ目のない安全保障政策」「抑止力を高める」等々、冗舌に語る。だが、「目標」のように掲げるこれらすべては、集団的自衛権を行使するためのとってつけた口実にすぎない。「目標」とはひとつあれば十分で、あれやこれやいくつもあるのは大体が胡散臭いものだ。そこで、安倍首相が語らない安保法制整備の「真の政策目標」を考えてみる。

 確かなことは、安保法制の整備は戦後日本の“この国のかたち”を大きく変えることになることだ。結果として“国のかたち”が変わるのではなく、変えるために安保法制の整備がある。政策とは結果を得るためのものだからだ。緻密な議論が必要なのだが、安保法制整備の「真の政策目標」は、安倍政権がめざす“国のかたち”にあるといえる。

 それは、安倍首相が自らの名を恥ずかしげもなく冠した経済政策のなかで語る「日本は世界で一番企業が活躍しやすい国をめざします」というものである。ここでいう「企業」とは、わが国企業数の99%以上を占め、国内市場の内需に支えられる中・小規模企業のことではない。残り1%に満たない大企業のことであり、少子高齢化の国内市場に見切りをつけ海外市場での権益拡大をめざすグローバル企業をさす。利潤獲得のためならグローバル企業は政情不安定でもそこに市場(生産力と需要)があれば地球上のどこへでも進出する。そのためには軍事的にもグローバル企業を支える“国のかたち”が不可欠なのだ。

 冷戦が終結した90年代の初め、唯一の超大国を自認する米国の世界戦路は、圧倒的な軍事力で米国一極支配による国際秩序の構築をめざすことだった。自国のグローバル企業と一体となった秩序維持をはかるため、世界中で米国の青年の血が流れた。とりわけ石油資本の権益確保に資する中東の秩序維持には、湾岸戦争以降血みどろの惨劇がつづいている。そして今、米国の世界戦略のベクトルはアジア・太平洋地域へと向けられている。

 グローバル企業が活躍することに異存はない。ただ、近代民主主義を基本原則とする資本主義社会のルール無視は論外である。あらゆる制度・政策をグローバル企業のために改変し、その正当性をありもしないトリクルダウンで吹聴し、生じるリスクはコラテラル・ダメージ(目的のための犠牲)と切り捨てる政治。これをポスト新自由主義のコーポラティズム(政治と企業の癒着主義)という。“亡国の政治”といわれる由縁でもある。

 「グローバル企業の利潤獲得のために命をかける」といわれて、どれほどの自衛隊員が勇躍して銃を手にするだろうか。守るべきものがグローバル企業だと知れば、防大卒業生の任官拒否者は過去最高を更新しないだろうか。安倍首相は、だからこれからも安保法制整備の「真の政策目標」を語らない。いや、これからも語れないのだ。



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テレビは政治に屈するのか

岩崎貞明(『放送レポート』編集長)

 テレビと政治をめぐる問題が、にわかにクローズアップされてきた。昨年秋には衆院解散を控えて、自民党が「選挙時期に一層の公平中立な報道」を求める文書を、民放各キー局の編成局長と報道局長宛てに出した。これとほぼ同時期に自民党は、「アベノミクス」の効果が国民全体に波及していないとする番組内容を問題視して、テレビ朝日『報道ステーション』の担当プロデューサーに対して「公平中立」な番組づくりを求める文書を送付していたことも明らかになった。

 そして、3月27日にはその『報道ステーション』で、準レギュラーとしてコメンテーターを務めていた元経産省官僚の古賀茂明氏が、自身の番組降板をめぐって生放送中に古舘伊知郎キャスターと言い争う場面があった。古賀氏は「テレビ朝日の早河会長や古舘プロジェクトの佐藤会長のご意向ということで私は今日が最後」と切り出し、必死にとりなす古舘氏に対して「私がこうなることについて『自分は何もできなかった、本当に申し訳ない』と言いましたよね」と詰め寄り、「Iam not ABE(アイ アム ノツト アベ)」と書いた自作のフリップを示したり、同番組のプロデューサーが「更迭」されたことなどに言及したりした。

 客観的な裏付けを示したわけではなかったから、これらの発言内容の真実性に全幅の信頼を置くことはできない。公共の電波で私怨をぶつけただけ、という批判もあるだろう。しかし、いくつかの疑問点が浮かび上がる。

 古賀氏が菅官房長官や首相官邸サイドからバッシングを受けていたというのは事実なのか。菅官房長官は記者会見で「事実無根」と述べているが、どちらにしても証拠がある話ではない。古賀氏の番組降板をめぐって、テレビ朝日会長と古舘プロジェクト社長の意向という、「高度な政治的判断」が本当に働いていたのか。古賀氏の降板を事前に聞いていた古館氏と古賀氏の間で、放送前にどのようなやりとりがあったのか。自作のフリップまで用意した古賀氏の「爆弾発言」は周到に準備されたもので、一時的な感情の暴発とは思えない。これらの疑問点について、テレビ朝日は視聴者に説明する義務を負っているはずだ。しかし、古賀氏から実名を挙げられたテレビ朝日の早河洋会長は定例記者会見で「圧力は一切ない」と否定しただけだった。

 4月17日には自民党の情報通信戦略調査会がテレビ朝日とNHKの経営幹部を呼び、事情を聴いた。テレビ朝日は今回の発言問題について、NHKは報道番組『クローズアップ現代』の「やらせ」疑惑の問題について、説明を求められた。自民党側はBPO(放送倫理・番組向上機構)への申し立ても検討しているという。自民党は「報道に圧力をかける趣旨ではない」と説明しているが、党本部に局の幹部を呼びつけて事情を聴くことそのものがすでに政治的圧力と言える。放送免許は政府が掌握しており、その政権は自民党が担っているからだ。

 放送法には「政治的公平」などを定めた「番組編集準則」が第四条に規定されているが、この条項に対応する罰則はない。つまり、編集準則は放送局が自律的に守るもので、外部の圧力によって違反に罰則を与える、という関係ではないのだ。むしろ放送法は、政治的圧力などが放送局に不当に加えられることがないよう、第三条でまず「放送番組編集の自由」の保障を謳っている。そう考えると、放送の自立・自律を脅かしかねない自民党関係者の一連の言動のほうが、放送法に抵触しているおそれが強いのではないだろうか。

 問題は、放送局がこのように露骨な政治的圧力を毅然とはねのけ、放送における表現の自由を自ら勝ち取ろうという気概を見せていないことにある。メディア側が委縮して何の反論も試みなければ、政治の側はさらに増長してもっと理不尽な暴挙に出るかもしれない。日本の民主主義をまともに機能させるためにも、テレビ局をはじめとする日本の言論・報道機関が、衿持を示すべき時が訪れているのではないか。



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『戦争放棄』こそ平和のカギ

「九条の会」生みの親・オーバビー博士と私

林 茂雄(元東京新聞アメリカ総局長)

 「森の中で道が二つに分かれていた。そして、私は人跡の少ない道を選んだ。それが全てを違ったものにした」------日本国憲法第九条の精神を米国憲法に明記させる運動を始めたチャールス・オーバービー博士は、米国人が好むロバート・フロストの詩(安藤千代子訳)で心境を語り始めた。

 「日本は今重大な岐路に立っている。一つは『普通の国』の道であり、他は『人跡の少ない道』、つまり、『九条の道』です。日本は『普通の国』に戻るべきではない。日本人は自ら選択した日本国憲法第九条の真の価値を忘れかけていないか」。

 1994年夏、私は「米国第九条の会」代表・チャールス・オーバービー博士と米オハイオ州コロンバス市で会見した。空港まで出迎えてくれた博士には『平和のための在郷軍人会』(VFP)同州代表のR・ウイリー・オハイオ大准教授が同行。二人共にVFPと書き込んだ在郷軍人会の制帽姿。コロンバス市は米大陸発見者にちなみ命名され、河畔公園には原寸大に復元された「サンタ・マリア」号が展示されている。

世界に誇る憲法九条

 「第二次世界大戦後の半世紀、日本の兵士に殺された人間は一人もいない。世界に誇るべき記録。それ以前半世紀の日本歴史に比べてどちらが好ましいかは明白。第九条は立派に守られてきました」。

 「1953年、朝鮮戦争時に私は沖縄・嘉手納基地から北朝鮮爆撃に向かうB29爆撃機のパイロットでした。超高空の安全な場所から爆弾投下のボタンを押すだけなのに、地上では悲惨な地獄が出現している。フェアでない。これは殺人だと思いました」。この体験が博士の反戦思想の底流になった。「81年に中部大学(愛知県)客員教授に招かれて来日。日本国憲法に不戦条項があるのを知り、これこそ世界平和の唯一の手段と確信した。また広島で原爆資料館を見学して戦争の悲惨さに衝撃を受けた」。

 「米国第九条の会」発足の直接の契機は91年の湾岸戦争。「ブッシュ大統領は51万人の米軍をペルシャ湾岸に派遣、ハイテク新兵器でイラクを空爆して多数のイラク市民を殺害した。やりきれない思いでした」。博士は「米国第九条の会」を結成、具体的に米国憲法に不戦条項を明記させる気の遠くなる政治活動を始めた。92年に連邦下院議員選挙に立候補したが落選。「何かをしなければと思った。沈黙は自分の良心が許さなかった」。

 米在郷軍人会は共和党保守派支持の親軍部団体。そこに反戦運動のVFPを結成したのだ。当然に「国家に忠誠を尽くす仲間を汚すのか」「売国奴」「臆病者」の批判の嵐。「覚悟はしていたがバッシングはすさまじかった」。以来、ルイス夫人と全米各地の反戦デモに出来る限り参加して「九条の会」参加を呼び掛ける生活。本職は地球環境に優しい産業設計・グリーン・テクノロジー専門のオハイオ大教授(退職後は名誉教授)。1926年生れ。

米国にも九条の会

 翌95年秋、東京で博士に再会した。日本各地で「米国の平和と不戦活動」について講演する旅。

 「米九条の会の会員は四千人程度に増えましたが、残念ですが依然として社会の反響は鈍い。米国は伝統的に『力の信奉者』が多くて」。白髪の顔には疲れが見えた。

 2001年6月に首都圏各地の「九条の会」が集まり「九条の会・オーバービー東京」(勝守寛代表)の名前で連合体を結成。博士の名前を冠して勇気ある反戦活動に敬意を表した。博士は同会発足に次のメッセージを寄せた。

 「(前略)米ランド戦略研究所の「アジア政策報告書」は『米国は、日本が自国の領土を越えて防衛範囲を拡大し、米軍と共同作戦が出来る能力を獲得出来るように、日本に憲法を改正させる試みを支持すべきである』。「九条の会」が為すべき仕事は戦争の放棄、戦力不保持の理念を日本人に思い出させることだ」。

 その時から14年の月日が経った。米国のアジア戦略は今も基本的にこのランド報告書に沿ったものだ。安倍内閣は憲法改正を公言、対米軍事協力の一本道。博士は体調を崩されて療養中と灰聞するが、今も『人跡の少ない道』を歩き続けている。




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鈴木彰の「憲法よ そこ退けそこ退け暴言が通る」




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太郎の部屋のほっとたいむ 30

思いがけない至福のひととき

鈴木太郎(詩人・演劇ライター 中新井在住)

 東京・両国の劇場・シアターX(カイ)で開かれているロビー寄席。さまざまな趣向で楽しませてくれる。4月1日の「初の邦楽競演!」は、新内と鼓楽という顔合わせだった。

 まず、新内は新内剛士の引き語りで「関取千両幟」、仲之介の上げ調子。文楽の太夫を思わせる雰囲気の語りがよかった。望月大佐衛(たざえ=女性)の構成・演出による「鼓楽〜春を寿ぐ」。鼓と能管による「寿三番叟」と、尺八をメインにした「尺八のための春の海」、笛・尺八の竹井誠の演奏と鼓の演奏が見事に調和していた。

 そのあとの、昔語り「さくらさく」が素晴らしかった。望月大佐衛作の物語を、俳優の丹阿弥谷津子が朗読した。落ち着きのある色の和服で登場。その語りは、声もよくとおり、的確な表現で、色艶があり、表情も豊かであった。91歳を迎えても凛とした姿に圧倒される。

 物語は、さくらの種が風に運ばれた所から始まる。土に育てられ、成長し、満開の花を咲かせる。やがて年輪を経て、雪の重みで折れてしまう。幹が丸太にされ、その丸太が加工され鼓になり、音の花を咲かせる。というものであった。馥郁とした世界に、思いがけない至福のひとときを味わうことができた。

 今後、6月17日午後2時=矢野陽子「宮沢賢治一人語り」、8月29日午後2時=岡大介(カンカラ三線)十宝井琴嶺(講談)を予定。




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連載・沖縄通信

墓地押しつけは日本政治の堕落

原田みき子(沖縄県本部町在住)

 沖縄タイムス社が4月3日から5日まで実施した世論調査で、県民の83%が翁長知事の姿勢を支持していることがわかった。そして9日には辺野古新基地建設の阻止を目的とした「辺野古基金」が創設された。県会議員や経済関係者らが中心で、共同代表には嘉手納町の前町長や企業トップたちが就いた。県外からも作家の佐藤優氏、俳優の故菅原文太さんの妻・文子さんが名を連ねている。さらに呼びかけをしていく方針のようだ。趣意書では県内外の賛同者から資金を集め米紙や全国紙などへの意見広告を出すほか、運動へ物心両面から支援することがうたわれている。

 このように沖縄では日増しに新基地建設阻止に向けて運動の輪が広がり、経済界も活発に動き出している。これまで基地反対運動は市民団体や政党や労組が中心だったが、今や企業が「研修」先に辺野古のテント村を選ぶようになった。運動の拠点のテント村は「辺野古総合大学」とも呼ばれ、歴史、法律、政治、文化を学ぶ場になっている。講師はその都度居合わせた専門家たちで、教師、元裁判官、議員、三線や踊りの名手など様々で、学生は集まった市民。24時間体制の長く辛い闘いを、ときどき講義をはさむことで楽しく充実するよう工夫している。全員で歌い踊ることも多い。

 4月6日に菅義偉官房長官と会談した翁長知事は、戦後、銃剣とブルドーザーで土地を強制接収された歴史を振り返りながら、ただ「辺野古移設」を繰り返すだけの菅官房長官に辺野古断念を要求した。沖縄の米軍基地は翁長知事が語ったようにすべて押し付けられたもので、日本にある米軍基地の74%にも上る。この上さらに造らせることなど無理な話なのだが、沖縄県民の声を政府はまったく無視する。そもそも「移設」とは県民を騙す言葉であり、新基地の規模は強大な軍港まで備えたもので普天間の比ではない。「移設」と言いながら強化であることは明白である。安倍首相は国会で「わが軍」と発言したが、本音が出たのだろう。暴力的手段で新基地を造ろうとする安倍首相が目指すのは、米国とともに戦争に参加することだろう。

 翁長知事は菅官房長官との会談で「普天間の危険除去のため沖縄が負担しろと言うのは日本の政治の堕落」と語った。国民はそのレベルの政治しか持てないと言われるが、安倍政権の堕落を許しているのは国民の責任。特に権力を監視し社会に警鐘を嶋らす役割のマスコミが沖縄報道を十分しているのか、疑問が残る。




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コ一ヒーブレイク

花が咲いた

 気温が上がり、桜が満開になりました。日本では「桜前線」という言葉まであり、季節を感じる目安として列島を縦断して伝えられます。最近はこの時期に海外からの観光客が増えたとか。

 そういえば外国では花の季節をどのように迎えるのでしょう。知っているのはラテンナンバーの「花まつり」、またキリスト教の祭典「イースター」、それにワシントンD.C.の桜祭り。韓国では槿(ムクゲ)の鉢植えを各家庭から公園に持ち寄って季節を楽しむと聞いたことがあります。

 体の中から自然に湧き上がる、春が来たという喜びを花が代弁してくれるのでしょうか、一日ごとに数を増す花を待つ気持ちは無条件で嬉しいものです。

 今年、桜の開花以前にとても目についた花に山茱萸(サンシュユ)がありました。まだ陽射しもそれほど強くはなく、あたりには枯れた木の多い時期に、黄色といっても決して目立つ黄色ではない花を、細い枝の一つ一つに花簪のように咲かせていました。気が付くとずっとこの土地にお住まいだったと思われるお宅の庭には必ずといってよいほど咲いているのです。入間市博物館アリットの南面にある山茱萸の大木はなかなか見事です。

 梅のように香ることもなく、目立つ色でもなく、花の季節に先立つタイミングで、見る側の心の準備が整わないうちに思いがけずに発見したその花は、何とも言い難い満足感にひたらせてくれました。

 知人にその話をすると「齢を取ったということよ、目立たない花が見えるようになるということは」と言われてしまいました。

 目立たない花と言えばヒイラギ南天。花の香りがするのであたりを見まわしてみると、柊のようにとげとげでまだ冬葉の茶色の勝った堅い葉の上に、これも見落としそうな黄色い釣鐘形の花をたくさん付けて咲いていたのです。花の後はやわらかな緑の森の美しい季節、いいですね。

原 緑




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憲法が女性に贈った大切なもの…

脇 晴代(元所沢市議)

15年間の議員生活終えて

 途中9年間のブランクを入れて15年間の議員生活が終わります。共に生きるという意味で会派の名前を「共生」として10年あまり活動してきました。振り返ると、いろいろなことが思い出されますが、こんな形で憲法の理念が危機に陥ることや原発の事故は全く予期できませんでした。

 戦前、女性は政治集会に参加することも出来ず、選挙権も被選挙権もありませんでした。結婚も本人の意思では決められず、体が弱かったり、子供が生まれなかったりずると離縁され、妻のみが対象となる姦通罪もありました。

女性の権利の確立

 しかし新憲法は「女性の権利や労働する権利、教育を受ける権利、幸福に暮らす権利、などの基木的人権」を明確に定め、女性の権利が確立されました。普通選挙法が施行され、女性国会議員が誕生しました。その延長線上に私の議員活動があります。その後雇用機会均等法制定をはじめ男女共同参画の取り組みが展開されています。これらのことを、しっかり再確認しなければならないと思います。

 昭和19年の私の母子手帳に「お国の為に丈夫な子どもを産みましょう。」というような文言があります。お国の為に子どもを産むということだったのです。徴兵制が象徴的です。一人ひとりが大切にされるという理念はここにはありません。

 今、例年通り桜、柳や雑木林の芽吹きなどの美しい季節を迎えています。しかし福島の原発事故の後始末は全くみえないし、被災した人たちの仮設住宅問題も解消されていません。

 沖縄では沖縄の総意を無視した辺野古の基地建設が進んでいます。手続きや住民の総意を酋董しない政治に対して、どのようにしていくべきかと自問します。




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お知らせ

わだつみ記念館を訪ねる

基地プロジェクト企画  わだつみ記念館を訪ねる(文京区・本郷)
 医学生出陣の石碑、学徒出陣レリーフ(東大弥生門)など見学をします。どうぞご参加ください。
日  時:5月18日(月)
集合時間:午後1時、所沢駅2番線ホーム。(池袋行き)中央階段秋津寄りに集合
問合せ先:白戸(04−2998−7341) 
主催 「マスコミ・文化九条の会所沢」




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